第3話 恐怖の選択肢
ぽんぽんとベッドを叩いていたのが、段々バンバンになりそうだったので、私は渋々航ちゃんの隣に腰掛けた。
そして、微妙に距離を取っていると、航ちゃんは私のそわそわした動きに皮肉っぽい笑みを浮かべた。
さっきのお父さんに向けたものとは、全然違う。この人、マジで二重人格なんじゃないの!? って思う。
「何だよ、何でそんな離れたがんだよ」
「だっ、だって、一応私だって女なわけだし」
「はあ!?」
明らかにバカにしたように言いながら、航ちゃんは身体を突然そのまま背後に倒した。
それを見て、びくんと私が震えるのも厭わず、航ちゃんの手が窓に伸びる。
僅かに窓を開けたのは、煙草を吸うためだったらしい。
ポケットから出した煙草に火をつけ、煙を吸う姿を見ていた私に、航ちゃんは横目で目線を向けてきた。
「で、どうすんだ」
だから、なにを!?
さっきから、航ちゃんの言うことは抽象的すぎて、よく分かんない。ていうか、主語がない。
それで分かれっていうのは、絶対無理。私、超能力者じゃないし。元々悟りが悪いし。
「何のことを言ってるのか、分かんない」
そう言うと、航ちゃんは溜息混じりに煙を吐いた。そして、またポケットをゴソゴソやって、携帯の灰皿を取り出した。
そこに灰を落とすと、身体をこちらに向けて、正面から私を見据えた。
「だから、今月一杯なんだろ」
「なにが」
「仕事。今月って、あとも二週間もねえじゃん。どうすんの、その後。考えてんのか」
あ、私の仕事のことを言っていたのか。
ようやく合点が行った私がほっとしていると、航ちゃんは呆れたように、
「動いてねえんだろ」
「う、動くって」
「自分で動いて、バイトだか社員だかの面接とか、してねえんだろ」
「……」
「派遣の斡旋するヤツに、任せようとか思ってんじゃねえだろうな」
正直、そこを期待している。
面接して落ちるんだったら、コーディネーターの人に任せて、次の仕事を紹介してもらった方がラクだもの。
今の派遣の仕事に就くまで、いくつ面接を受けて落とされたか分かんない。
落ちるたび、ヘコんで、どうしようって焦って。
それでやっと辿り着いたのが、この派遣の仕事だった。販売は、私の性格には合わないって分かっていたし、契約期限が近くなったら、落ち着かなくなるのも分かっていた。
だけど、働かない方がずっと落ち着かない。うちでプラプラしている訳にはいかない。
親の目線が気になる。近所の人たちの目線も気になる。
何で働かないの? いいご身分ね。
そう思われるのが怖い。
だけど、自分で動くことも出来ない。誰かに頼ろうとしてしまう。
情けない……。
私の無言が、航ちゃんの考えている通りだと了承したようで、航ちゃんは再び小さな溜息をついた。
「言っておくけど、お前は派遣とか販売とかは合わねえ。合うわけがねえ」
「……」
「分かった。じゃあ、選べ」
出た、航ちゃん得意の二択。
航ちゃんは、俺様だから。私に選択肢を押し付け、そこから選ばせる。それ以外を望もうとしても、全て却下されてしまう。
拒否することが許されない、二択。どんなことを言われるのだろうか。
ドキドキしながら、上目遣いで航ちゃんを伺っていると、彼は私から目を離さずに言った。
「俺の嫁になるか、仕事をするか。どっちだ」
こんなときにも、そんな嫌味を……。私は航ちゃんに負けず劣らずの溜息を吐き、
「そんなの、一つでしょ。仕事するよ。しますよ。でも、面接行けないもん。今はまだ、仕事してるから」
「……分かった。じゃあ、次の選択だ。営業事務と、事務補佐とどっちがいいか選べ」
「はあ?」
「選べ」
威圧的にそう言われても、私はバカみたいに「はあ?」と言うことしか出来ない。
営業事務って、何するの?
事務補佐って、何するの?
高校を卒業して、就職した会社ではデータ整理の仕事とかしてた。
だけど、人間関係が上手くいかなくて、一年ほどで逃げるように辞めてしまった。
それから、私は常に逃げの体制。バイトでも、何でも不安になると、全部逃げた。
辞めることで逃げて、そしてまた新しいところで働いて。
働かない期間があると怖いから、無職の時期ってほとんど無いけど、でもその代わり長く勤められたところも無い。
そして今では、面接するのすら怖がっている。こんなんで、働きたいと思うほうがおこがましい。
分かってはいるんだけど……どうにかしたいとは思うんだけど……上手く行かない。
「優香」
突然降り注いだ声に、私ははっとして意識を戻した。
目の前の航ちゃんが、眉を寄せて再び言った。
「営業事務と、事務補佐。どっちか選べ」
「……営業事務って、何すんの」
「営業の補佐的仕事だ」
「じゃあ、事務補佐は何すんの」
「会社全体を仕切る事務の補佐だ」
どっちも補佐なの? ていうか、何でこんな選択肢。
航ちゃんは、私に向いている仕事というのを考えさせようとしているのだろうか?
私は首を傾げながらも、どっちもよく分からなくて。
「よく、分かんない。見てみないことには……」
そう苦し紛れに言うと、航ちゃんの眉が跳ね上がった。しまった、これは第三の選択肢だった。
「あっ、ごめ、違くて、ええと、本当に私、コンビニとかファーストフードのバイトばっかだし、オフィス系だとデータ整理しかしたことないから……」
慌てて言い訳をすると、俺様航ちゃんは怒り出すことなく、煙草を携帯灰皿にもみ消した。
そして、すっくと立ち上がり、ビビる私を見下ろした。
「分かった。……優香、お前イタメシと和食どっちがいい」
出た、再び二択。
しかもその理由を言わないのが、何とも航ちゃんらしい。
もうどうでもいい私は、「イタメシ」と応えると、部屋の扉の向こうから、「ご飯だよー」というお母さんの声が聞こえてきた。
まるでこの尋問まがいの恐怖の時間が終わったんだと、私はほっとして「はーい」と返事をして立ち上がると、その手をがっしりと掴まれた。
引き攣る顔を上げると、すんごい間近にいた航ちゃんが、にたりと笑った。
「明日、イタメシ食わせてやる」
「は?」
「仕事、残業すんな。真っ直ぐ帰って来い。十九時に迎えに来る。いいな」
そう言って、私の返事を聞かず……聞く必要なんて無いんだろう。
航ちゃんは一人でさっさと部屋を出て行ってしまった。
一体何なんだ……?
意味不明の航ちゃんの言動に、私は首を傾げるばかりだった。




