母のいない東京
東京の春は、思っていたよりずっと騒がしかった。
小さな部屋、小さな窓、小さな流し。浩二は段ボールの山の真ん中で、ぼんやり座りこんでいた。壁の向こうを、電車の音が絶え間なく通り過ぎていった。
その晩、慣れない台所で米を炊いた。水加減が分からなくて、指を米の上に当ててみた。第一関節。母がいつもそうしていた。炊き上がった飯は、少し固かった。
荷物の底から、あの風呂敷が出てきた。浩二はそれを広げて、飯茶碗の下に敷いた。
電話をかけると、母はすぐに出た。
「もしもし。ちゃんと食べとるか」
「食べとるよ」
「風邪、ひいとらんか」
「ひいとらん」
「そう。ならええ」
母の声は短かった。浩二の声も短かった。それでも受話器を置くと、部屋がひときわ静かになった。
大学を出た浩二は、東京の自動車部品の会社に勤めた。毎日があっという間に過ぎていった。会議、締め切り、残業、付き合いの酒。気がつけば、何か月も家に電話をしていなかった。
母は恨みごとひとつ言わなかった。ただ、ときどき宅配便が届いた。段ボールの中には、畑の野菜と、新聞紙に包んだ餅と、母の字で一行だけ書いた紙が入っていた。
「からだに きをつけて」
浩二はその一行を何度か読み返して、また仕事に戻った。
野菜を包んでいる新聞紙は、いつも地元の新聞だった。浩二は野菜を出したあと、しわを伸ばして、畳の上で読むようになった。県北の大雪、農協の米価、高校野球の地方大会。そして、お悔やみの欄。知った名前を見つけると、しばらく手が止まった。小学校で習った先生の名があった日には、浩二はその新聞を畳んで、捨てられずに本棚に挟んだ。
東京にいて、故郷の誰が死んだかを、野菜の包み紙で知る。それが、浩二と村とをつなぐ、いちばん細くて丈夫な糸だった。
ある日の荷には、ぼたもちが入っていた。母の手作りだった。形はいびつで、餡は皮からはみ出し、口に入れると、とんでもなくしょっぱかった。
浩二は東京の小さな部屋で、しょっぱいぼたもちを、ひとりで全部食べた。泣いているのが、しょっぱさのせいなのかそうでないのか、自分でも判然としなかった。
数日後、和也から電話があった。
「兄ちゃん、ぼたもち、食うた?」
「……食うたよ」
「あれな、実は、わしが砂糖と塩の壺を入れ替えといたんじゃ」
「お前か」
「母ちゃんがあんまり自信満々で作りよったけん、つい出来心で」
「お前のせいか」
「いや、あれは元から、ちょっと下手じゃ」
受話器の向こうで和也がげらげら笑った。浩二も噴き出した。噴き出しながら、鼻の奥がつんとした。
母のことを思い出さない日はなかった。けれど、母の人生について深く考えることは、なかった。母は母で、あの家で、ずっと変わらずにいる。そう思い込んでいた。
母と息子の時間は、それぞれ別々に流れていた。




