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いつか、君にただいまを――勇者一行の騎士は、ただ故郷へ帰りたい。  作者: puni0023


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12/14

番外編 見送り

シオンが村に帰ってから、半月ほどが経ったある日のことだった。


「おーい、シオン! 生きてるかー!」


聞き覚えのある声とともに、パン屋の扉が勢いよく開いた。バルトだった。その後ろから、リディアもふわりと顔を出す。


「バルト、リディア! どうしたんだ、こんなところまで」


「決まってるだろ、お前の分の褒美を届けに来たんだよ」


そう言って、バルトはずしりと重い革袋をカウンターに置いた。


「陛下から預かってきた。……いや、思ったよりずっと多くてびっくりしたぞ、俺も」


「これ、本当に俺の分か? 多すぎないか」


目を丸くするシオンに、リディアがくすくすと笑う。


「シオンの働きに見合った額よ。ちゃんと受け取ってあげて」


*


一息ついたところで、バルトがふと表情を改めた。


「それと、もう一つ知らせがあるんだ」


「なんだ?」


「エドの奴の、元の世界に帰る日取りが決まったんだよ」


シオンは思わず息を呑んだ。エドが異世界からの転生者であることは、旅の間、何度も聞かされていた。魔王を倒したあと、いずれは元の世界へ帰ることになる――そう聞いてはいたが、実際にその日が来るとは、どこか実感が湧いていなかった。


「見送りに行こうと思ってるんだけど、シオンはどうする?」


バルトの問いに、シオンは即座には答えられなかった。


*


その夜、シオンは一人、考え込んでいた。


――ミアとは、もう二度と離れたくない。


十年間、離れ離れだった日々を思えば、当然の気持ちだった。けれど、同時に、こうも思う。


――十年、共に戦ってきた仲間だ。最後くらい、ちゃんと見送りたい。


相反する二つの気持ちの間で、シオンは珍しく、なかなか眠れずにいた。


「……眠れないの?」


隣で、ミアが薄目を開けて尋ねた。シオンは正直に、エドの話を打ち明けた。


「行きたいけど、また離れるのは……」


最後まで言い終わる前に、ミアは小さく笑った。


「行っておいで」


「でも」


「シオンにとって、大事な仲間なんでしょ。ちゃんと見送ってあげて。私は、ここで待ってるから」


その言葉に、シオンは苦笑した。


「また、待たせるのか。俺は」


「今度は、ひと月くらいでしょ? 平気だよ、そのくらい」


そう言って笑うミアに、シオンは、この十年で何度も救われてきたのと同じ温かさを感じた。


*


翌日、そのことをバルトとリディアに伝えると、二人は顔を見合わせて、揃って首をかしげた。


「なんで、ミアちゃん置いてくの?」


「え?」


「ミアちゃんも連れて行けばいいじゃない」


リディアがあっさりと言う。


「王都、まだちゃんと見せてあげてないんでしょ? ついでに、みんなにも紹介してよ」


「そうそう。エドの見送りついでに、ちょっとした旅行だと思えばいいだろ」


思いがけない提案に、シオンは目を瞬かせた。それから、隣にいたミアの方を見る。


ミアは、少し驚いた顔をしたあと、次第に頬を緩めた。


「……行って、みようかな」


「本当か?」


「うん。シオンの旅した道、少しだけでも見てみたい」


「じゃ、決まりだな! 王都まで、四人で行こうぜ」


バルトが陽気に言うと、リディアも隣でにっこり笑った。


「ふふ、なんだかダブルデートみたいね」


「……ダブルデート?」


聞き慣れない言葉に、シオンが首をかしげる。バルトが、まんざらでもなさそうに頭をかいた。


「あー……実は、魔王を倒したあとから、俺とリディア、付き合ってるんだよ」


「――は?」


シオンは思わず、素っ頓狂な声を上げた。


「いつの間に!」


「いつのまにって、お前が王都でバタバタしてる間だよ。討伐が終わって、気が抜けた勢いっていうか……国に戻ったら、なんかリディアがやたら可愛く見えてきてさ。もう、勢いで告っちまった」


明るくそう言ってのけるバルトの隣で、リディアも珍しく頬を赤らめている。


「十年も一緒に旅してたのに、全然気づかなかった……」


ミアも驚いた様子で、思わず声を漏らした。


「まあ、あの頃は生きるのに必死で、恋愛なんて頭になかったからさ」


バルトがそう言って、あっけらかんと笑う。


「まあまあ、そんなことより、旅の準備しようよ」


リディアが誤魔化すように話を切り上げる。


こうして、思いがけない形で、四人での旅が決まった。十年間、シオンが仲間たちと歩き続けた街道を、今度はミアも一緒に――王都を目指して。


*


旅の道中は、半月ほどの道のりだった。かつてシオンが一人で、あるいは仲間たちと共に、幾度となく踏みしめてきた街道を、今度はミアも並んで歩く。


初日の夜、野営の準備をしながら、リディアがふと思い出したように言った。


「そういえば、ミアちゃんは知ってる? シオンって、初めての遠征のとき、テントの立て方が下手すぎて、三回も倒したのよ」


「え、そうなの?」


ミアが目を輝かせて聞き返すと、シオンが慌てて口を挟んだ。


「お、おい、それは……!」


「おまけに、悔しがって朝までこっそり練習してたよな。翌朝には、誰よりも上手くなってた」


バルトが笑いながら付け加える。


「そうそう、そういうところ、シオンって真面目なのよね」


知らなかったシオンの姿が、次々と明かされていく。ミアは、それが嬉しくて仕方なかった。旅の間、手紙では語られなかった、たくさんの横顔。不器用で、真面目で、それでいて誰よりも粘り強い。ミアの知っているシオンと、旅の仲間が知っているシオンは、少しずつ違って、けれど確かに同じ人だった。


「もう、二人とも、それ以上はやめてくれ……」


耳まで赤くしたシオンに、三人は顔を見合わせて笑った。


*


道中、まだ各地に残る魔物の残党に、何度か遭遇した。


「せっかくだし、ついでに狩っておくか」


バルトが軽い調子で言うと、シオンとリディアも頷いた。魔王は倒れても、散らばった魔物がすべて消えるわけではない。旅の道すがらそれを狩っていくのも、かつての勇者一行にとっては、もはや当然の習慣になっていた。


あっという間に魔物を蹴散らす三人の姿を、ミアは少し離れた場所から見つめていた。


――私、何の役にも立ってないな。


戦いにおいては、剣も魔法も使えない。足手まといにならないようにするのが精一杯だった。そんな自分が、少しだけ情けなく思えてくる。


けれど、その日の夜。


「ミアちゃんのおかげで、今日も生き返った……」


野営の焚き火を囲みながら、バルトが心底幸せそうな顔で、スープをすすっていた。ミアが道中の食材で作った、具だくさんのスープだ。


「本当、これ絶品。旅の途中でこんなにちゃんとしたご飯が食べられるなんて、思わなかったわ」


リディアも目を輝かせながら、パンをスープに浸して頬張る。


「戦いのあとの飯が、こんなに美味いなんてな」


シオンも、しみじみと呟いた。


その様子を見て、ミアはふと気づく。


――剣は振れないけど、私にも、できることがあるんだ。


戦う三人を支えるように、疲れた体に染み渡る温かい食事を作ること。それもまた、立派な役割なのだと、ミアは初めて実感した。


「また明日も作ってくれよ、ミアちゃん!」


「うん、任せて」


笑顔で答えるミアの顔からは、先ほどまでの陰りが消えていた。


*


また別の夜、ミアは持参した小麦粉と道具で、簡単な野営用のパンを焼いた。


「これ……こんな短時間で焼けるものなの?」


リディアが驚いた顔で覗き込む。


「うん、旅向けに考えたレシピなの。硬めに焼くと、日持ちもいいから」


焼き上がったパンに、途中の町で仕入れたベーコンと香草を挟んで差し出すと、バルトが真っ先に頬張った。


「――うまっ!」


「なにこれ、旅の携行食のレベルじゃない……」


リディアも目を丸くしながら、次々と口に運ぶ。


「十年間、干し肉ばっかり食ってきた身には、天国だな……」


しみじみと呟くバルトに、シオンも小さく笑った。


「だろ。俺も、旅の間、何度これが恋しかったか」


「シオンが手紙でよく『ミアのパンが恋しい』って書いてた意味、今わかったわ」


リディアがしみじみと頷く横で、ミアは少し照れくさそうに、けれど誇らしそうに微笑んだ。


*


半月ほどが過ぎた頃、ようやく王都の門が見えてきた。


高くそびえる城壁、その向こうに広がる、村では見たこともない賑やかな街並み。ミアは思わず、シオンの袖をきゅっと掴んだ。


「大きい……」


「最初は俺も驚いた。今はもう慣れたけど」


そう言って笑うシオンの横顔に、ミアはふと、この十年、彼が見てきた景色の広さを思う。


*


その夜、王都の宿屋で、一行はエドを囲んでの夕食会を開いた。


「今日はとことん飲むぞ! なんてったって、明日で最後だからな!」


エドの音頭で、賑やかな宴が始まる。料理が並び、酒が注がれ、旅の思い出話に花が咲いた。


「そういえば」


ふと、エドがミアとシオンの手元に目を留めた。


「その指輪……もしかして」


「あ……」ミアが少し照れくさそうに、左手を持ち上げる。「うん。実は、村に帰ってすぐに、籍を入れたの」


「ええっ、聞いてないぞ!」


エドが大げさに声を上げた。


「水臭いなあ、シオン! 教えてくれよ、そういうことは!」


「タイミングがなくてな。……すまん」


シオンが照れくさそうに頭をかく横で、マリアが本当に嬉しそうに微笑んだ。


「おめでとうございます、シオン様、ミアさん」


心からの祝福だった。曇りのない、まっすぐな笑顔。ミアはその笑顔に、あの日、宿屋で感じた小さな棘のようなものが、いつの間にか跡形もなく消えていることに気づいた。


「ありがとうございます、マリア様」


「本当に、お似合いです。……羨ましいくらいに」


そう言って笑うマリアの横で、エドは、いつの間にかすっかり酒が回っていた。


*


「なあ、みんな、聞いてくれよ」


赤くなった顔で、エドが唐突に切り出した。


「俺、実はさ……ずっと、マリアのことが好きだったんだ」


一瞬、その場が静まり返った。


「エ、エド様……?」


マリアが目を丸くする。


「言わなかったけどな。だって、俺、こっちの世界には帰らなきゃいけないだろ。それに……マリアが、シオンのこと好きなの、知ってたし」


エドは、少し寂しそうに、けれど吹っ切れたように笑った。


「だから、ずっと黙ってた。弟みたいなもんだと思われてただろうし、ちょうどいいかなって」


「そんな……」


マリアの顔が、みるみる赤くなっていく。


「なあ、マリア」


エドは、まっすぐにマリアを見つめた。


「もし俺が、一緒に来てくれって言ったら……来てくれるか?」


その場の空気が、一瞬にして張り詰めた。バルトとリディアは、思わず顔を見合わせる。シオンとミアも、息を呑んで二人を見守った。


マリアは、何も答えられなかった。ただ、真っ赤になった顔を伏せて、黙り込んでしまう。


「……悪い、酔った勢いで、変なこと言ったな。忘れてくれ」


エドはそう言って、誤魔化すように笑うと、話題を変えた。宴は、それからも賑やかに続いたが、マリアだけは、どこか上の空のまま、その夜を過ごした。


*


その夜遅く、マリアは一人、王城の私室で悩んでいた。


――行くなんて、あり得ない。


そう思う一方で、心のどこかが、ずっとざわめいていた。


この国で、もうすぐ三十になる。貴族の女性としては、とうに婚期を逃した歳だ。けれど、勇者一行の一員だったマリアが、独り身のままでいたとしても、誰かに不当な扱いを受けることはないだろう。この国は、マリアにそれだけの敬意を払ってくれている。


――でも。


誰かに、心から想われること。それに、ずっと憧れていた。


エドのことは、ずっと弟のように思っていた。だからこそ、今日の告白は、あまりにも予想外だった。


考えても考えても、答えは出ない。マリアは、思い余って、父である国王の私室を訪ねた。


「……父上。少し、相談したいことが」


一通り話を聞き終えた国王は、しばらく黙り込んだあと、静かに言った。


「マリア。お前がしたいように、したらいい」


「でも……」


「王女である前に、お前はお前だ。この国のためにと、これまで十分すぎるほど尽くしてくれた。……最後くらい、自分の心に従いなさい」


その言葉に、マリアの目から、涙がこぼれた。


*


翌朝、マリアは決めていた。


――もし、エド様が昨日のことを覚えていなかったら。それはきっと、酔った勢いの、ただの戯言。そのときは、何も言わずに、いつも通り見送ろう。


そんな自分なりの答えを胸に、マリアは旅立ちの支度をする一行のもとへ向かった。


「マリア」


エドが、少し気まずそうに、けれどまっすぐにマリアを見た。


「……ごめん。昨日、俺が言ったこと、覚えてるか?」


その一言に、マリアの心が、静かに震えた。忘れていなかった。酔った勢いなどではなかった。


「……ええ」


小さく、けれどはっきりと、マリアは頷いた。


「覚えて、います」


エドの顔が、ぱっと輝いた。それから、少し真剣な表情になる。


「なあ、マリア。……ちょっと、聞いてくれる?」


エドは、まっすぐにマリアを見つめた。


「違う世界に行くのって、マリアが思ってるより、ずっときついと思う。言葉も、常識も、何もかも違う。心細い思いを、たくさんさせると思う」


「エド……」


「でも、俺がマリアを幸せにする。不安なことがあったら、全部、俺が取り除く。……約束する」


その真剣な声に、マリアの胸が、きゅっと締めつけられた。頬が熱くなるのを感じながら、マリアは小さく、けれどはっきりと頷いた。


*


エドとの別れは、王都の門前で行われた。


「みんな! 本当に来てくれたんだな!」


エドは相変わらずの快活さで、シオンの肩を強く叩いた。それから、隣に立つミアに気づいて、目を丸くする。


「――え、ミアさんまで!?」


「お邪魔してます」


「いやいや、大歓迎だよ! てか、シオンがちゃんと連れてきてくれて、俺、感動してる」


エドは大げさに目元を拭う仕草をして、皆を笑わせた。それから、隣に立つマリアへと視線を移す。


「――マリアも、本当にいいのか?」


「はい」


マリアは、迷いのない笑顔で頷いた。


「私、あなたと一緒に行きます」


その一言に、周囲からどよめきが起こった。


「元の世界に帰るのって、本当に、今日なんだな」


シオンがしみじみと言うと、エドは頷いた。


「ああ。……でも、今度は一人じゃない」


エドはマリアの手を取り、それから、まっすぐにマリアを見つめた。


「マリア。……絶対に、幸せにする」


「はい」


涙ぐみながら、マリアは大きく頷いた。


「十年、本当にお世話になった。みんながいなかったら、俺、絶対にここまでやってこられなかったよ」


「それは、俺のセリフだ」


シオンは静かに首を振った。


「お前が勇者じゃなかったら、俺も、こんな風に帰ってこられなかった。ありがとう、エド」


がっちりと握手を交わす二人を、ミア、バルト、リディアが、それぞれの想いで見守っていた。


「元気でね、マリア様、エド」


リディアがそう言って、二人と軽く握手を交わす。


「幸せにな」


バルトも、にっと笑ってそれぞれの手を握った。


「エドさんも、マリア様も、お元気で」


とミアが声をかけると、マリアは柔らかく微笑んだ。


「ミアさんも、シオン様のこと、よろしくお願いしますね」


微笑み合う二人に、もう、あの夜のような、ぎこちなさはなかった。


「じゃあな、みんな! 元気で!」


最後に大きく手を振って、エドとマリアは、光の中へと消えていった。まるで、最初からそうなる運命だったかのように、静かに、けれど確かに。二人分の影が、寄り添うように重なっていた。


*


王都の門前に、四人だけが残された。


しばらくの沈黙のあと、バルトがぽつりと呟く。


「……なんか、寂しいもんだな」


「ええ、本当に」


リディアも、珍しくしんみりとした顔で頷いた。


けれど、その沈黙を破ったのは、シオンだった。


「――帰るか、みんなで」


その一言に、皆が顔を上げる。


「まだ旅は終わってないぞ。ミアと一緒に、帰り道も、ちゃんと楽しまないと」


シオンの言葉に、ミアが小さく笑った。


「うん」


十年前、一人で発った道を、今度は仲間たちと、そして愛する人と共に歩いていく。夕暮れの街道に、四つの影が長く伸びていた。

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