第22話 重なる思い
私を抱きしめた腕の力が段々強くなり、初めてここまで強く他人に抱きしめられたことに、私は頭が真っ白になったままだった。
航ちゃんの香りが私を包み込む。航ちゃんの吐息が私に掛かる。
航ちゃんの心臓のドキドキが……私に伝わる……
「優香……俺のこと、心配だった……?」
囁かれる声に、私は顔が真っ赤になり、身体を硬直させたまま、小さく頷いた。
その動きが伝わったのか、航ちゃんはそのままの体勢で、くすりと笑った。それが自嘲的な笑みのように感じ、私は恐る恐る航ちゃんの背中に手を触れた。
「航ちゃん……」
「お前を不安にさせないようにしていた俺が、お前に心配掛けるなんてな。本末転倒とは正にこのことだな」
航ちゃんの声が、どうしてだろう。
途轍もなく悲しそうで、寂しそうで、私は堪らなくなり、航ちゃんの背中をゆっくりと撫でた。
「航ちゃん、航ちゃん……」
「俺、すげえ悔しかった。お前に何一つ心配なく働ける環境を作ったつもりだったのに。結局は、この有様だ。お前を傷つけて、お前を不安にさせて……お前に心配させて。だせえな、俺……」
「そんなこと……そんなこと無い!」
私の叫びは、悲鳴のようだったかもしれない。
だって、絶対そんなことない。
航ちゃんは、いつだって私のために考えてくれていた。
私のために、動いてくれていた。
面接が辛いなんて、そんな情けないことを言った私のために、こんな大きな会社に面接無しで働けるようにしてくれた。
こんなことまでしてくれる人、他には絶対いない。
だから、私は航ちゃんの背中に回した手に、ぎゅっと力を込めた。
私が航ちゃんを抱きしめたなんて、初めてのことだった。だけど、どうしても私から抱きしめたかった。
切なそうな、辛そうな航ちゃんを、私の手で……抱きしめたかった。
そんなことないって、伝えたかった。
私のこと、嫌いでもいい。
でも、私は……私は航ちゃんのこと、大好きだよって。
そう、伝えたかった。
辺りがすっかりと闇に包まれている。
航ちゃん越しに見上げた夜空には、星が瞬いている。
だけど私と航ちゃんは、身じろぐことなく、ただ抱き合っていた。
「……優香」
私の首元から、航ちゃんのくぐもった声が聞こえた。
「なに……?」
夜空を見上げながら、答えた私に、航ちゃんはくすりと笑って私の髪をそっと撫でた。
「もう、逃がさねえぞ。二つに一つ、どちらか選べ」
え……!?
この状況で、今、この状況で!?
に、二択!?
びくーんと身体を震わせた私をぎゅっと抱きしめたまま、航ちゃんは自分の身体をずらし、耳元に囁いた。
「今すぐ俺の嫁になるか。いずれ俺の嫁になることを誓うか。どちらか選べ」
え……え!?
今すぐか、いずれか……って……
どうして今、そんな意地悪言うの。
何でこの状況で、そんな意地悪言うの。
航ちゃんがやっぱり分からなくて、私は航ちゃんのスーツの背中をぎゅっと掴んで、浮かぶ涙を堪えきれずに、震える声で答えた。
「航ちゃん……意地悪だ……」
「そうか? ……そうかもな」
「航ちゃん、そんなに私のこと嫌い……?」
「……嫌いだなんて、一度も思ったことは無え」
低いその声は、少し怒っているような響きで、普段だったら絶対怯えて硬直しているだろうけど、でも。
私のこと、一度も嫌いって思ったこと無いって……それじゃ、いつも意地悪なこの選択肢って……『嫁になれ』って、どういう意味なの……?
「航ちゃん……」
「……ん?」
航ちゃんは、「あ?」じゃなく、「ん?」って言って。
私から身体を僅かに離し、私を正面から見つめた。
その眼差しは、……どうしてかな。
泣きたくなるほど、柔らかい。
「航ちゃん、もしかして……私のこと、好きなの……?」
前に一度聞いて、「はあ?」って言われた言葉。もう一度言うのは、勇気がいる。
だけどどうしても、今聞きたかった。
そしてやっぱり、航ちゃんは「はあ?」って言った。
……もう、いい。
私が俯こうとしたら、それを止めるように、航ちゃんの手が私の顎を掴んで上を向かせた。
変わらない眼差しが、私を優しく射抜く。
「まだ、気付いてねえのかよ」
「……え?」
「お前、鈍いにも程があんぞ」
そう言って、近づく航ちゃんの顔。
端正な顔が、徐々に近づき、私は瞬き一つ出来ずに、じっと航ちゃんの瞳だけを見つめてた。
「好きに、決まってんだろうが。お前も、俺のこと……」
好きだろ。
いつも自信に溢れた航ちゃんの、自信無さげな声が、私の耳に届き。
その言葉を確かめるかのように、そっと私の唇に、航ちゃんの唇が触れた。
拒否なんて、出来なかった。
するつもりも、無かった。
心臓が痛いほどバクバクしてるし、緊張して、相変わらず頭の中が真っ白のままだけど。
だけど、航ちゃんのぬくもりが私に伝わり、航ちゃんの吐息が私にダイレクトに掛かって、……凄く凄く嬉しかった。
ちゅっと音を立てて私から身体を離した航ちゃんは、こつんと私の額に自分の額を合わせ、目を細めて微笑んだ。
「どっちにすんだ。早く選べ」
今すぐなんて、無理。
だって今、航ちゃんの気持ちを知ったばかりなんだもの。
たった今、自分の気持ちに気付いたばかりなんだもの。
だから。
「いずれ、もっと、私が大人になったら。そしたら、お嫁にしてくれる……?」
そう囁いたら、航ちゃんは可笑しそうに笑って、私の唇にもう一度キスをした。
「ここまで待ったんだ。いつまでも待ってやる」
そして私の後頭部に手を添えて、ぐっと私を引き寄せた。
短気で言葉遣いが乱暴な、私の幼馴染。
魔王のように恐ろしい、私の幼馴染。
意地悪で、―――どこまでも優しい、私の大切な幼馴染。
……私をずっと愛してくれてた幼馴染がくれたキスは、脳が溶けるんじゃないかと思うほど、甘かった。




