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Tunin'Love!  作者: 沙莉
First Season

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第6話 特訓

飲むって言ったよね?


朝まで飲むって言ったよね?


飲むって、普通に二人でお喋りでもしながら、お酒飲むって意味だよね?




なのに、どうして。




なんで、ノートPC前にして、スパルタ勉強会になってるの?








お洒落なイタメシ屋を後にして、団地に戻ってきた私たち。


私を家に押し込んだ後、航ちゃんはしばらくしてから、なぜかベランダから私の部屋に乱入してきた。


スマホを片手に、誰かと話しながら。


「あ、おじさん? 俺、航介。うん、そうそう、メールしたけど、優香をうちの会社に入れることにしたから」


……はい?


待って、待って。もしかしてその電話の相手、お父さん!?


声も出ずにパニクる私を放置して、航ちゃんは電話をしながら勝手に折りたたみ式のテーブルを出し、小脇に抱えたノートPCをセッティングして、私に無造作にビニール袋を突き出した。


「……うん、そうそう。だから、今晩一晩で、会社の概要とか優香に叩き込むから。……ああ、いいよ、そんなこと気にしないで」


気にしないで!? はあ!? どこをどう気にしなくてもいいわけ!?


私が口をパクパクしていると、航ちゃんはスマホから僅かに顔を離して、静かに低い声を吐き出した。


「重てぇんだよ。さっさと持て」


……別人航ちゃん、降臨。


ビビッた私は、素直に航ちゃんからその袋を受け取った。


それからしばらくお父さんと電話している航ちゃんの前に座り込み、袋の中を物色していると、冷えたサワーとかビールとか日本酒のワンカップとかが入ってる。更にはおつまみのさきいかとか、……うふ。私の好物のチョコとか。


思わずニヤケていると、スマートフォンの画面をタップして通話を切ったを閉じた航ちゃんの、低い俺様モードの声が鳴り響いた。


「優香、いいか、覚悟しとけ。今晩眠れると思うなよ」


……徹底的に、叩き込むっていうの、本気なんだ。そうなんだ。


私はすでに引き気味で、トイレに行く振りをして、航ちゃんのおじさんとおばさんに助けを求めようかと本気で思った。


一晩丸々、この航ちゃんと一緒なんて無理。追い込まれる。絶対ヤバい。


精神的にやられる。


そう思い、座ってた腰を僅かに持ち上げようとしたら、航ちゃんはセッティングしたテーブルの前のベッドにどかりと腰掛け、私を据わった目で見上げた。


それはもう、素晴らしいくらいの威圧感で、私は上げかけた腰を素直に下ろした。


そして響く、地獄の始まりを知らせる声。


「逃げられると、思うなよ」


……少しだけ、チビりそうになってしまった。








朝まで飲むという意味は、朝まで飲みながら、航ちゃんの会社のことを私に覚えさせるという意味だったようだ。


ちゃんと私と航ちゃんの前には、お酒を満たしたグラスがある。そして私の大好物のチョコもある。


だけど、それに手をつけることは許されない。チョコはおろか、グラスにでも手を伸ばそうものなら、航ちゃんの威嚇の眼差しが私を襲う。怖くて自分の部屋だというのに、緊迫感丸出しで正座をしている私。


ただただ響く、静かな声が私を怯えさせる。


「グッドデザイン賞を受賞した畳を販売している会社名を言え」


「グッドデザイン……? ええ?」


「そういう賞があることさえ知らねえのかよ。……はぁ……」


「だ、だって……」


「だってじゃねえ。そんなら、検索しろ。グッドデザイン賞とは何か。分かんねえもんを、分かんねえままにしとくから、そうなるんだ。いちいち逃げんじゃねえ。一つ一つ消化していけ」


うう、分かってるよ。分からないことがあったら、そのままにしちゃう自分って知ってるよ。だけど、面倒臭いんだもん。そんなん知らなくったって、生きていけんじゃん。


私が恨みがましい目で航ちゃんを見上げると、更に強い俺様ビームで跳ね返ってくるので、私はすぐに視線をパソコンに戻した。


「え、ええと、グッド、デザイン……あっ、出た。何々? グッドデザイン賞とは、1957年にスタートした、わが国で唯一の総合的デザインと……」


つまりは、私たちの生活がよりよく豊かになるべく、ありとあらゆるモノのデザインを評価し、その価値を上げることで産業を発展させる目的の賞……ならしい。


そしてその意味が分かると、改めて質問を繰り返され、航ちゃんの会社のホームページ内で検索すると、ヒットした。


「あった。これ? この会社?」


「そうだ。そこが、うちと取引している業者だ。社名を覚えとけ。よし、じゃあ三分だけ飲んで食ってよし」


犬か、私は。


だけどあれだけ食べたというのに、好物のチョコは別腹で。


にこにこ笑顔でチョコを頬張っていると、時計をきっちりと見ていた航ちゃんは、冷酷に三分後、また私に指令を出す。


「時間だ。次。飲食店で必要不可欠な衛生用品を全て答えろ」


……おしぼりとか?


そう言ったら、メチャクチャ冷たい目で見られた。


だって分からない。半泣きでいると、パソコンを航ちゃんの指が差す。


また、調べろってことか……。


私はグズグズ鼻を鳴らしながら、懸命にネットサーフィンを繰り返し、最後は航ちゃんの会社のホームページに戻って、取り扱っている商品を確認して。


そんなことを、ずっと繰り返していた。


何か、頭がぼんやりしてくる。


お酒入っているせいもあるかもしれない。ヤバい。睡魔が襲ってきた。


ちらりと時計を見たら、もう三時を回っていた。


あり得ない。こんな夜更かしだなんて。


お肌が荒れるとか言ったら、鼻で笑われるのがオチだから、絶対言わないけど、でも。


メチャクチャ眠い。


眠いと一回思ったら、その魔力から逃れられないような気がする。ベッドが、おいでおいでと私を招いているような気がする。


だけど隣には、鬼教官よろしく航ちゃんが日本酒片手に私を見据えて答えを待っている。


え、ええと、今は何の質問だったっけな。


そんなことすら、すでに怪しい。


目の前がぼんやりとしてきて、欠伸を堪えるのが必死な私に、低い地を這うような声が投げ掛けられた。


「早く答えろ。分からねえなら、とっとと調べろ」


イライラを含んだようなその声に、私は慌てて目を擦り、パソコンの前で佇まいを直した。魔王航ちゃんが降臨する前に、何とかしなくては。


ええと、何だっけ。マジで何を調べればいいかすら分からない。


ヤバイ、どうしよう。この事実を正直に航ちゃんに伝えるべきか。


『えへ、何て質問だったっけ?』


って笑って誤魔化したら許してくれるだろうか。


色々頭の中で言い訳を模索していると、訝しげな顔をして、航ちゃんが私に身を寄せた。というか、私の目の前のパソコンを覗き込んだ。


その瞬間、ふわりと航ちゃんの香りがして……ええと、何ていうか。


慣れない男性の香りに、ドキッとした。


だって頬の先数センチに、航ちゃんの頭がある。いくらなんでも、ここまで接近したことって最近ないから。


突然のことに、私は思わず胸がドキドキしてしまい、反射的に身体をずらした。


航ちゃんと、反対側に。腰ごと、引いた。


明らかに怪しい私の動きに、航ちゃんが眉を潜めた。


「……なんで、逃げる」


に、逃げたわけじゃない!! だって、一応私は女の子で、航ちゃんは男の子だし!!


そう必死な私の思いを、上手く伝えられる自信がない。


航ちゃんが、思ったよりも男の子っていうのを、おもむろに感じるからその香りは危険だ。


そう言いたかったのに。


私が口にしたのは。


「ええと、男くさい」


……最悪じゃん!!


言ってから、はっと気付いた。


気付いたら、航ちゃんはすう、と表情を消し、目を眇めて横目で私を睨みつけ、私を最大限にビビらせることに成功し。


小さく短く呟いた。


「分かった」


わ、分かったって、何が、何が!? ねえ、何が分かったの!! てか、私分からない! 自分で吐いた言葉の意味、分からない!!


言い訳したいのに、出来ない私がわたわたしていると、航ちゃんはすっくと立ち上がり、唐突に私のベッドに横になった。


「え、あの、あの、航ちゃん!?」


「……お前のベッドを男臭くしてやる」


「ええええええ!? やだ、やだあ!」


「……だったら早く答えろ。もう一度だけだぞ。二度はねえぞ。良く聞け。『SDGs』の意味を言え」


ああ、そうだそうだ、確かにそうだ。そんな質問だった。


さっき、確かその意味がエコちっくな話だったところまでは辿り着いたんだった。


何か企業が『うちもエコやってるよ?』みたいなアプローチの話だったんだ。


私のベッドが男臭くなる前に、何とか答えなくちゃ。……さっきは、そういう意味で言ったんじゃないけど。でも、マジでベッドに航ちゃんの香りが染み付くと、色々やだ。ぜったい悪夢を見る。怒鳴られる夢ばっか見る。……それにきっと、ヘンに緊張する。


だから必死で検索し、そしてそれが航ちゃんの会社のホームページ内にもあったことを見つけた。


「あった、あったよ航ちゃん、これでしょ!?」


そう嬉しさ満載で振り返ると、ベッドに横向きに寝転がり、きっと私の操作していた画面を見ていた航ちゃんは、にんまりと笑って手を伸ばした。


そして、ぽんぽんと私の頭を数回撫でると、大きな欠伸をした。


「んじゃ、今日はこの辺でカンベンしてやる。後はまた明日な。おやすみ」


「……」


「電気消せ」


「……」


「とっとと消せ」


「……」


「……」


無言の戦いは、一体どっちが勝ったのだろう。


もちろん、私が負けたに決まってる。


航ちゃんの射抜くような鋭い眼差しに耐え切れず、立ち上がり電気を消した。


そして私は……航ちゃんの隣でなんか、寝れる訳もなく。


泣く泣く、部屋の入り口の方で、クッションを抱きかかえて身体を丸くして寝たんだけど。


でも、朝になったらちゃんとベッドで寝ていた。


航ちゃんは、すでにいなかった。


……だったら、最初から自分の部屋に帰って寝ればいいのに。


やっぱりイマイチ行動が読めない。ヘンな人だと思った。


けど、昨夜の特訓は、私が会社に早く馴染むためのことだと分かっているから、心の奥底では感謝した。




朝御飯を、食べる前までは。


朝食を食べ終わり、眠い目を擦って二度寝すべく部屋にもどったら、当然の顔をしてそこにいた航ちゃんが、重々しく言った。




「出社初日、職場見学と重役面談、どっちが先がいいか選べ」




二者択一、朝から健在。てか、……もう少し寝たい……。


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