ラジオの歌
畑の畦に、古いラジオが一台置いてあった。
農作業の合間に聞こうと、源蔵が町で買ってきたものだった。黒い箱の上に、伸び縮みする棒のアンテナ。電波が悪いと雑音が混じり、そのたびに誰かが箱を軽く叩いた。
春江は、鍬を動かしながらラジオの声を聞くのが好きだった。ニュース、天気予報、農事の連絡。その合間に、ときどき歌が流れた。
ある朝、若い女の歌声が畑に流れた瞬間、春江の手が、ふっと止まった。実家の台所で、寿美が皿を洗いながら口ずさんでいた歌だった。春江は歌い出しを聴き、それから鍬を動かしながら、小さな声で続きをなぞった。
「あんた、いつも同じ歌ばっかり歌うとるな」
垣根の向こうから、ふみが顔を出した。
「聞こえとった?」
「聞こえとるも何も、うちの畑まで流れてきとるわ」
「……ええ歌なんじゃ」
「知っとる。じゃけん、聞いとる」
ふみはそう言って、自分も続きを口ずさんだ。調子は、春江よりひどかった。二人は顔を見合わせて吹き出した。
洗濯物を干しながら、台所仕事をしながら、風呂の火を焚きながら、春江は気づけば口ずさんでいた。イネが廊下で立ち止まってそれを聞いていたことには、気づかなかった。イネは何も言わず、ほんの少し口もとを緩めて、また歩いていった。
ある日、雷でアンテナが折れた。
源蔵が針金と銀紙で継ぎ足した。銀紙をぐるぐる巻きにされたラジオの上には、てっぺんの光る奇妙な塔が立った。
「これで、ようけ入る」
源蔵は胸を張った。たしかに、よく入った。入りすぎて、よその局の浪曲が混線して流れてきた。
「……なんで、二つ聞こえるん」
春江が首をかしげると、垣根の向こうで、ふみが腹を抱えた。
「源蔵さんのアンテナは、電波を集めすぎじゃ」
結局、ラジオは二つの声を重ねたまま、畑で歌い続けた。春江はその合間に、自分の鼻歌をこっそり重ねた。
その日の夕方、春江は畑の隅で、ひとりラジオの前に座った。鍬を置き、膝を抱えて、あの歌を最後まで聴いた。山の家の台所の匂いが、ほのかに漂ったような気がした。
歌が終わると、アナウンサーの声が明日の天気予報に変わった。春江は立ち上がって、鍬を握り直した。




