第四部 母ひとり 盆の子ら
浩二が小学校に上がった年の冬、山の母が死んだ。
知らせは昼の有線放送より先に、電報で来た。春江は子ども三人を連れて、バスを乗り継いで山へ帰った。母は、春江が生まれた部屋で、小さくなって眠っていた。
葬式が済んだ晩、寿美が、風呂敷包みを一つ春江に渡した。
「お母ちゃんの簞笥の、いちばん下に入っとった」
ほどくと、手紙の束が出てきた。春江が嫁いでから山へ送った手紙だった。一通も欠けずに、藁でくくってあった。いちばん上に、母のひらがなで、紙切れが一枚挟んであった。
「はるえは がんばっとる」
誰に見せるつもりで書いたのかは、分からない。春江はその紙切れを、いつまでも手のひらに載せていた。泣かなかった。帰りのバスで、眠った和也を膝に抱き、窓の外の山を見ていた。峠の地蔵さんの前を通りすぎたとき、春江は初めて、声を殺して泣いた。健一が何も問わずに、母の膝の上の和也を、自分の膝に移した。
盆の前の日、春江は縁側に布団を並べた。綿の重い布団を裏返すと、日を吸った布が頬に触れる。進の姉の芳枝が、五人の子を連れて泊まりに来ると聞いて、三兄弟は朝から何度も門まで見に行った。車の音がすると、まだ角を曲がらないうちから、従兄弟たちの名を呼んだ。
八人には、八人だけの掟があった。納屋の奥へ入るには合言葉が要る。藁の山に登るときは、小さい者を先に行かせる。秘密を大人に話した者は、次の日の遊びから外される。もっとも翌朝になれば、皆すっかり忘れて、また同じように遊んでいた。
盆の晩、門口で麻幹を焚いて迎え火をしたあと、墓地へ肝試しに行こうと言い出したのは健一だった。用水路に沿って歩くと、蛙の声が急に大きくなった。墓石の前で線香の匂いがした気がして、和也が浩二の袖を握った。浩二も怖かったが、兄らしく振る舞いたかった。
「幽霊なんか、おらん」
言った途端、竹藪ががさりと鳴った。八人は一斉に逃げ出した。逃げる途中で転んだ従妹を、最後尾の健一が起こして、背中を押した。
浩二が大人になって思い出すのは、怖かった墓石のことではない。誰かが転んだとき、必ず誰かが立ち止まって待っていた、ということのほうだった。
座敷では笑い声がはじけ、台所では大鍋の蓋が鳴った。春江が米を研ぐあいだに、芳枝が皿を並べる。子どもらがまた泥足のまま縁側から上がろうとすると、二人の声が重なった。
「そこから上がりんさんな」
叱られた八人は顔を見合わせて、庭へ逃げていった。春江と芳枝も、顔を見合わせて噴き出した。
その家で育った子どもらは、母に叱られる声のほかに、伯父の咳払いも、伯母の笑い声も知っていた。芳枝は、八人が一度に悪さをすれば八人とも同じように叱った。春江の兄の茂は、進学の書類が来ると山から下りてきて、畳に広げ、難しい漢字を一つずつ指でたどった。従兄の一人は、壊れた自転車を裏返して、健一に工具を渡した。
子どもらは、父親の代わりを一人に求めずに済んだ。困ったときに呼べる大人の顔を、いくつも知っていたからだった。
誰かが手を貸してくれるたびに、春江は「すまんな」と言った。そして翌朝には、その人の帰りの荷に、畑の茄子を詰めた。




