第4話 待つということ
秋の夜、村の広場には灯りがともり、笛や太鼓の音が響いていた。
村で一番賑やかな収穫祭。恋人たちは連れ立って夜店を巡り、子どもたちは花火に歓声を上げる。若者たちは輪になって踊り、大人たちは酒を酌み交わしながら、今年の実りを喜び合っていた。
ミアも、毎年欠かさず顔を出していた。けれど、いつも輪の外側、少し離れた場所から、その光景を眺めるだけだった。
「シオンも、去年はここで一緒に踊ったのにな」
小さくつぶやいた声は、賑やかな祭囃子にかき消される。誰にも届かなくていい、そんな独り言だった。
夜店で買った串焼きを片手に、ミアは石段に腰掛けて、遠くの灯りを見つめた。楽しそうな声、笑い声。幸せな喧騒が、なぜか少しだけ、寂しさを際立たせる夜だった。
「ミアちゃん、一人か?」
声をかけてきたのは、村長の息子のルイスだった。彼もまた、シオンがいなくなってから、時々パン屋に顔を出すようになった青年だ。店の仕事そのものはミア一人で十分こなせていたけれど、女手一つでは骨が折れる力仕事――冬支度の薪割りや、屋根に積もった雪下ろしなどは、何かとルイスが買って出てくれていた。
「うん、ちょっと休憩」
「隣、いいか?」
「どうぞ」
ルイスは石段に腰を下ろすと、遠くの灯りを一緒に眺めた。
「困ってることないか? 力仕事なら何でも言えよ」
底抜けに明るい性格で、村の誰からも好かれている青年だった。他意のない親切に、ミアは素直に助けられていた。このときはまだ、それが何かの始まりだとは、誰も――ミア自身も、思っていなかった。
祭りの夜は、そうして更けていった。
*
三年目を過ぎる頃には、ミアは一人で店を切り盛りすることにすっかり慣れていた。仕込みの時間も、仕入れの交渉も、迷うことは少なくなった。
「一人でよくやってるよ、ミアは」
近所の人たちにそう言われるたび、ミアは曖昧に微笑んだ。慣れた、というのは、寂しさが消えたということではない。ただ、その寂しさと一緒に生きる術を覚えただけだった。
*
二十二歳の誕生日、ミアは一人で店を閉めたあと、小さなケーキを一つだけ焼いた。ろうそくを立てて、火をともす。
「……誕生日おめでとう、私」
吹き消す前に、目を閉じて願い事をした。願うことは、いつも一つだけだった。
*
同い年の幼馴染が結婚したのは、その年の冬だった。
支度をする友人の控室に、ミアはそっと顔を出した。
「おめでとう。すごく綺麗だよ」
「ありがとう、ミア!」
友人は嬉しそうに笑ってから、ふと思い出したように付け加えた。
「でも正直、ミアの方が先に結婚してると思ってたんだけどなあ。シオンと、あんなに仲良かったし」
悪気のかけらもない、素直な感想だった。だからこそ、返す言葉に詰まる。
「……まだ待ってるんでしょ、シオンのこと?」
友人は小さく首をかしげて続けた。
「ミアって可愛いんだから、シオン以外にだって道はあると思うけどな。……あ、ごめん、変なこと言った。おめでたい日にする話じゃないよね」
慌てて取り繕う友人に、ミアは笑って首を振った。
「ううん、大丈夫。ありがとう」
本当に、悪気なんてないのだとわかっていた。だからこそ、その言葉はまっすぐにミアの中へ入り込んで、なかなか抜けていかなかった。
真っ白なドレスに身を包んだ友人を見て、ミアは心から祝福した。同時に、胸の奥がちくりと痛むのを止められなかった。
自分にも、決めていたはずのドレスがあった。試着だけして、まだ買えていない、あの白いドレス。
結婚式の帰り道、ミアは一人、来た道を戻った。夜空を見上げて、遠く離れた場所にいるはずのシオンを思う。
――今頃、どこにいるんだろう。
*
翌年の春には、その友人に赤ちゃんが生まれた。小さな手で握られた指の感触に、ミアは思わず涙ぐんだ。
「ミアも、そろそろ自分の幸せ、考えなよ」
友人の優しい一言が、かえってミアの胸に小さな棘のように刺さった。
「うん……そうだね」
作り笑いで応えながら、ミアはふと考える。もしあの春、予定通りシオンと結婚していたら――今頃、自分たちにも子どもがいたのだろうか、と。考えても仕方のないことだと、わかっていながら。
*
それでも、シオンからの手紙が届く日は、変わらず特別だった。封を切る指が、いつも少しだけ震える。
*ミアへ
またしばらく間が空いてしまった。すまない。北の砦での戦闘が続いていて、なかなか町に立ち寄れなかった。
エドは少しずつ、頼れる勇者らしくなってきた。あいつも大変なんだと思う。マリア様の治癒魔法がなければ、俺たちのうち誰かは、もう命を落としていたかもしれない。
そっちは変わりないか。祭りは楽しめたか。ミアの誕生日、今年も遠くから祝うことしかできなくて、すまない。
必ず帰る。
シオン*
手紙を読み終えると、ミアはいつものように、その日のうちに返事を書いた。書いても届かないとわかっていても、書くことをやめられなかった。
*
四年、五年と、季節は容赦なく巡っていく。
村の景色は変わらないのに、ミアの周りだけが、少しずつ形を変えていく。友人は母になり、村にはまた新しい子どもが生まれ、季節の行事は変わらず繰り返される。
その中で、ミアだけが、あの十八歳の春で止まったままだった。
「待つって……いつまでなんだろう」
ある夜、木箱に手紙をしまいながら、ミアはぽつりとつぶやいた。
答えてくれる人は、誰もいなかった。




