均衡の成立
いくら腐敗を纏った銃弾で応戦していても、メアリーは押され続けていた。
トゥトゥの動きはあまりにも速く重い。避けるだけでも限界に近い。
そして次の瞬間、トゥトゥの拳が真正面からメアリーの胸元へ振り抜かれる。
直撃すれば終わる。
_そう理解した瞬間だった。
黒炎を纏った刀が横から割り込み、トゥトゥの拳道を強引に逸らした。
衝撃で空気が爆ぜる。
トゥトゥ「……なに、やっと殺れそうだったんだけど」
不満そうな声。
その前へ立ったのはララメだった。
黒炎と桃色の電光を纏った姿は、どこか霣羅を思わせる。
それでも、そこへ立っているのは間違いなくララメ本人だった。
ララメ「……許すわけにいかないから。メアリーちゃんも蒼柄くんも、誰も失わないって言ったから」
刀を握る手は震えている。それでも目だけは逸らさない。
メアリーが目を見開く。
メアリー「ララメさん、! ……その姿……」
ララメは苦笑しながら刀を構え直した。
ララメ「長くは無いと思う。だけど……メアリーちゃんを助けたかったから!」
黒炎が身体の周囲で不安定に揺れる。無理をしているのは誰の目にも明らかだった。
トゥトゥはそんな二人を見比べたあと、面倒臭そうに肩を落とす。
トゥトゥ「……だーる。ま、2人ともやればいいもんね〜!」
その笑顔と同時に、空気が弾けた。
次の瞬間には、トゥトゥの姿が消えていた。
ララメとメアリーがトゥトゥへ立ち向かう姿を見ながら、蒼柄は地面へ突き刺さった短刀を震える手で掴む。
そして無理やり引き抜いた。
激痛が腹部を貫き、視界がぐらりと揺れる。
蒼柄「……っ、ぁ……!」
そのまま身体が崩れ落ちる。纏っていたバグも不安定に明滅し、抑えた袖へ赤い染みがじわじわ広がっていった。
それでも蒼柄は歯を食いしばりながら顔を上げる。
ララメもメアリーも戦っている。
限界なのに、それでも立っている。
蒼柄「……っ、自分には……誰も……」
掠れた声が漏れる。
蒼柄には頼れる存在なんていなかった。
思い浮かべようとしても誰の顔も浮かばない。
守ってくれる人も、背中を押してくれる人ももう居ない。
…唯一、脳裏へ浮かんだのはエイルだった。
優しかった姿。
頭を撫でてくれた手。
家族へ向けていた柔らかな笑顔。
けれど蒼柄は小さく首を振る。エイルは今頃、家族と幸せに暮らしている。
そんな場所に自分なんか居ない。
二度も消えて。
ボロボロになって。
こんな惨めな姿になった自分なんて、もう見向きもしてくれない。
そう思っていた。
蒼柄は苦しそうに呼吸しながら、更地になった空を見上げる。
そして小さく笑った。
蒼柄「…ほんと、自分は最後まで、独りですか……」
蒼柄は腹部の傷口を必死に押さえながら、ふらつく身体へ無理やり力を込める。
そして崩れそうになる膝を震わせながら、ゆっくり立ち上がった。
蒼柄「……なら、1人ででも立つだけ……です」
掠れた声だった。それでも、その目だけはまだ死んでいない。
目の前ではララメとメアリーがトゥトゥへ食らいついている。
桃色の電光と黒炎を纏った刀を振るうララメ。
腐敗を宿した銃撃と身体能力で応戦するメアリー。
二人とも限界のはずなのに、それでも倒れない。
蒼柄はその姿を見つめながら、自分の手元へ視線を落とす。
握っている短刀には、自分の血がべったり付着していた。
手が震え、呼吸も乱れる。纏ったバグは不安定に揺らぎ続け、存在そのものが崩れかけている。
こんな満身創痍な状態で飛び込んでも、足手まといになるかもしれない。
むしろ守られる側になる可能性の方が高い。
それでも。
蒼柄は短刀を握り直した。
指先へ力を込め、痛みを無理やり押し殺す。
蒼柄「……自分だけ逃げるなんて…できるわけがないでしょう……」
そのまま蒼柄は震える足で一歩踏み出す。
壊れかけた身体を引きずりながら、それでも戦場へ向かっていた。
ララメとメアリーは挟み込むようにトゥトゥへ攻撃を仕掛け続けていた。
桃色の電光と黒炎を纏った刀が空気を裂き、その隙間を縫うように腐敗弾が撃ち込まれる。
けれどトゥトゥも止まらない。笑いながら拳を振るい、蹴りを放ち、二人を押し返していく。
押して押される、均衡なんて呼べない危うい戦場だった。
ただ少なくとも、もう一方的ではない。
……いや、もしかしたら二対一ではないのかもしれない。
メアリーの背後には“ヤグ”の意思があり、ララメの周囲には霣羅の黒炎が揺れている。
そう考えれば、これは四対一に近かった。
その戦場へ、蒼柄がようやく辿り着く。
ふらつく足取り、血で濡れた袖、壊れかけた身体。
それでも短刀を握ったまま蒼柄は前へ出た。
トゥトゥはそんな姿を見て楽しそうに笑う
トゥトゥ「アオ、まだ動けたんだ♡」
次の瞬間拳が振り抜かれ、真正面から蒼柄へ叩き込まれた。
ララメ「蒼柄くん!!」
メアリー「危な――」
誰もが直撃したと思った。
けれどトゥトゥの拳は蒼柄の身体をすり抜ける。
トゥトゥ「……は?」
同時に蒼柄の身体がバチバチとノイズみたいに弾けた。
輪郭が崩れ、映像データが壊れたみたいに身体の一部がちらついている。
そこへ立っているはずなのに、実体が曖昧だった。
ホログラムみたいに存在が不安定になっている。
蒼柄「……ぁ、?」
蒼柄自身も理解できていない。透け始めた自分の腕を見つめながら、小さく息を呑む。
ララメが目を見開く。
ララメ「蒼柄くん!!」
メアリー「か、体が……!」
蒼柄は自分の身体へ何が起こっているのか理解できていなかった。
透ける腕と崩れる輪郭にノイズみたいに弾ける身体。
困惑したまま自分の手を見つめ、握っていた短刀を落として金属音が更地へ響いた。
トゥトゥ「なに? ララとメアみたいな変なのは感じないけど」
ララメが不安そうに蒼柄を見る。
ララメ「……蒼柄くん?」
メアリー「大丈夫なのですか!?」
けれど蒼柄は返事をしない。
虚空を見つめたまま、片手で顔を覆う。そして喉の奥から掠れた笑い声を漏らした。
蒼柄「……っははは、もう……自分は死んだも同然なんでしょうね」
トゥトゥ「アオ?」
蒼柄「二度も消えて、バグりにバグって……」
その声音には恐怖より諦めが滲んでいた。
蒼柄はゆっくりしゃがみ込み、地面へ落ちた短刀を拾い上げる。
そしてそのまま、頭上へ掲げた。
トゥトゥは意味が分からないまま首を傾げた
次の瞬間
"バコッ!!"という鈍い破壊音が響いた。
トゥトゥ「……は?」
右腕が吹き飛ぶ。
白い破片が周囲へ散らばり、小さな身体が大きくよろめいた。
蒼柄が掲げていた短刀は、すでに彼の手元から消えている。
蒼柄は勢いよく後方へ投げ放っていた。
油断していたトゥトゥの死角へ
そして短刀は、人形の身体を容赦なく破壊した。
血こそ流れない。
けれど砕けた腕の破片が瓦礫へ散乱している。
ララメが息を呑む。
メアリーも目を見開いたまま固まっていた。
蒼柄はノイズ混じりの身体で立ち続けながら、静かに短刀を構え直す。
蒼柄「なら、完全に死ぬまで戦わせてもらいます」
トゥトゥ「.....っあー、ほんっと腹立つ!!!」
瞬間、更地の空気が変わる。
凄まじい殺気が一気に放たれ、周囲の瓦礫が音を立てて砕け始めた。
トゥトゥ「ふざっけんな!!格下が!!」
今までの遊ぶような笑顔は消えている。
本気で怒っていた。
ララメが刀を握り直す。
ララメ「......来るよ」
メアリーも銃口を構え直した。
メアリー「わかってるのです」
怒りへ任せて暴れ始めたトゥトゥの攻撃は、それまでより遥かに直線的になっていた。




