第十四話 断罪の天秤
朝、セレスティアは自室の机に座っていた。
窓から柔らかな日差しが差し込み、机の上にある神殿関係の書類が反射で光る。
そして魔道端末。
「……」
神託掲示板の神殿不要論スレッドは今日も勢いは衰えていなかった。
新規書き込みは数千件。
もちろん昨日より増えている。
『神殿は既得権益だ』
『地方神殿は税金の無駄』
『聖女制度も見直すべきでは?』
セレスティアの眉がぴくりと動く。
「その資料古いのに……」
思わず呟く。
今すぐ反論したいのに出来ない。
神父ギルバートの言葉は正しい。
聖女が神殿を擁護しても意味がない、というのは最もである。
だから今は読むだけしか出来ない。
「むぅ……」
頬を膨らませた時だった。
コンコンと扉がノックされる。
「どうぞ」
入ってきたのは神父ギルバートだった。
いつもの穏やかな笑顔にいつもの糸目。
「朝から難しい顔ですね」
「していません」
「しています」
セレスティアは視線を逸らす。
「していません」
「しています」
「していません」
「しています」
数秒後。
「……少しだけです」
最終的に往生際悪く敗北し、神父は小さく笑う。
「懐かしいですね」
「何がですか?」
「昔からそうでしたから」
セレスティアは嫌な予感がした。
神父は楽しそうだった。
「覚えていますか?」
「何をですか?」
「十歳の頃の神殿会議を」
「……」
覚えているとも。
それも嫌というほど覚えている。
神官達が集まる会議、本来なら子供がいる場所ではないが、当時から聖女だったセレスティアは参加していた。
そして。
『その前提おかしくありませんか?』
『その数字は何年前のものですか?』
『それで孤児院の予算は足りるんですか?』
言いたい放題だった。
神官達も頭を抱えていた。
その光景を今思い出しても恥ずかしい。
「議論は……大事です」
セレスティアは小さく反論する。
「もちろんです」
神父は頷く。
「ですが毎回大人を黙らせる必要はありません」
「黙らせてません」
「あれは黙っていましたよ」
「……」
言い返せなかった。
実際、神官達は反論せず、というより反論できずに黙っていた。
「それに」
神父は続ける。
「今よりもっと真っ直ぐでした」
「今も真っ直ぐですけど…!」
「ええ」
神父は優しく笑う。
「だから心配なのです」
セレスティアは少しだけ黙り、その言葉には返せなかった。
神父は昔からそうだ。
神官ではなく、聖女でもなく、一人のセレスティアとして接してくれる。
「別に」
セレスティアは視線を逸らした。
「誰にも言ってませんよね」
「言いませんよ」
神父は頷く。
「約束ですから」
その言葉に、セレスティアは少しだけ安心する。
断罪の天秤。
その名前を知るのは神父ギルバートだけだ。
「では私は仕事へ戻ります」
ギルバートは立ち上がる。
「ほどほどにしてくださいね」
「見ているだけです」
「本当に?」
「本当です」
全く信用されていないことに少し不満を感じたが嫌な気持ちはしなかった。
扉が閉まり、静寂が戻る。
「もう……」
セレスティアは小さくため息を吐いた。
そして再び今日も荒れている掲示板へ視線を向ける。
その時だった。
「あれ?」
セレスティアの手が止まる。
見覚えのある名前。
何度も見て何度も議論した。
そして誰よりも印象に残っている論客。
◇アヤティヌス
「えっ」
思わず声が漏れる。
画面へ顔を近付け、深々と再度確認するが見間違いではない。
本物だった。
「ティヌスさん……?」
何も言わず、何も残さず突然姿を消した手強い論客。
だから少しだけ気になっていた。
「帰ってきたんですね」
自然と口元が緩み、セレスティアは書き込みを読み始める。
一つ二つ三つ、そして違和感に気付いた。
「……あれ?」
前より鋭いと思わずそう感じた。
以前のアヤトは論理に優れており、相手の矛盾を突き、論点を整理するのが強みだった。
だが今は違うとハッキリ言える。
『地方神殿の問題を語るなら地域ごとに分けるべきだ』
『王都と辺境を同列に扱う時点で前提が崩れている』
『孤児院運営の実態を見たことがない人間が語るには限界がある』
セレスティアは目を見開いた。
知識が増えているだけじゃいなく、経験も増えている。
何より以前よりずっと落ち着いているようにも思える。
「すごい……」
小さく呟く。
何をしていたのだろう。
消えていた期間、ただ遊んでいたわけではないという事だけは分かった。
「前より強くなってるじゃないですか…!」
自然と笑みが浮かぶ。
断罪の天秤としてではなく一人の論客として純粋な賞賛だった。
そして気付けば神殿不要論のことも忘れていた。
今はただ、久しぶりに帰ってきた一人の論客の書き込みを追い続けていた。
「やっぱり」
セレスティアは嬉しそうに呟く。
「アヤティヌスさんはすごいですね……!」
彼女はとても興奮していた。
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