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第十一話 誰か


 神託掲示板で今最も勢いのあるスレッド。


【神殿は本当に必要なのか】


 書き込み数は既に数万を超えていた。


 神殿擁護派や神殿不要派、神殿改革派。


 様々な意見が飛び交うその中心にいるのが一人の論客だった。


 ☆灰の魔女


『神殿が必要か不要かではありません』


『問題は現状の神殿が機能しているかです』


『不要論が生まれる理由を考えるべきでしょう』


 冷静かつ論理的。


 感情論を許さない、その隙のない書き込みの度に議論の流れが変わる。


 存在感は圧倒的だった。


『ですが孤児院運営は神殿が担っています』


『治療院も同様です』


『完全な廃止は現実的ではありません』


 反論もあるが。


『それは神殿でなければ不可能ですか?』


 その一文だけで再び議論はひっくり返る。


 勢いは止まらないし誰も流れを止められない。



 神殿の会議室。


「……以上です」


 報告を終えた神官が頭を下げた。


 重い空気に誰も口を開こうとはしない。


 神父ギルバートは資料へ目を落とした。


 隣ではセレスティアも黙っている。


「寄付金は減少傾向」


「地方神殿からも不安の声が届いています」


 神官が続ける。


「現状、掲示板上で神殿側の意見が弱い状況です」


 誰も反論できなかった。


 事実だったからだ。


 セレスティアは拳を握る。


言いたいことは沢山あるし反論も出来る。


 むしろ議論なら負ける気がしない。


「本日の会議は以上です」


 神父が言った。


 そして神官達が立ち上がり、今日の会議は終了した。


 同じくセレスティアも席を立つ。


「では失礼します」


 少し早足だった。


 誰にも気付かれていないと思っている。


 だがギルバートは見ていた。


 そして少しだけため息を吐く。



 神殿の廊下、セレスティアは早歩きだった。


 自室へ急ぐ理由は、頭の中で既に反論が組み上がっているからだ。


 あの論点はこうであの意見にはこう返す。


 孤児院運営の実態も、地方神殿の問題も全部簡単に説明できる自信があった。


「今日は少しだけです」


 誰に言うでもなく呟く。


「少しだけ」


 そして角を曲がった瞬間。


「どちらへ行かれるのですか?」


「ひゃっ!?」


 セレスティアが飛び上がった。


 目の前神父ギルバートが立っていた。


 糸目のまま、そして穏やかな笑顔のままだが、逃がす気は全く感じられない。


「し、神父様」


「お疲れ様です」


「お疲れ様です」


「急いでおられましたね」


「そんなことありませんよ?」


「あります」


 神父は食い気味の即答を返し、セレスティアは視線を逸らす。


「自室へ戻ろうかと」


「そうですか」


 神父は頷く。


「神託掲示板ですね」


「っ!?」


 セレスティアの肩が跳ねた。


「な、なんのことでしょう…!」


「昨日も申し上げました」


 神父は優しく笑う。


「駄目です」


「ですが!」


 セレスティアは思わず声を上げた。


「見ましたか!?」


「あの灰の魔女の発言!」


「神殿のことを何も知らない人達が好き勝手言っているんですよ!?」


「知っています」


「なら!」


「だから駄目なのです」


 その瞬間、神父の声色が変わった。


 静かだったが不思議と逆らえない。


「聖女様」


「……」


「貴女は神殿の人間です」


「はい」


「そして聖女です」


「……はい」


「だからこそ出てはいけません」


 セレスティアは唇を噛んだ。


「でも私は勝てます」


 悔しそうに言うセレスティアに、神父は笑う。


「知っています」


「ですが」


 そしてゆっくりと続けた。


「勝てるからこそ駄目なのです」


 セレスティアは黙る。


「貴女が勝てばそれは議論ではなく権威になります」


「誰も納得しません」


「……」


「今必要なのは」


 神父は優しく言った。


「神殿の人間ではない誰かです」


 沈黙にセレスティアは俯いた。


 悔しいが言い返せない。


「今日は大人しく休みましょう」


 神父は微笑んだ。


 そしてぽんと肩へ手を置く。


「断罪の天秤様も休息は必要です」


 その言葉に、セレスティアは何も言い返せなかった。

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