第7話 独占欲
航ちゃんの顔、まともに見れない。
恥ずかしくて……あまりにも恥ずかしい。
航ちゃんのこと、本気で好きだって認識した。
航ちゃんも私のこと、『愛してる』って囁いてくれた。
そして暖かい腕に抱かれて、私と航ちゃんは一つになって、それで……
嬉しいんだけど、やっぱり凄く恥ずかしい。
そう思うのは、別にヘンじゃないと思う。
普通の反応だと思う。
仕方の無いことだと思う。
なのに。
「……優香」
「はい?」
「何なんだ。俺になんか文句でもあんのか」
「へ?」
「気色悪い動きすんな。それにチラチラ俺を見んのやめろ」
「……」
「言いたいことがあるなら、はっきりと言え」
「……」
「言えつってるだろ」
「……」
「監禁されてえのか、ああ?」
「……」
……この人には、永遠に乙女心なんて分からない。
この照れくさい気持ちなんて絶対分かるはずがない。
言わずとも分かるだろうと思っていた私がバカだった。
モジモジしてる私とは正反対に、全然いつもと変わらない航ちゃん。
それが超ムカついて、私は思い切り運転する航ちゃんを睨み付けてやった……ら、即効絶対零度のブリザードビームを食らって、素早く目線を逸らした。
初めて航ちゃんと深い仲になって、一週間が過ぎようとしていた。
なのに、航ちゃんは変わらない。
びっくりするほど変わらない。
相変わらず私には意地悪だし、会社では愛想のいいまま。
時折会社内で会うときには、誰か女の子が纏わりついているけど、それを無闇に払おうとしない。
私ってもんがありながら。
それってどうなんだろうか!! 少しは私に気を遣ってくれてもいいんじゃないだろうか!
私以外の女の子に笑みを浮かべて話す航ちゃんを見ると、妙に腹が立つ。
その笑みが例え別人航ちゃんのものだとしても、ムカついてしょうがない。
さっきもそれを見てしまった私は、憤然としながらお昼の時間を迎え、お弁当を広げた。
最近、お弁当を持参している。
社員食堂も悪くないんだけど、総務のお姉さん達に掴まると疲れるし、お金も掛かる。
お弁当はいい。
母の愛を感じる。
……お母さん、料理の苦手な娘で済みません。
心の底からお母さんに感謝しつつ、卵焼きを口に運ぶと、目の前の席に江端さんが腰を下ろした。
「あ、お疲れ様です」
挨拶をして頭を下げると、江端さんはちらりと私を見て、そして私のお弁当を見て。
口元を僅かに緩めた。
「美味しそうね」
「え? あ、ええ、美味しいです」
「そう、幸せね」
「え?」
「お母さん、大事になさい」
そう言って自分のお弁当を広げた江端さんは、それから無言で食事を始めた。
それをぽかんと眺めていた私は、心の中で盛大に声を上げた。
何でお母さんが作ったって分かったんだろうか!!
私は見るからに料理が出来ない子なんだろうか!!
それはいかん、それはマズい。
近い将来、航ちゃんの奥さんになる予定の私が、そんなんじゃいかんと思う。
やっぱ、料理くらいは作れないとダメだと思う。そうだ、料理……苦手だけど、頑張ろう。
明日から、せめて自分のお弁当くらいは作ろう。
さっきまでの航ちゃんへの怒りを吹き飛ばし、そう心に決意した私は、無言で食べ続ける江端さんに、恐る恐る声を掛けた。
「あの……お食事中、すみません」
「……何?」
「あの、あの。ちょこっと話を聞いてもらってもいいですか?」
このときの私の心境、何て言えばいいだろう。
江端さんは、私の仕事の大先輩であるけど、それと同時に人生の先輩でもある。
だから、私の心の底にあるもやもや感を、聞いてもらいたかった。
江端さんなら、総務のお姉さん達と違って航ちゃんに色目を向けたりしないから、素直にそれを口にすることが出来る。
私の相手が航ちゃんだということは言わないままに、私はここのところ胸に引っかかっているものをぽつりぽつりと口にした。
航ちゃんは確かにかっこいいし、別人航ちゃんになれば人当たりもいいから、モテるの分かる。
だけど、もう少し自衛策っていうか、私ってもんがいるんだから、配慮をしてくれてもいいんじゃないかって思う。
本人はのらりくらりと女の子をかわしているつもりなのかもしんないけど、女の子からしたらはっきりと断られた訳じゃないから、脈があるんじゃないかって期待すると思う。
それはそれで酷いんじゃないだろうか。
私に対しても、他の女の子に対しても、誠意のない対応なんじゃないだろうか。
そんな下らないグチネタを最後まで聞いてくれた江端さんは、お弁当箱を片付けながら、唇の端を上げた。
「嫉妬ね」
「しっと、ですか」
「嫉妬っていうか……そうね、独占欲って言葉のほうが近いかもね」
「どくせんよく……」
バカみたいに同じ言葉を繰り返す私を見ながら、江端さんはお茶を啜って頷いた。
「他の女の子に目を向けてもらいたくないんでしょ?」
「……はい」
「自分だけ見てもらいたいんでしょ?」
「……はい」
「だったらそれは、独占欲ね」
江端さんの言葉を、頭の中で反芻した。
……そっか。
色々言い訳つけてたけど、結局私は他の女の人に航ちゃんが話しかけられるのを見るのが嫌だったんだ。
嫉妬してたんだ。それって嫉妬で、更に私が抱いていた気持ちって独占欲なんだ。
それが分かると、モヤモヤしていた心が、霧が晴れるかのようにすっきりとしてきた。
「まあ、誰でも持ちうる感情なんだし、余り過ぎた行動に出なければ、恥ずかしいことではないんじゃない?」
江端さんから思わぬアドバイスを貰い、私は大きく頷いた。
そっか、そうだよね。
私が抱く感情って、ヘンじゃないよね。
言ってみようかな、航ちゃんに。
私、こんなこと、思ってるの。凄く心配してるの。
航ちゃん、だからもう少し気を遣って?
そう言ったら、分かってもらえるかもしんない。
……だけど待て、私。
今までの人生で、航ちゃんがモテなかった時期はあるんだろうか。答えは恐らく否。
だとしたら、散々モテ続けてきた航ちゃんにとって今が普通の状態で、それを今更変えろって方が無理なのかもしんない。
まずい。
色々考えすぎて、頭が痛くなってきた。
結局私はどうしたいんだろう?
どうなりたいんだろう?
航ちゃんと私が付き合ってますって宣言するのは怖いくせに。
航ちゃんを責めるのは、お門違いなような気がする。
……うん、違う。
だったら、どうすればいいの……?
会社とかで出会って、そこで恋に落ちてたら、こんな妙なことで悩まないで済んだのかもしんない。
幼馴染だからこそ、余計なことまで心配したり悩んだりしちゃうのかもしんない。
だけど、今まで一度も私、こんな風に悩んだことなんて無かった。
これって恋をしてるからだと思う。
航ちゃんのこと、本当に好きだから、こんなヘンなことで悩むんだと思う。
そう思ったら、少しは私も前進してるのかな……成長はしていないかもしんないけど、進歩はしてたいなって思う。
だから、私が努力しよう。
そうだ、そうしよう。そっから始めよう。
そう思った私は、次の休みの日、朝からネットでレシピの検索をしまくり。
そして買出しをして。
夜、意気揚々と航ちゃんを出迎えた。




