"代償"
少し離れた瓦礫の山でガラと石が崩れる音。
來菟「……っ、は……!」
勢いよく身を起こして視界いっぱいに広がるのは更地。
建物も壁も、仲間たちが戦っていた場所もほとんど残っていない。
煙の匂いだけが漂っている。
來菟「……え……?」
足が勝手にふらつく。探す。誰か。何か。でも。
「守れた」という実感がどこにもない。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
來菟「…ぁ…あ………」
膝が崩れた。そのまま瓦礫の上に座り込む。指が震える。
來菟「…守れなかった……」
声が掠れる。
來菟「俺ら…、これ以上被害出さないために生きてきたのに……」
前から声が聞こえる
綯緒「…來菟」
來菟は顔を上げない。拳を強く握りしめる。
來菟「…この能力でさ」
震えた笑い。
來菟「何人も、何十人も守ってきたのに」
拳が瓦礫を叩く。鈍い音。
來菟「…結果がこれ、かぁ」
カバンを開け、中を探る。
……出てきたのは、綯緒に持たされた小さな護身用のナイフ。
「もしもの時のため」
來菟はそれをぼんやり見つめて力なく笑う。
來菟「…守れ、なかった……」
膝から崩れ落ちる。綯緒が歩いてくる。
綯緒「…來菟?」
來菟「俺ら、被害出さないために生きてきたのに……」
ナイフを握る手に爪が食い込む。悔しさで歯が鳴る。
來菟「…この能力…使いこなせなかったか……」
視界が滲む。
來菟「…ごめん、ごめんなぁ…綯緒」
綯緒「待て、待て!來菟、!!」
來菟が首に刃をかけたその時
小さな音と共に、首にひび割れみたいな切り跡。皮膚がガラスみたいに薄く透ける。
綯緒「來菟、來菟!」
來菟はその場に力なく倒れた。芝生や細かい瓦礫が赤く染まる。
白い上着も、毎日整えてた綺麗な髪も…
真っ赤な血が侵食するように色を染めていく
來菟の体は崩れるみたいに光の粒になっていく。
でも顔はさっきより少し穏やか。
來菟(最後まで、守れなかったな…ごめん)
綯緒「ふざけんな、消えんな、來菟!!」
來菟 (……綯緒…)
初めて見る、弱い笑顔。
來菟(今まで、ありがとな)
綯緒が腕を掴む。掴んだところから光になってすり抜ける。
サラ、と砂みたいに崩れて
跡形もなく消えゆく。
綯緒「…………」
拳を強く握る。光の粒が最後のひとかけらまで消えた。
さっきまで確かにそこに立っていたはずなのに。
綯緒の手の中には空気しかない。
……はずだった。
ふと手を広げると、帽子がトサ、と落ちてきた。
綯緒「…………」
鮮明に覚えている。初めて会ったあの時。
無力な青年が人外に襲われてて、助けた
あんなに明るくなかった。
暗くて、何も知らない奴だった。
初めての時、名前を聞いたけど何もないって言ってて、「來菟」という名前をあげた。
帽子。
最初は傷を隠す為に適当に出しただけの帽子。
でも、來菟はそれを1番の宝物のように毎日つけていた。
綯緒「…來菟?」
返事はない。当たり前だって分かってる。
…分かってるのに。もう一度名前が零れる。
綯緒「……來菟。」
足元がふらつき、膝がストンと地面に落ちた。
帽子を抱きしめたまま瓦礫に膝をつく。砂と血で汚れるなんてそんなのどうでもいい。
綯緒「……っ……」
呼吸がうまくできない。胸の奥がぐちゃぐちゃに掻き回されてるみたいだ。
ずっと…ずっと一緒だった。
旅も、喧嘩も、くだらない飯も。「守る」って同じ目標で隣にいた。
当たり前みたいにこれからも隣にいると思ってた。
綯緒「…代償が……これかよ……」
小さな声。
綯緒「…能力なんか…使わなけりゃ…」
歯を食いしばる。
でも止まらないまま地面に水滴が落ちる。
一滴、また一滴。
綯緒「なんでお前が…先に消えんだよ…」
拳で地面を殴る。
音が鈍い。
痛みなんて感じない。
綯緒「……っ……くそ……」
肩が震える。声が崩れる。
綯緒「……來菟……っ……」
名前を呼ぶたび涙が溢れる。もう止める気もない。
誰もいない瓦礫の中で、いつも冷静だった男が、顔を覆って子供みたいに…ただ静かに泣き続けていた。




