表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
館護戦線  作者:
館護戦線
52/76

抱えたまま、帰る場所

しばらく誰も動かなかった。煙がゆっくり流れていく音だけがする。


さっきまで戦場だった場所はもう原型がない。

壁も床も広場も、全部平らな瓦礫の海。ハウルはその中心に立ったまま、ぼんやりと周囲を見渡していた。


何度も命懸けで守ってきた場所。家族がいて、笑い声があって、くだらない喧嘩もして。


……みんなの帰る場所だったはずの館。その面影はもうどこにもない。


ハウル「……館、消えちゃったなぁ……」


ぽつりと独り言みたいにを怒りでも絶望でもなく、ただ呟いた声だった。


レイズも、ルガも、エイルも、何も言えない。ただその更地を見つめるだけ。


その時。小さな足音。瓦礫を踏む音が近づいてくる。


振り向くと、ソラがゆっくり歩いてきていた。右手にアマネ、左手にニア。二人の手をぎゅっと握って。


まるで迷子を連れて帰るお姉さんみたいに。ソラは少しだけ俯きながらハウルたちの前で立ち止まった。


綺麗だった服は破れ汚れていて、ところどころ煤もついてる。


それでもその目はまっすぐだった。


ソラ「……あの……」


声が少し震える。みんなの視線が集まって、緊張したみたいに指に力が入る。言葉を続けて


ソラ「……狭くて、汚いかもですが…私の家、来ませんか?」


一瞬、風の音だけが通り過ぎる。


ソラ「その…孤児院、なんですけど…狩に襲われて、いっぱい壊れちゃって……」


苦笑い。ちょっと困ったみたいに。


ソラ「でも、全壊ではないので…雨風はしのげますし、寝る場所くらいは作れます……」


ぎゅっと、アマネとニアの手を握り直す。


ソラ「……ひとりより、みんなの方が……あったかいですし……」


小さな声。でもはっきりした本音。


ソラ「……一緒に、来ませんか?」


強くも劇的でもない。

ただの普通の誘い…なのに、胸の奥がじわっと熱くなる。


帰る場所を失った者達にとって、それは救いだった。ハウルは目を丸くして。ふっと笑った。


ハウル「……はは」


頭をがしがし掻く。


ハウル「参ったなぁ……」


前みたいな…軽いけど、少し困った笑顔で


ハウル「最後の最後で、ソラに助けられちまった」


レイズが小さく鼻をすする。


ルガは視線を逸らす。


エイルはやわらかく微笑んだ。


ハウルはソラの前まで歩いていって、大きな手で、そっと頭を撫でた。


ハウル「…ありがとな、ソラ!…世話になるわ」


ソラ「……っ、はい……!」


ぱっと顔が明るくなる。ほっとした笑顔。


ニア「…みんな、いっしょ……?」


アマネ「一緒!…良かった!」


その言葉にみんな少しだけ笑った。

ボロボロで、失って、泣き疲れて、それでも…まだ歩ける。


ソラ「…行きますか、?」


ハウル「あぁ。」


歩き出しかけて。ソラはふと足を止めた。


ソラ「あ……」


思い出したみたいに振り返る。少し離れた瓦礫の上。ララメとメアリーと奈子が座っていた。


三人ともまだ立ち上がれていない。戦いの疲労だけじゃない。


失ったものの重さで動けない…そんな背中に、ソラはそっと近づく。


ソラ「……あの」


三人が顔を上げる。ソラはぎこちなく笑った。


ソラ「もしよければなんですけど、私の家…元孤児院、まだ少し使えると思うので……一緒に、来ませんか……?」


押しつけじゃない。本当にただの提案。


「よかったら」っていう距離感。


ララメは一瞬目を丸くして、それからいつもの調子に戻ろうとするみたいに、にっと笑った。


ララメ「……んー」


頭の後ろで手を組む。


ララメ「ありがと!でもさ、私…ちょっとだけここにいたい」


瓦礫を見下ろす。焦げた地面。崩れた館。


ララメ「ここ、ちゃんと見送ってから行きたいんだ」


声は明るいのに、目だけ少し赤い。メアリーも静かに首を横に振った。


メアリー「わたくしも……ここで、少し」


胸元をぎゅっと握る。もう無いリボンがあった場所。


メアリー「…気持ちの整理、したいのです」


いつもの「なのです」なのに。少しだけ弱い。


ソラは無理に勧めなかった。ただこくんと頷く。


ソラ「……分かりました。いつでも来てくださいね!…待ってますから」


その言葉に、二人は小さく笑った。そして、奈子がゆっくり立ち上がる。


手には…あの羽織。角灯がずっと羽織っていたもの。

ぎゅっと胸に抱きしめている。


奈子「私は行きます」


かすれた声。


奈子「ここに居たら多分、前向けないと思って」


羽織を見つめる。


奈子「連れて行きます、…角灯さんも」


ソラは、すぐ頷いた。


ソラ「……はい。一緒に帰りましょう」


奈子は小さく頭を下げて、ソラたちの後ろに並ぶ。その時、少し離れた場所。


綯緒がまだ瓦礫のそばに立っていた。來菟が消えた場所。


そこから一歩も動いていない。


背中がやけに弱く見える。ソラは思わず口を開きかけた。


ソラ「綯緒さんも――」


でも言葉が喉で止まる。今声をかけるのは、優しさじゃなくて無神経かもしれない。


一人でいなきゃいけない時間もきっとある。ソラはぎゅっと唇を結んで。そっと視線を下げた。


小さく、心の中だけで。


(……また、会えますように)


それだけ願って、何も言わず歩き出す。


生き残った者たちがゆっくり歩いていく。

帰る場所へ


失ったまま


それでも…前へ。



瓦礫だらけの更地を背に。八人はゆっくり歩いていた。


誰も急がない。急ぐ理由もない。もう追ってくる敵もいないし、戦う理由もしばらくはいらない。


ただ足を前に出すだけ。砂利を踏む音だけがやけに大きく響く。


奈子は羽織を胸に抱き、アマネとニアはソラの左右で手を握り、ハウルたちは少し後ろを歩いている。


誰も喋らない。でも不思議と居心地の悪い沈黙じゃなかった。

…同じものを失った者同士の、静かな歩み






やがて見えてきた小さな門。少し傾いた看板。かすれた文字で書かれた


『孤児院』

ソラの足が止まる。


ソラ「……ここ、です」


声が少しだけ震えていた。


門は壊れていて塀もひびだらけ。建物の壁には焦げ跡が残っている。


襲撃の傷跡は消えていない。


……でも


アマネ「あれ……」


アマネがぽつりと呟く。


アマネ「……きれい……?」


よく見ると。割れていた窓は修復の跡が見られ、崩れていた瓦礫は端に寄せられ、地面に残っていたはずの血の跡も、もうない。


最低限だが、ちゃんと「住める形」に整えられていた。


ハウル「…誰か直してくれたのか?」


ソラはそっと門に触れる。指先で補修された木材をなぞる。


新しい釘、新しい板、


誰かがここに来て


誰かが片付けてくれて。


誰かが、「また帰ってくるかも」って思ってくれた証。


ソラの胸がじんわり熱くなる。


ソラ「……街の人、たち……」


小さく笑う。涙が滲む。


ソラ「…覚えてて、くれたんですね……」


「もう誰もいない場所」じゃなかった。「忘れられた場所」でもなかった。


ちゃんと繋がってた。



世界は、ちゃんと優しかった。



ギィ……と門を押す。懐かしい音。それだけで胸がいっぱいになる。


一歩、また一歩。玄関の前に立つ。あの日、2人を抱えて飛び出した時と同じ景色。でも、もう逃げるためじゃない。


帰ってきた。その実感がゆっくり染みてくる。ソラは振り返ってみんなを見る。


ボロボロで。泣き腫らしてて。でも生きてる。ソラは小さく笑って、扉に手をかけた。

そして。


誰にも聞こえないくらい小さな声で。


ソラ「……ただいま、お母さん」


扉を開けると、きしむ音と一緒に中から流れてくる少し古い木の匂い。


それがやけにあったかくて、ソラはそっと目を閉じた。


_やっと、帰ってこれた。後ろで、ニアが小さく言う。


ニア「…ここ、すき」


アマネも笑う。


アマネ「なんか…落ち着くね」


ハウルが肩を回しながら苦笑する。


ハウル「……しばらく世話になるか」


奈子は羽織を抱きしめたまま静かに頷いた。戦場でも、命の取り合いでもない。


ただの古い家。


でも、今の彼らにはどんな家よりも強い場所だった。


日が出かけの空が、孤児院をやわらかく照らしている。八人の影が伸びて、ゆっくりと中へ溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ