守り、守られた命
ソラは母子家庭で育った。小さな孤児院。古びてはいるがあたたかい家。子供たちの笑い声が絶えない優しい場所だった。
母は強く、よく笑う人だった。血の繋がりがなくても全員が家族だと言い切る人だった。
その背中を見て育ったソラも自然と子供が好きになった。
そして、みんなを家族と思っていた
掃除をして、料理をして、転んだ子の膝に絆創膏を貼って。「ソラせんせー!」と呼ばれる毎日が、何より幸せだった。
それで十分だった。…本当に、それで十分だったのだ。
そして今の年齢である17になった頃、ソラには恋人ができた。
優しくて穏やかで、よく気がつく人。落ち込めば隣に座ってくれて、疲れていれば黙って紅茶を淹れてくれる。
「この人と一緒に生きていきたい」
心からそう思えた。仕事に支障が出ない程度に他愛ない話をして、笑って。孤児院の子供達も少しずつ里親が見つかって減っていった。
「よかったね」
「幸せになるんだよ」
見送るたびに胸があたたかくなった。幸せはちゃんと続いていくものだと。本気で信じていた。
……だからその日。母の訃報を、死を知らされた時。世界が音を失った。
何者かに襲われ帰らぬ人になった母。理解が追いつかなかった。涙が止まらなかったけれど、彼が隣にいてくれた。
黙ってただ抱きしめてくれた。そのぬくもりにどれだけ救われたか分からない。
「まだ頑張れる」
そう思えた。子供たちがいるから、彼がいるから…また前を向けた。
なのに、
あの日。
「この部屋には入るな」
そう言われた部屋、そこから子供たちの悲鳴が聞こえた。助けを求める声。泣き叫ぶ声。
ソラの頭は真っ白になった。考えるより先に扉を開けていた。
そこにあったのは、信じていた恋人が子供を手にかけている光景だった。世界が崩れ落ちた。
里親が見つかった?違う。違った。1人残らず彼が殺していた。笑っていた子も、甘えてきた子も、将来の夢を語っていた子も
……全部、全部。
「これで、お前とだけと一緒にいれる」
そんな軽い考えで、子供たちは奪われた。残っていたのはたった二人。ソラは反射的にその子たちを抱きしめた。
逃げなきゃ、ここにいたら全員死ぬ。
すぐ走ったけれど二人を抱えたままでは速く動けずすぐ追いつかれた。能力を使われた時の衝撃で身体が動かずに地面に倒れ込む。
子供たちが前に出た。小さな身体でバリアを張って、氷柱を飛ばして。「先生を守る」って。ソラも操作能力を初めて発動した。
「殺される……嫌……」
「この子たちだけは……」
祈った。心の底から。その瞬間。彼の手が突然爆発した。
「ひでぇ光景だなァこりゃ」
知らない男の声がして振り返る。そこに立っていたのは、黒い頭髪にに紫色のメッシュが入った、髪で片目を隠した見知らぬ青年。
「大丈夫。俺は味方だよ」
その声は驚くほど優しかった。
シロクラ「俺ァシロクラ・アーガイル。よぉーーーく覚えとけ!」
数分後。彼はもう立っていなかった。
…助かった、本当に助かった。子供たちは震えていて、ソラも立てなかった。
それでも彼は急かさなかった。ただ近くで黙って背中をさすって待ってくれた。
ソラ「……助けてくれて、ありがとうございます」
自然に出たのは感謝だった。
シロクラ「全然いいよw…辛かったね」
その笑顔があまりにもあたたかくて。もう家には戻れないと話すと
シロクラ「あ、じゃあ館来る?俺も住まわせてもらってる方なんだけど…」
当たり前みたいにそう言った。そして動けないソラを当然のように。
シロクラ「運べるよ?」
そう言って背負った。その背中は不思議なくらい大きくてあたたかくて。
ソラは初めて
「もう大丈夫かもしれない」と思った。
だから…今。
薄れゆく意識の中で最初に浮かんだのは、黒炎でも痛みでもなく。あの時の背中と、子供達の顔だった。
ソラ(アマネちゃん、ニアちゃん、)
守られた命。今度は自分が守る番。その想いだけを残して、ソラの意識は完全に途切れた。
床に横たわるソラの身体は、ぴくりとも動かなかった。
呼吸は浅く、血の匂いがじわりと広がる。
壁に引きずられた跡。抜かれた刀の傷から赤が滲み続けている。
もう立てない。
普通ならそう判断していい状態だった。
霣羅は振り返りもせず歩き出す。黒炎を纏った背中がゆっくりと。
本棚の影、そこに隠れた二つの小さな影。
ニアとアマネ。
(……だめ……)
遠のく意識の底で、声にならない声が泡みたいに浮かぶ。
(行かないで)
(あの子たちに……近づかないで)
脳裏に記憶が重なる。
泣き叫ぶ子供たち。血の匂い。崩れた孤児院。
「先生……!」
あの時の声。
守れなかった命。
違う。もう……違う。
(今度は……)
(今度こそ……)
指先がかすかに動いた。
床に触れる。
冷たい感触。
その瞬間。
ソラの瞳が、かっと開いた。
ソラ「……守らなきゃ……」
かすれた声。
それでも確かに意志が宿っていた。
彼女の能力。
__操作。
触れたもの、視界に捉えたもの、その挙動を“操作”する力。
本来なら集中が必要。万全でなければ使えない。だが今、理屈も限界も全部無視した。
視界に入る黒い背中。
ソラ「手を出さないで!!!」
瞬間、霣羅の足が止まった。ぎしっと不自然に固まる関節。
霣羅「……?」
腕が動かない。足が上がらない。まるで見えない鎖に縛られたように。
ソラ「……動かないでください……」
壁が軋む。見えない力が霣羅を押し付ける。
ドンッ!!とそのまま背中から壁へ叩きつけられた。
霣羅の四肢が壁に磔のように固定される。
霣羅「…………」
抵抗しようとするが動かない。ソラはふらつきながら立ち上がる。足は震えているし視界もぐらぐらと揺れている。
それでも歩いた。
一歩。また一歩。霣羅の前に立ち刀を操作して手に持つ。
ソラ「……ごめんなさい……借ります……」
流石に傷つける勇気はない。ただ、これ以上被害を出させないため、刀を回収した。
ソラにできる抵抗はそれだけだった。
痛みで意識が飛びそうになる。それでも離さない。刀を握りしめたまま振り返る。
本棚の影から泣きそうな顔の二人。
ニア「ソラさん……!」
アマネ「ソラさん、血……!」
ソラは、無理やり笑った。
ソラ「大丈夫ですよ、怪我なんて治るものです」
優しいいつもの声。まるで何も起きていない朝みたいな口調。
ソラ「行きましょう、ここは……危ないです」
二人の手を取る。小さくてあたたかい手。そのぬくもりがある限り。自分は絶対に倒れない。
霣羅は壁に縫い止められたまま、無言で三人を見ている。ソラは一度も振り返らなかった。
三人で部屋を出る。血の足跡を残しながら。それでも、その背中はどこまでも母親のそれだった。
アマネ「……ソラさん」
ふと、アマネが立ち止まってソラを呼び止める。
ソラ「アマネちゃん?どうしたの?」
アマネ「…私、回復能力もある、!…直接触れないとできないけど…」
アマネは俯き、申し訳なさそうにしながら
アマネ「さっきは怖くて出れなかったけど…今ならソラさんの傷、直せる!」
ソラ「……ほんと、?」
アマネ「うん、!」
ソラ「ありがとう、アマネちゃん」
ソラはそのまましゃがみ、アマネに回復を任せた。
ふんわりと優しい光と温度がソラを包み、爛れた皮膚が綺麗に治されていく。
刀を刺され壁に固定されていた重症な傷も、酷い戦闘で失った血液も、アマネの回復によって補われ、戦闘前の綺麗な体に戻った。
だが痛みの記憶はあり続ける。服に着いた血も、焼け焦げた箇所もそのまま。
廊下に戦闘音が響いている。館はまだ地獄の真っ只中。
でも。ソラはもう二度と守れなかった過去を繰り返さない。その覚悟を胸に固め、ニアとアマネと並んで向かっていった。
ソラちゃん編でした
優しいだけじゃ人は守れない。でもそれを理解した上で困難を超えていく系は好きです




