「やっと、守れた」
崩れた回廊。瓦礫の隙間から静かに緑が伸びる。まるで生き物みたいにフォドルの足首に蔦が絡みついた。
フォドル「……」
引き千切ろうと力を込める。だが。
次の瞬間床一面から無数の根が噴き出した。四方八方から脚、腕、胴へと巻き付く。
拘束。完全に捕縛の形。少し離れた場所。両手を地面につけ息を荒くする奈子。
奈子「……逃がさ、ない……っ」
植物が彼女の感情に呼応するみたいに脈打つ。館で働いていた頃の穏やかな面影はないが、奪われた時間への怒りだけが残っている
奈子「……メアリーさん、今」
「――はいなのです」
すぐ後ろに紫の影。チャンスと言わんばかりの笑みを浮かべて
メアリー「固定、感謝するのです!」
蔦にそっと触れる。まるで花に触るみたいな優しい仕草。
その瞬間、じわっと緑が黒ずんだ。
奈子「……!」
腐敗。蔦が、根が、巻き付いた接触面から一気に色を失っていく。ただ枯れるんじゃない。
ボロボロと触れた部分から崩壊が伝染する。フォドルの拘束部位へと侵食していく。
フォドル「……能力の連鎖か」
初めて小さく舌打ち。腕に絡んだ蔦ごと表面が朽ちる。力が伝わらない。逃げられない。
メアリーはにこりと微笑む。
メアリー「奈子さんの植物、とても素直なのです!腐りやすくて助かるのです!」
奈子「それ、褒めてるのですか……?」
メアリー「最大級の賛辞なのです」
奈子「そ、そう……」
次の瞬間奈子が両手を握ると地面が盛り上がる。
さらに太い根がフォドルの背後から絡み、膝を折らせる。
メアリーはその隙に近づく。
メアリー「動かないでください!」
手を胸元へ軽く触れる。そこから衣服や表面がじわじわ崩れていく。
まるで時間が早送りされたみたいに“老いて”いく。
フォドル「……鬱陶しい」
衝撃波で蔦が弾け飛ぶ。奈子が吹き飛ばされて転がる。
奈子「……っ!」
メアリー「奈子さん!」
メアリーが駆け寄ろうとする。でもその前に再び地面から芽が出る。
奈子「…まだ動けます!……」
額に汗。それでも立つ。
奈子「今度は…もっと、強くしますからね」
メアリー、少しだけ微笑む。
メアリー「頼もしいのです」
二人、視線を合わせる。
奈子「捕まえる!」
メアリー「腐敗させます」
短い役割確認はそれだけ。次の瞬間にはまた緑が爆発的に増殖し、フォドルの動きが確実に鈍る。
派手さはないながらでも確実に削り、確実に追い詰め、静かな処刑みたいな連携。
メアリーが小さく呟く。
メアリー「――逃がさないのです」
ふとフォドルの視線がゆっくりと動いた。
騒がしい戦場の中、ただ一人霣羅を射抜く。温度のない処刑人の目。
フォドル「……裏切り者」
変わらない低く感情のない声。怒鳴りでもない事実を告げるだけの声。
フォドル「最初に刃を向けたのはお前だ。なら、見せしめはお前からだ」
空気が沈んだ。目に見えない何かが空間を押し潰す。
重力が倍になったみたいに足が地面に縫い止められる。
霣羅「……っ」
呼吸が浅くなる。肺が動かない。膝が笑う。
本能が叫んでいる。
逃げろ
…でも動かない。フォドルの掌がゆっくり霣羅へ向く。ただそれだけ、それだけなのに
空間が歪み、瓦礫が浮き、砕け、引き寄せられていく。一点に圧縮。
_終わる。見ただけで分かる。当たれば消えるのだと。
霣羅「……兄、さん……」
なぜか最後に浮かんだのは砮裏の顔だった。やっと取り戻した、忘れていた兄。
まだ何も…何も、返せてないのに。
フォドル「消えろ」
振り下ろされる。
世界が落ちてくる。
その瞬間、視界が黒で塞がった。
霣羅「……え?」
鈍い衝撃は自分にじゃない。前に誰かいる。焦げた匂いと黒炎、そして見慣れた背中。
霣羅「……にい、さん……?」
砮裏が立っていた。
両腕を広げるみたいに。
霣羅を庇う形で直撃し、爆発して轟音が響く
地面が抉れ、衝撃波が吹き荒れる。砮裏も霣羅も吹き飛ばされて転がった。
耳鳴り。白く霞む視界。必死に顔を上げる。
霣羅「……兄さん……!!」
煙の向こうで砮裏が膝をついていた。腕を着いて座り込んでいる。
でも、消えかけの灯みたいに黒炎が揺れていて…体も透けて、人外の心臓である核は破壊されてしまっていた。
霣羅は這って近づき、手を伸ばして砮裏を支えるようにして腕に抱える
霣羅「なんで、なんでだよ…!戦えないくせに…前出てくんなよ……!」
震える声。砮裏がゆっくり瞼を開く
その顔は、不思議なくらい穏やかだった
砮裏「……兄、だからな」
かすれた声。それでも少し笑っている。
砮裏「……やっと…守れた……」
霣羅「やめろ…喋んな……」
砮裏「お前……強く、なったな……」
霣羅の胸ぐらを弱く掴むも、力がないせいですぐに落ちる。
砮裏「……生きろ、霣羅」
それが最後だった。
砮裏の身体の力が抜ける
ゆっくり
本当に静かに
糸が切れたみたいに腕の中に沈み込む。
霣羅「……兄さん?」
揺らしても反応がない。
もう一度
「兄さん」
返事がない。
あんなに熱く、暖かかった黒炎ももう出ない。
姿すら
消えて
もう見えない。
霣羅の喉から音が漏れる。
声にならない。
叫びたいのに息が詰まる。
霣羅「……ぁ……」
動けずに
立てないまま
ただ固まるだけ
……やっと、取り戻したのに。
やっと…「兄さん」って呼べたのに
また奪われた
今度は目の前で
自分は何もできずに
フォドル「……甘さが命取りだ」
冷たい声が降ってくるが霣羅にはもう届かない。視界が滲んで来る。
世界が…遠い。
ただ、消える前の腕の中の重みだけがやけにリアルだった。
霣羅「……また…居なくなるのか……」
ぽつりと誰にも届かない声。
霣羅はただ
絶望の中で動けなくなっていた。
砮裏さんは多くのことを失いました。
記憶も、時間も、自分自身も。
それでも「兄であること」だけは最後まで失わなかったのだと思います。
今回はそんな、切ない兄弟でした。




