第十三話 帰ってきた論客
神託掲示板、神殿不要論スレッドは今日も勢いは止まらない。
書き込み数は既に五万を超えていた。
その中心にいるのは。
闇の魔王☆
『問題は神殿が必要かどうかではありません』
『神殿が独占している現状です』
『競争がない組織は必ず腐敗します』
賛同の声が続く。
『その通り』
『正論』
『反論できる奴いるってマ?』
勢いは完全に改革派へ傾いていた。
その頃、エドガーは戦っていた。
神託掲示板、神殿不要論スレッドが表示されている目の前の魔道端末を睨み付ける。
「馬鹿馬鹿しい……」
苛立たしげに呟く。
こんなもの本来なら相手にする必要もない。
顔も知らない連中が好き勝手言っているだけだ。
と、数日前までは思っていた。
「エドガー様」
部下の神官が声を掛ける。
「次の会議資料ですが」
「ああ」
エドガーは適当に返事をするが、視線は端末から離れない。
部下は首を傾げた。
「……何を見ておられるんですか?」
「掲示板だ」
「え?」
「神殿不要論」
部下の神官が固まる。
嫌な予感しかしなかった。
「エドガー様」
「何だ」
「もしかして参加してませんよね?」
「している」
「してるんですか!?」
思わず部下は大声を出し、周囲の神官達も振り返る。
「何やってるんですか!」
「神殿のためだ」
エドガーは真顔だった。
絶対ろくなことになっていないと部下は頭を抱える。
「見ろ」
エドガーは画面を見せる。
そこには。
『聖女様を侮辱するな』
という書き込み。
その下には。
『どの発言が侮辱に当たるのか具体的にお願いします』
『感情論ですね』
『反論になっていませんけど』
『論点をすり替えています』
大量の返信に、部下はそっと目を逸らした。
「エドガー様」
「何だ」
「もうやめませんか」
「何故だ」
「向いてません」
「何だと?」
エドガーの眉が吊り上がる。
だがその時だった、画面が更新される。
新しい返信。
『聖女様は素晴らしい方だ』
というエドガーの主張に対して。
『具体的にお願いします』
『人格評価は神殿制度の必要性とは関係ありません』
『話題を逸らさないでください』
『聖女様の話はしていません』
エドガーのこめかみに青筋が浮かぶ。
「関係あるだろうが!」
机を叩く。
バンッ!
周囲の神官達がビクッと肩を震わせた。
「エドガー様!?」
「聖女様がどれだけ頑張っているかお前達は知らないだろうが!」
「アホなんか!」
誰に向かって言っているのか分からないが、とりあえず完全に熱くなっていた。
「毎日孤児院へ行って!」
「治療院へ行って!」
「夜遅くまで仕事をしている!」
神官達は顔を見合わせる。
気持ちは分かるが多分そういう話ではない。
「エドガー様……」
「何だ!」
「完全に感情論です」
何を言っているんだという表情で、エドガーは再び画面を見る。
そこにも。
『感情論ですね』
と書かれていた。
「…………」
「…………」
神官達は黙り、エドガーも黙る。
そして。
「くそぉぉぉぉぉ!!」
頭を抱えた。
周囲の神官達は少し引いていた。
夜、神殿の会議室。
神父ギルバートは報告書を読んでいた。
「寄付金は更に減少」
「孤児院予算も厳しい状況です」
神官が報告する。
「そうですか」
ギルバートは静かに頷き、隅で椅子に腰をかけるセレスティアも黙っていた。
最近は以前より話さなくなった。
自室で掲示板を見ているのだろう。
そして反論したくて仕方ないのだろう。
「……」
ギルバートは小さく笑う。
分かりやすい子だ。
深夜、綾人の部屋は静かだった。
机には本と魔道端末。
綾人はそれを見つめていた。
掲示板を辞めると決めた日から一度も触っていないし一度も開いていない。
引き出しの奥へ押し込んだまま存在そのものを忘れようとしていた。
「……」
部屋には誰もいない。
静寂だけが続き、綾人はゆっくりと端末を手に取った。
しばらく動かない。
画面は暗いまま。
そして小さく息を吐いた後、ゆっくりと魔力を流し込む。
淡い光、久しぶりの起動画面だった。
「……」
懐かしい。
神託掲示板、そしてログイン画面。
見慣れた画面、見慣れたスレ一覧、そして神殿不要論。
最上位スレの勢いは異常であり、吸い込まれるかのように綾人は無言で開いた。
流れる書き込み。
改革派や不要派、神殿擁護派。
あれだけ議論を交わした断罪の天秤はおらず、そしてその代わりに、中心には闇の魔王☆がいた。
綾人は読むが何も書かない。
ただ読むだけで数分が過ぎた。
部屋は静かなまま。
「……」
綾人は画面を見つめる。
そしてふっと口元が歪んだ。
本当に久しぶりこの感覚を覚える。
「雑魚ばっかじゃねぇか」
誰もいない部屋で呟く。
ルークやエドガー、そしてその他大勢が何故負けたのか、何故反論できないのか全部分かった。
簡単だった、簡単すぎた。
神殿が悪いんじゃない。
灰の魔女が強すぎるわけでもない。
ただ誰も論点を見ていないだけだった。
綾人は静かに、そして迷いなくキーボードへ手を置く。
そして久しぶりの名前を入力した。
◇アヤティヌス
投稿画面で数秒考え、そしてたった一文だけを打ち込んだ。
『その前提から間違っている』
感想お待ちしております!やったね!




