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いつか、君にただいまを――勇者一行の騎士は、ただ故郷へ帰りたい。  作者: puni0023


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第9話 十年分の返事

少し落ち着いてから、ミアとシオンは自宅へ帰った。


部屋に入ってすぐ、シオンの視線が、小さなテーブルの隅に向かった。そこには、あの日と同じように、一輪の薄紫色の花が飾られていた。


七年前、一度だけ見た光景だった。あのときは、ほんの十五分で村を発たなければならなかった。それからさらに三年――あの花は、ずっとそこにあり続けたのだと、シオンは静かに噛みしめた。


「……ずっと、飾っててくれたんだな」


シオンがぽつりと呟くと、ミアは少し照れくさそうに頷いた。


「うん。……なんとなく、ね」


震える手で、ミアは部屋の隅にあった木箱を取り出す。


「これ……見てほしいの」


蓋を開けると、そこには夥しい数の封筒が詰まっていた。黄ばんだものから、比較的新しいものまで。すべてに、同じ丁寧な文字で「シオンへ」と書かれている。


シオンは、しばらく言葉を失っていた。


「これ、全部……?」


「うん。シオンから手紙が届くたびに、私も返事を書いてたの。でも……」


「送れなかった」


ミアは小さく頷いた。


「旅の途中のシオンに、届け先がわからなくて。だから、ずっとこの箱にしまってた」


シオンは震える手で、一番古い封筒を手に取った。


「読んでも、いいか」


「うん……恥ずかしいけど」


一通、また一通と、シオンは手紙を開いていった。


*


*シオンへ


今日、手紙が届いたよ。エドさんの話、笑っちゃった。こっちは変わりなし。早く、会いたいな。


ミア*


*


*シオンへ


お祭りだったよ。去年もシオンがいなかったなって、ふと思い出しちゃった。寂しいけど、大丈夫。ちゃんと待ってるから。


ミア*


*


*シオンへ


今日、ルイスに告白された。断ったよ。シオンのことが嫌いになったわけじゃない。でも、正直に言うね。私……あと何年待てばいいの?


ミア*


その一文で、シオンの手が止まった。


「ルイス……村長の息子の?」


「うん。……いい人だよ、本当に。だから、余計に悩んだ」


シオンは何も言わず、次の便箋に目を落とした。


*


*シオンへ


今日、シスターにも言われたの。もう待たなくてもいい、シオンも怒らないと思うって。優しい言葉だった。でも、私は待ちたいの。誰かに言われたからじゃなくて、自分で決めたことだから。


ミア*


*


*シオンへ


一時帰還のとき、マリア様を見た。すごく綺麗な人だった。シオンの隣にいるのが、当たり前みたいに似合ってた。私、少しだけ、嫉妬しちゃったよ。ごめんね、こんな心の狭いこと書いて。


ミア*


読み進めるたび、シオンの表情が変わっていった。知らなかった十年間。ミアが一人で抱えてきた、寂しさや、迷いや、嫉妬の全部が、そこに綴られていた。


「……ごめん」


「なんで謝るの」


「知らなかった。お前が、こんなにたくさん、俺のために書いてくれてたなんて」


シオンの声が、かすかに震えていた。


「俺も、立ち寄った町では、必ず手紙を書いてた。出せるかどうか、いつも真っ先に確認してた」


「知ってる。……あ、でも、一年くらい、届かないときがあったの。たぶん魔物が増えてきて、郵送の状況も安定してなかったから」


「……そうだったのか」


シオンは少し考えるように、記憶をたどった。


「たしかに、あの頃は特に危険な地域を通っていた。手紙を出すこと自体、難しい時期もあった」


「そうだったんだ……」


お互い、知らなかった十年間。シオンが送ったのに届かなかった手紙。ミアが書いたのに、渡せなかった手紙。二つの空白を、二人はその日、少しずつ埋めていった。


「あのとき、本当は寒くて心細かった」「その手紙が来た日、私も泣きながら読んだよ」――そんな会話を、何度も何度も繰り返しながら。


*


すべての手紙を読み終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。


シオンは、最後の一通を静かに箱へ戻すと、静かに立ち上がった。


「少し待っててくれ」


そう言い残して、シオンは外へ出ていった。しばらくして戻ってきた彼の手には、薄紫色の紫苑がいくつも束ねられた花束があった。


「これ……」


驚くミアに、シオンは少し照れくさそうに笑った。


「さっき、村の花屋に頼んでおいたんだ。……このテーブルの花、ずっと紫苑だったから」


その一言に、ミアの目頭が、また熱くなった。


花束をそっと差し出しながら、シオンはミアの手を取った。


「ミア」


「うん」


真剣な瞳が、まっすぐにミアを見つめる。


「結婚しよう」


十八歳の朝に交わした約束とは、違う言葉だった。「帰ったら」でも、「いつか」でもない。今、この瞬間の、揺るぎない言葉。


ミアの目に、また涙が滲んだ。それでも今度は、笑いながら。


「……うん」


小さく、けれどはっきりと頷く。


「ずっと、待ってた」


窓の外では、村の灯りが一つ、また一つと灯り始めていた。十年という長い夜が、ようやく明けようとしていた。

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