第4話 初デート
慌しく支度を済ませた私を乗せて、航ちゃんの車が走り出す。
一体どこへ向かおうというんだろうか。
航ちゃんがデートしてくれるなんて、信じられない。何事も、言ってみるもんだって思った。
けど、そっか。デートか。
私にとって、航ちゃんは初カレ。当然、デートらしいデートなんてしたことがないから、今日のこれは私の人生初デートということになる。
少女マンガとかに出てくるようなシュチュエーションが、私を待っているんだろうか。
映画見たり遊園地行ったりして、夕方まで遊んで、夕飯は素敵なレストランかなんかで食べて、最後は夜景が見えるバーかなんかでカクテル傾けたりして。
そんでもって、航ちゃんが私を見て囁いたりして。
『優香……この夜景よりも、俺にはお前の方が綺麗に輝いて見える』
『航ちゃん……』
『愛してる、優香。俺にはお前が必要なんだ。だから……』
……。
そこまで妄想し、限界を悟った。
無理だ。この航ちゃんが、そんなセリフを吐くわけが無い。
……少しでも、ちょこっとでも。
初デートで、甘い雰囲気を味わうことが出来るんだろうか……。
デートという名の、恐怖に満ちた時間を過ごさせるつもりじゃないだろうなと、一瞬私の中で不安がよぎった。
思わず運転をする航ちゃんを見つめていると、私の視線に気付いた航ちゃんが眉を寄せて、横目で私を睨み付けてきた。
「んだよ、何ジロジロ見てんだ」
……これだもん。
無理だ。甘い時間を過ごすなんて、夢のまた夢なんだ。
少女マンガの世界なんて、所詮幻なんだ。私が望むべき世界じゃないんだ。
「何でもない」
そう不貞腐れたように言い、窓の外に目を向けた私に、航ちゃんの声が掛けられた。
「で、どこ行くんだ」
「は?」
今、なんつった?
どこ行くんだ?
普通、デートの行き先決めて、それから車を発進させるんじゃないの?
何でどこに行くか分かってないのに、車走らせてんの?
……やっぱり航ちゃんって、よく分かんない……
思わず呆然としていると、航ちゃんは不機嫌そうにもう一度繰り返した。
「どこ行きたいんだ」
「……分かんないよ、デートなんてしたことないもん。航ちゃんの方がその辺り良く知ってんでしょ? お任せする」
そうだよ、中身はこんなんだけど、航ちゃんはルックスいいし、別人になれば人当たりもいいから、きっとモテモテだったはず。
デートの一つや二つ、スマートにこなしていたに違いない。
あれ? あれあれ?
何かちょっとムカついてきた。
今までの航ちゃんの女遍歴なんて知らないけど、でも、他の女の子と航ちゃんが仲良くデートしていることを思い浮かべるだけで、何でだろう。
無性に、腹が立つ。
自分のこの感情がよく分からずに、心の中で首を傾げながらも、恨めしげに航ちゃんを見ていると、航ちゃんは溜息交じりにぶつぶつ何か言い、コンビニの駐車場に車を停めた。
そしてサイドブレーキを上げ、今度は正面から私を真っ直ぐ見据えた。
「どっか行きたいから、あんなこと言ったんじゃねえのか」
怒ってる!? その目つきは、もしかして怒ってるんだろうか!
ビクーンと身体を震わせると、航ちゃんは今度こそしっかりと溜息をついて、
「……お前、また考えなしで言ったな」
「だっ、だって!」
「だってじゃねえ。……ったく」
ハンドルに身体を預けた航ちゃんを上目遣いで見上げ、私は唇をかみ締めた。
考えなしなんて言うことないじゃん。
ただ、普通の恋人みたいになりたかっただけじゃん。
航ちゃん、いつも私を脅すし怖いし、私たちの間に甘い時間なんて皆無じゃん。
そんなんで、婚約者なんて言えないじゃん。
航ちゃんの眼差しにびくびくしちゃうけど、でもこの時の私は航ちゃんが怖いっていうよりも、何だか航ちゃんが遠い人のように感じて悔しかった。
私だけ恋愛初心者で、普通の恋に憧れてるのがバカみたいで、余裕の航ちゃんにムカついた。
だから、唇をかみ締めたまま、航ちゃんを思い切り睨み付けた。
「……デートって、したことないんだもん」
「……」
「憧れるけど、でもどんなのがデートか、よく分かんないんだもん」
「……」
「全部、男の人がセッティングしてくれるもんだと思ってたんだもん」
「……」
「そんなんで、突然どこに行きたいかなんて分かんない。どっかに行きたいから、デートをしたいって思ったんじゃないんだもん。航ちゃんと、デートしたかったんだもん!」
「……」
「航ちゃん、デートなんて何度もしたことあるんでしょ? だったら航ちゃんが決めてくれてもいいじゃん! そんな考えなしなんて言わなくてもいいでしょ!」
そう叫ぶように言っておいて、胸が凄く苦しくなった。
ずるい、私。航ちゃんを責めるようなこと、言っちゃったけど、でも本当は違う。本心は全然違う。
私、ただ嫉妬してるんだ。
過去に航ちゃんとお付き合いしたであろう女の子たちに、思い切り嫉妬してる。
見えない相手に嫉妬するなんて、バカみたいだけど、でも。
私は凄く悔しくて、負けたくなくて。
いつの間にか零れしまった涙を拭くことなく、感情を止められないままに航ちゃんを睨み付けていたら、今まで黙って聞いていた航ちゃんが、小さく首を振ってハンドルから身体を起こした。
その瞬間、航ちゃんの身体からオーラが発せられるのが分かった。
そして私をじっと見つめていた目が、徐々に眇められていく。
お怒りモードに近いそれを感じ、私は睨んでいた眼差しを思わず逸らそうとしたら。
私の顎が、がっしりと航ちゃんによって掴まれてしまった。
「ひっ……」
「優香、お前……」
おっ、怒られる!!
思わずぎゅっと目を瞑ったら、呆れ返ったような航ちゃんの声がした。
「何を一人で暴走してんだ」
「……え?」
その声に、恐る恐る目を開けると、航ちゃんは私の顎を掴んだまま、さっきよりも私に顔を寄せていて。
そして心底呆れたって表情で、
「誰が何度もデートしたことあるなんて言った」
「え? で、でも、だって……」
「女とメシ食いに行ったことくらいはある。だけど、デートなんて代物、一度もしたことなんて無え」
そう言い切った航ちゃんを、私はどんなアホ面で見つめていたんだろうか。
「……へ?」
「何で好きでもねえ女と、んな無駄なことしなくちゃなんねえんだ。優香、お前、すげえ勘違いしてんぞ」
「……へ?」
「お前、男と付き合うの初めてだな?」
航ちゃんの言葉に、まるで赤ベコの人形みたいに首を縦にブンブン振っていると、航ちゃんは私の顎を掴んだ手を離し、そしてフッと笑った。
「俺も女と付き合うのは、初めてだ」
……。
…………。
はいー!?
う、嘘でしょ!? それは全然頭に無かった!!
航ちゃんほどの人が、女の子と付き合ったことがないなんて、想像だにしなかった!!
脳内が盛大に大パニックを起こしていると、航ちゃんは背もたれに身体を戻し、「んだよ」って言いながら、横にあった鞄からお財布を取り出しながら、
「だから、デートをセッティングしろって言われたって、俺だって分かんねえ。どんなとこに連れて行けばお前が喜ぶかなんて、分かんねえよ」
「そっ、それは……大変申し訳ないことを……」
まだまだ驚きが隠せないままに、それでも酷いことを言ってしまったことを謝ると、航ちゃんはくすりと笑って私にお札をずいと突きつけた。
「なに?」
「そこで、情報誌でも買って来い。何か載ってんだろ」
何かって……適当だなあ。
そう思ったけど、でも、ちゃんと考えてくれるんだ。
一緒に考えてくれるつもりなんだ。
それが嬉しくて、私はにこにことそのお金を受け取った。
「買ってくる、待ってて!」
「待て」
車の外に出ようとした私の腕をふいに掴んだ航ちゃんは、私をそのまま引っ張って……そして、私を胸に抱き寄せた。
「へっ、あ、あの、航ちゃん!?」
「……お前、今言ったよな」
「え?」
「俺と、デートしたいって。そう言ったよな」
何のことを言っているのか分からなくて、きょとんとしていたけど。
でも、私がさっき喚いたときのことを言ってるんだと分かり、カーッと顔が赤くなっていってしまった。
そんな私を抱きしめて、航ちゃんは耳元で囁いた。
「俺も、お前とだから、デートしたい」
「……うん」
「お前の想像みたいなもんにならなくても、俺は二人で出掛けるってだけで充分だ」
……そうだね、航ちゃん。
うん、私もそう思う。
お金を掛けて、雰囲気を作るのも大事かもしれないけど。
そういうの、まだちょこっと憧れるけど、でも。
こうして二人で出掛けて、二人の時間作って。
そしてたくさんおしゃべりしたりして、今よりも航ちゃんとの距離をもっと縮められたら、それが一番楽しいデートなのかもしんないって思った。
だから。
「航ちゃん?」
「ん?」
「お金、返す」
そう言った私を抱いていた腕を緩めた航ちゃんに、お札を差し出して、私はにこりと笑みを浮かべた。
「情報誌、いらない」
「……何で」
「あのね、私、海見に行きたい」
突然言った私をきょとんとした顔で見ていた航ちゃんに、私はもう一度繰り返した。
「航ちゃん、海、連れてって?」
今日は凄くいい天気。
浜辺でも港でもいい。この間連れてってくれた、あの公園でもいいよ。
海を見ながら、たくさん航ちゃんとおしゃべりしたい。
そう思った私がシートベルトをさっさと締めると、航ちゃんはくすりと笑って私の頭をぽんぽんと撫でた。
そしてエンジンを掛けて、サイドブレーキを下ろす。
「よし。んじゃ、行くぞ」
「うん!」
そして車は、海岸線を軽やかに走ってく。
輝く海を車の中から眺めながら、私と航ちゃんは時折目を合わせ、どちらからともなく微笑みあった。
まだまだ言葉の足りない私たち。
全然理解が足りない私たち。
それを少しずつ、埋めていけたらいいなって思った。




