↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土の匂い  作者: 畑野春樹
PR
13/41

ラジオの歌

畑の畦に、古いラジオが一台置いてあった。

農作業の合間に聞こうと、源蔵が町で買ってきたものだった。黒い箱の上に、伸び縮みする棒のアンテナ。電波が悪いと雑音が混じり、そのたびに誰かが箱を軽く叩いた。


春江は、鍬を動かしながらラジオの声を聞くのが好きだった。ニュース、天気予報、農事の連絡。その合間に、ときどき歌が流れた。


ある朝、若い女の歌声が畑に流れた瞬間、春江の手が、ふっと止まった。実家の台所で、寿美が皿を洗いながら口ずさんでいた歌だった。春江は歌い出しを聴き、それから鍬を動かしながら、小さな声で続きをなぞった。


「あんた、いつも同じ歌ばっかり歌うとるな」


垣根の向こうから、ふみが顔を出した。


「聞こえとった?」


「聞こえとるも何も、うちの畑まで流れてきとるわ」


「……ええ歌なんじゃ」


「知っとる。じゃけん、聞いとる」


ふみはそう言って、自分も続きを口ずさんだ。調子は、春江よりひどかった。二人は顔を見合わせて吹き出した。


洗濯物を干しながら、台所仕事をしながら、風呂の火を焚きながら、春江は気づけば口ずさんでいた。イネが廊下で立ち止まってそれを聞いていたことには、気づかなかった。イネは何も言わず、ほんの少し口もとを緩めて、また歩いていった。


ある日、雷でアンテナが折れた。

源蔵が針金と銀紙で継ぎ足した。銀紙をぐるぐる巻きにされたラジオの上には、てっぺんの光る奇妙な塔が立った。


「これで、ようけ入る」


源蔵は胸を張った。たしかに、よく入った。入りすぎて、よその局の浪曲が混線して流れてきた。


「……なんで、二つ聞こえるん」


春江が首をかしげると、垣根の向こうで、ふみが腹を抱えた。


「源蔵さんのアンテナは、電波を集めすぎじゃ」


結局、ラジオは二つの声を重ねたまま、畑で歌い続けた。春江はその合間に、自分の鼻歌をこっそり重ねた。


その日の夕方、春江は畑の隅で、ひとりラジオの前に座った。鍬を置き、膝を抱えて、あの歌を最後まで聴いた。山の家の台所の匂いが、ほのかに漂ったような気がした。


歌が終わると、アナウンサーの声が明日の天気予報に変わった。春江は立ち上がって、鍬を握り直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。