第8話 ホントの優しさ
私からの招待に、一瞬胡散臭そうな顔をしていた航ちゃんだけど(酷い!)、テーブルの上に並んだ料理を眺め、お母さんに目を向けた。
「今日、何? おばさんの誕生日だっけ」
「違うわよ」
「じゃあ、おじさんの誕生日?」
「違う違う。優香がトチ狂って、航介に自分の作った料理を食わせたいらしい」
トチ狂ってって!! なんて失礼な!!
そんな酷いことを言って笑うお父さんに頬を膨らませながら、ボルシチを差し出した。
並んだ料理は、和洋折衷。
ボルシチと揚げだし豆腐とあんかけチャーハンとシーザーサラダ。
何と言うまとまりの無さ。
だけどネットのレシピを見て私が作れそうな、それでいて手の込んでいそうなものを選んだら、こんな感じになってしまったのだった。
「もう、お父さんうるさい!! いいの、航ちゃん食べてみて?」
とにかく航ちゃんに食べてもらわないと意味が無い。
一瞬訝しげな眼差しを私に向けた航ちゃんは、それでも「いただきます」って言いながら、揚げだし豆腐から手を出した。
そしてしばらく無言になる我が家の食卓。
それぞれが無言で食べ続け、それをドキドキしながら見守る私。
妙な緊張感が走る中、一番最初に食べ終わったお父さんが席を立ち。
次に食べ終わったお母さんが、お茶を入れるべく台所に向かい。
そして最後に食べ終わった航ちゃんが箸を置き、私を見据えた。
「なっ、なに?」
「んでお前は食わねえんだ」
「きょ、今日はいいの、おなか空いてないの!」
「……」
「いいの!! で、どうだった? 美味しかった?」
その私の問いに、航ちゃんはぎゅっと眉を寄せて何か考え込んだ。
え、何? どうして? そんなに不味かった!?
おかしいな、レシピ通りに作ったはずなのに。
分量間違えてない自信はある。もちろん、砂糖と塩を間違えたなんて初歩的な失敗もしていない。
見た目もそこそこイケてんじゃないかって出来栄えだった。
なのに黙り込む航ちゃんを見て、凄い焦った。
さっきまで密かに抱いていた自信が、ガラガラと音を立てて崩れて行く。
もしかして、とんでもないシロモノを食べさせてしまったかもしんない。
冷や汗が背中を伝っていくのが分かり、私が頬を引き攣らせていると、
「……優香」
「はっ、はい……」
「選べ」
「へ?」
「はっきりと感想を言われるのがいいか、それともオブラートにくるんだ感想を言われるのがいいか。どっちか選べ」
二択ですかー!?
し、しかもキツいな……その二択。
てか、すでにこの状況って、不味かったって言われてるようなもんじゃん!!
何で!? 何が間違ったんだろうか。
わたわたと一人パニクってる私を見据えながら、航ちゃんは静かに繰り返した。
「とっとと選べ」
「……」
「おい、優香」
「はっ、はい、ええと、そんじゃ、オブラートって方で……」
「……んだと?」
「だっ、だってはっきりと不味いって言われたら、さすがに私、ショックだし……」
「ああ?」
なぜか航ちゃんに魔王様降臨の兆しが現れ始め、ビビッた私はがたんと音を立てて立ち上がった。すると私の腕を、素早く航ちゃんが掴みとった。
「逃げんじゃねえ」
「も、もう感想はいいです! ごごご、ごめんなさいぃ!」
そう叫ぶように言ったのに、航ちゃんはじっと私を見上げて言った。
「選べっつってんだろうが」
もういいって言ってるのに! てか、私に選択権無いし!!
だけど逃げることも許されず、私は半泣きで席に戻りながら、小さく呟いた。
「……出来る限り、優しくお願いします」
「……」
情けない声を上げた私をじっと見つめ、航ちゃんは私の手を掴んだまま言った。
「不味くはなかった」
「へ?」
「不味くはねえ。だけど、全体的に何か物足りねえ味付けだった」
「……」
「中途半端な味だった。お前の性格が出てんじゃねえのか」
「……」
酷くないですか!?
一生懸命作ったのに!!
何よ、中途半端な味付けって! 私の性格ってそんな中途半端!?
……反論出来ない。
くそう、けど、やっぱり頑張ったのにそんなことを言われて悔しい!
だから思い切り航ちゃんを睨み付けると、航ちゃんはすっと目を細めて、―――信じられない。
あろうことか、突然フッと微笑んだ。
この状況で微笑む航ちゃんに、逆にビビッた私が頬を引き攣らせると、航ちゃんは私を掴んでいた手を両手で包み込み、柔らかくそっと撫でた。
「けど、嬉しかった」
「……え?」
「お前の料理なんて、最初から期待してねえ。だけど、俺のために作ってくれたってのが嬉しかった」
「航ちゃん……」
まさか、そんなことを言ってもらえるなんて思わなくて。
メチャクチャ感動していると、航ちゃんは指先を伸ばし、私の左手薬指を撫でた。
そこには、休日だけ嵌めている指輪がある。
航ちゃんがくれた、婚約指輪。
それを何度も撫でながら、航ちゃんは真っ直ぐ私を見つめて呟くように言った。
「心配か」
「え?」
「不安になってるか」
何のことを言っているんだろうかって思ったんだけど……きっと航ちゃんは、私の揺れる心に気付いたんだと思う。
あえて二択の選択肢を選ばせてくんなかったのは、航ちゃんが私に伝えたい言葉があったからなのかもしんない。
航ちゃんの私に対する言葉には、嘘や誤魔化しはない。
他の人には柔らかい態度で接する航ちゃんだけど、でもそれは本当の航ちゃんじゃない。
航ちゃんは私だけに本当の姿を見せたいから、そして私のためを思うからこそ、あえてキツイことも、正直に言ってくれるんだと思う。
だけど私はすぐにヘコむし、ずるいから、自分を護りに入る。
そんな私のことが分かっていて、こういうことをしてくれるのかもしんない。
キツい言葉で私に本心を伝えても、こうしてすぐにフォローしてくれるのは、航ちゃんの精一杯の優しさなのかもしんない。
だけどそれを知るのは、私だけ。それってかなり嬉しいことのような気がする。
だから、私は小さく首を振った。
そうだよね、航ちゃん。
私、航ちゃんのこともっと信じなくちゃダメだ。
会社で女の子と一緒にいるだけで、不安になってるなんてダメだ。
もっと私、しっかりしなくちゃ。
航ちゃんは、私にこの指輪くれた。それだけで、自信を持たないとダメなんだ。
「……ごめんね、大丈夫。うん、大丈夫」
私の手を撫でる航ちゃんに目を向けて、にっこり笑うと、航ちゃんはしばらく私を眺め、そして突然、
「お前、来週給料日だろ」
そんなことを言い出した。
うん、そうだ。来週は、初めてインテリア総合商社沢渡株式会社から、お給料が振り込まれる日だった。
にこにこと頷くと、航ちゃんは真剣な眼差しを私に向けて、とんでもないことを言い放った。
「給料下りたら、一万円俺に寄越せ」
「へ?」
「いいな。その日、帰りに銀行寄ってやる。そしたら、一万円寄越せ」
おっ……脅しですか!? 恐喝ですか!?
婚約者にお金をせびるってどういうこと!?
婚約したんだから、お前の金は俺の金、みたいな!? 航ちゃんもしかして、そういう考えの持ち主!?
あまりにも驚きすぎて、口をぽかんと開けていると、航ちゃんは私から手を離し、胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
「……自分で買うんじゃ、意味ねえだろうが」
「へ?」
「お前から貰わねえと、意味ねえだろうが」
「な、何を……」
出た、航ちゃんの抽象的発言。
私がきょとんとしていると、航ちゃんは煙を吐き出して、自分の左手を差し出した。
「ここに、お前から貰った金で買った指輪、嵌めてやる」
「……航ちゃんが?」
「ああ。仕事中も、付けてやる」
「……」
「そうしたらお前も安心すんだろうが」
まさかそんなことを言ってくれるなんて思ってなくて。
そこまで航ちゃん、私のこと心配してくれてたなんて想像してなくて。
思わず両手で顔を覆うと、私の頭を優しい手がぽんぽんと撫でた。
「お前は、こうして休みの日だけ嵌めてくれてりゃ、それでいい」
「……でも……」
「いい。俺だけ嵌めてりゃ、それでいいんだ」
「航ちゃん……」
「ぶっちゃけ、俺は社内に俺たちのことを公表する気マンマンだった」
そう言って航ちゃんは煙草を揉み消し、苦々しげな表情を浮かべた。
「沢渡にもそのつもりで言ったんだが、お前のことを考えるんならやめとけって言われた」
「……」
「お前の言葉通り、総務の女どもにやられるって言われた」
やっぱり。専務様ですらそう思うんだ。
少し肩を落としていると、航ちゃんは不機嫌そうな顔のまま続ける。
「だけど俺は隠すつもりはねえ」
「え?」
「相手がお前だと言わなくても、俺が婚約したって事実は公表する。だから、俺だけ指輪を嵌めて出社する。それでいいか、優香」
「航ちゃん……!」
他にも、もっといい方法があるのかもしんない。
でも、今現時点での最良の方法を考えてくれた航ちゃんの優しさが、胸に沁みた。
私は嬉しくて、せっかく収まり掛けた涙が再び浮かび上がってきてしまい、また両手で顔を押さえた。
そんな私に、低い声が掛けられる。
「給料日、指輪買いに行くからな」
「うん……」
「それまでは、我慢してろ」
航ちゃんは私の両手をそっと外させ、間近で私を覗き込んだ。
「泣いてんじゃねえよ」
そう意地悪っぽい笑みを浮かべた航ちゃんに、思わず頬を膨らませたんだけど。
でも……。
「航ちゃん……」
「ん?」
「私の部屋、いこ?」
「……優香……」
「早く、二人きりになりたい」
囁くように言うと、航ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
好き。
その気持ちが、日ごと大きくなっていくような気がする。
意地悪だけど。
口悪くて、泣かされること、たくさんあるけど。
でも、上辺だけじゃない、本当の優しさを持つこの人の傍を離れたくないって、強く思った。
ああ、それから。
「航ちゃん、借金も返さないと」
「あ?」
「ほら、リクルートスーツ代……」
「いらねえ、先行投資っつたろ」
「へっ? で、でも……」
「お前と婚約出来ただろ。投資以上の回収したからな」
そう言ってにやりと笑った航ちゃんに、私は苦笑するしかなかった。
絶対航ちゃんには適わないや。




