「やっと見つけたんだぞ」
フォドルの拳を受け止めた瞬間にハウルの動きが鈍った。
視線が何度も何度も後ろへ向く。瓦礫の向こうの爆炎と衝撃の中、まだ戦っている二人。
シロクラとヤグ。その姿から目が離せていない。フォドルは気づいていた。
フォドル「……戦闘中に余所見とは、随分と甘くなったな、ハウル」
鈍い蹴りが腹にめり込む。
ハウル「が……っ!?」
地面を滑り血が飛ぶ。
それでも立とうとする…が足が止まる。
視線だけがヤグへ向いている。
その異変に最初に気づいたのはレイズだった。
レイズ「……父さん?」
いつもならどれだけ傷ついても前しか見ない男だ。敵から目を逸らすなんて絶対にしない。
なのに今は迷っている。震えている。
ルガも気づく。
ルガ「……様子が、おかしい……」
そしてずっとハウルの背を見ていたエイルがゆっくり立ち上がった。
エイル「……」
ハウルの視線の先を見る。シロクラとヤグ。
そしてフォドルの言葉。“攫われた三男”。
全てが繋がった時、エイルの瞳が大きく揺れる。
エイル「…………」
小さく息を呑む。ハウルが何を知って何に気づいたのかを理解してしまった。エイルは歯を食いしばった。そして一歩前へ出る。
レイズ「…母さん?」
エイル「あなた」
優しく強い声にハウルが振り向く。
エイル「……行って」
ハウル「……っ」
エイル「あなたが行かなきゃ」
ハウル「でも……!」
エイル「いいから!」
珍しく、強い声だった。
エイル「……あの子を、今度こそ…守って」
その言葉でハウルの目が見開かれる。
レイズが前に出て拳を構える。
レイズ「父さん、俺らが時間稼ぐ」
ルガも静かに並ぶ。
ルガ「家族なら…父親の仕事してきて」
ハウル「……お前ら……」
声が詰まる。三人がフォドルの前に立つ。ボロボロの身体でも壁みたいに。
フォドルが小さくため息を吐く。
フォドル「……数を増やせば勝てるとでも?」
レイズ「勝つ気ねぇよ。ぶん殴るだけだ」
ルガ「足止めです」
エイルも手袋をはめ、静かにフォドルを睨む。
エイル「……もう、誰も奪わせない」
フォドルの目が細まる。
フォドル「……愚かだな」
フォドルからの衝撃でレイズが吹き飛ぶ。ルガが斬り込む。エイルの少しの“バグ”が空間を歪ませる。
三人同時でも完璧じゃない。強くもない。
でも確実にフォドルの足が止まったその一瞬でエイルが叫ぶ。
エイル「あなた!!」
振り返る。家族が必死に道を作っている。血を吐きながらでも自分のために立っている。
ハウルの拳が震え、そしてぐっと握りしめる。
ハウル「……すぐ戻る」
低く決意の声。地面を蹴り爆ぜるような踏み込み。一直線にシロクラとヤグの方へ。
フォドルが追おうとするがレイズがしがみつく。
レイズ「行かせるかよ、クソ司令官……!」
ルガが脚を斬る。
ルガ「あなたの相手は…俺達です」
エイルが両手を構える。
エイル「……来なさい」
フォドルは舌打ちした。
フォドル「鬱陶しい家族ごっこだ」
それでも確実にハウルの背中は遠ざかっていった。
瓦礫の向こうのまだ何も知らない息子の元へ…今度こそ間に合うために。
瓦礫を踏み越えハウルは半ば転ぶように二人の元へ駆け寄った。
呼吸は乱れ、傷口がまた開いて血が滲む。それでも止まらない。止まっている暇なんてなかった。
シロクラが先に気づく。目を見開いて駆け寄った。
シロクラ「ハウルさん!?け、怪我……」
ハウルは荒く首を振る。息も絶え絶えのまま叫ぶ。
ハウル「それどころじゃない!」
ヤグは瓦礫に背を預けたまま怪訝そうに片眉を上げた。
ヤグ「……?」
シロクラも戸惑いながらハウルを見る。
シロクラ「…どうしました?」
ハウルの喉が鳴る。うまく言葉が出ない。胸の奥がぐちゃぐちゃに掻き回される。
怖かった。言ってしまえば全部変わってしまう気がして。
でも言わなきゃ絶対に後悔する。血で濡れた手を握りしめヤグを真っ直ぐ見る。
ハウル「ヤグは…」
声が震える。
ハウル「ヤグは…俺の息子なんだよ!」
空気が凍った。
シロクラ「…は?」
間の抜けた声が漏れる。ヤグも瞬きを忘れたみたいに固まる。
ヤグ「……はぁ?」
信じられないという顔。当然だ。突然「お前は俺の息子だ」なんて言われて納得できるわけがない。
でもハウルは逸らさず必死に続ける。
ハウル「昔、三男が攫われた。ずっと探してた…見つからなくて……!」
拳が震える。
ハウル「フォドル…あいつが言ったんだ……狩側で、幼い頃から司令官の元で動いてたって……」
ハウルの視線がヤグの傷だらけの顔をなぞる。
ハウル「……お前だったんだよ……レド……」
その名前がぽつりと落ちる。ヤグの瞳がわずかに揺れた。
知らないはずの名前なのに胸の奥がざわつく。
シロクラがハウルとヤグを交互に見る。
シロクラ「ちょ、ちょっと待て、それ…マジで言ってんのか……?」
ハウル「冗談でこんなこと言うかよ!」
声が割れる。涙が滲む。
ハウル「気づけなかった…同じ場所にいたのに守れなかった、!」
一歩、ヤグに近づく。
ハウル「…でも今度は違う。もう間違えねぇ」
真っ直ぐ父親の目で。
ハウル「俺は…お前の親だ。だから__今度こそ守る」
ヤグは何も言えない。悪態も皮肉も出てこない。ただ胸の奥がやけに熱かった。
理由も分からず奥歯を噛み締める。戦場のど真ん中なのに、そこだけ時間がゆっくり流れていた。
ヤグの脳裏はぐちゃぐちゃだった。息が荒い。鼓動がうるさい。
さっきまで「敵」だった男が今は泣きそうな顔で自分を見ている。
意味が分からない。理解なんてしたくない。ヤグの奥歯がぎり、と鳴った。
ヤグ「……ふざ、けんな……」
震える手で銃を持ち上げる。反射みたいな動きだった。
考えるより先に体が“敵”に照準を合わせる。銃口がハウルの額に向く。
シロクラ「……っ、おいヤグ――」
ハウルは避けなかった。ただ真正面から受け止める。
逃げず怯みもしない。目も逸らさない。まるで撃たれてもいいとでも言うみたいに。
ヤグ「信じれるかよ、そんな話……!」
声が怒鳴り声にならない。掠れている。
ヤグ「いきなり出てきて…息子だぁ?家族だぁ?…はっ、笑わせんな……!」
指が引き金にかかる。
ヤグ「俺は狩だ…司令官の駒だ…それだけなんだよ!」
引き金に力を込める。
撃て
そう思うのに…指が動かない。
ヤグ「……っ」
力を入れてるのに。いつもみたいに撃てばいいだけなのに。ハウルの顔がやけに近い。
傷だらけで血まみれで、それでも怖がってない。怒ってもいない。
ただ泣きそうな顔で自分を見ている。
ヤグ「…なんで…避けねぇんだよ……」
ハウル「…避けるわけねぇだろ」
静かな声。
ハウル「やっと見つけたんだぞ」
ヤグの心臓が強く跳ねる。
ハウル「……お前を」
その一言が胸の奥に突き刺さる。知らないはずなのに。聞いたこともないはずなのに。
“探してた”
その言葉がやけに重い。頭の奥でノイズみたいな感覚が走る。
小さい頃の何か。
温度。手の感触。声。思い出せない。
けど……
ヤグ「…くそ……」
銃口がぶれる。
ヤグ「……くそが…」
指が震える。撃てない。どうしても撃てない。
ヤグ「……なんでだよ……!」
ガチャン、と銃が手から滑り落ち、乾いた金属音が響いた。
今回はリーウェン家の話でした。
再会としては最悪の形ですが、この形でしか会えなかったのもある気がします。
ヤグが最後に銃を落としたのは、納得したからでも信じたからでもありません。
ただ、どうしても撃てなかっただけです。




