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Tunin'Love!  作者: 沙莉
First Season

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19/31

第19話 打算

専務様がうちに来た時に言ってた言葉。


ずっと意味が分からなかったけど、次の日、その次の日と、日にちが経つにつれ、私も周りが見えるようになってきて、そしてようやく気付いた。


男性社員が、やたらと私に近づいてくる。


しかも、航ちゃんがいない隙を狙っているような気がする。


航ちゃんは、男性社員が私に質問をしてくると、私に答えさせない。にっこりと柔らかな笑みを浮かべ、私の代わりに全部その質問に答えてしまう。


「北里がいると、優香ちゃんと喋れないからなあ。嫌なのかな、他の男と優香ちゃんが喋るの」


そう笑うのは、矢島さん。


私は他の人はまだ苦手だけど、矢島さんとは何となく肩の力を抜いて話せるようになってきた。


気さくな矢島さんの雰囲気が、緊張しがちの私をほぐしてくれていたのかもしれない。


私がこの会社に入れてもらって、一週間が過ぎようとしていた日だった。


航ちゃんは今、お客さんのところに出ている。営業だもの、私にずっと掛かりきりになる訳にはいかない。


だけど、ちゃんとテキストを用意しておいて、


「俺が戻るまでに、これを終えていなかったら、どうなるか分かってんだろうな」


なんて脅し文句を言い、私を十分ビビらせてくれた。


最初のうちは集中して頑張っていたけど、でも少し疲れてきて、ラウンジで一息入れようと缶コーヒーを飲んでいた。


そんな時に、一足早く戻ってきた矢島さんが私に気付き、隣に座ってささやかなお喋りを始めた時のことだった。


矢島さんの言葉に、私は缶コーヒーを両手で包み込みながら、苦笑を浮かべた。


「航ちゃん……じゃなくて、北里さんは私が妙なことを言うのを心配しているんだと思います」


そう答えると、矢島さんは目をぱちくりさせて私を見下ろした。


その視線に恥ずかしくなりながら、私はしどろもどろに応えた。


「え、ええと、私ってトンチンカンなことをよく口走っちゃったりするんです。だから、それで北里さんにも迷惑掛けちゃうと思うし、だから……」


「優香ちゃんって、面白いね」


突然私の言葉を遮り、矢島さんはそう笑った。


びっくりしている私に、矢島さんはくすくすと笑いながら、私を覗き込んだ。


「なるほど、これじゃ北里も心配だよね」


「え?」


「そっかそっか、うんうん」


矢島さんは一人納得したように頷いていたけど、ふいに表情を改めて私をもう一度見下ろした。


「ねえ、優香ちゃん」


「はい?」


「今、お付き合いしている人とかいるの?」


突然のその言葉に、私は息が詰まるかと思うほど、驚いた。


そして実際、大きく咳き込んでしまい、矢島さんは慌てて私の背中を撫でてくれた。


「げっ、げほ、げほっ、……ご、ごめんなさい、大丈夫です……」


「ごめん、急にヘンなこと言って。驚いたよな、ごめんね」


矢島さんは申し訳ないって顔で、私の背中をまだ撫で続け、そして私の咳が止まるのを待ってくれて、そして。


「あのさ、優香ちゃん」


「は、はい?」


「俺と付き合ってくんない?」




―――頭の中が、真っ白になった。




何を言われたのか、分かんない。


矢島さんが、にこにこと何かを言葉にしてるけど、それの全てが頭に入んない。




茫然自失って、こういうことなんだって、はっきりと分かった。




突然のその言葉に、私は嬉しいなんて気持ちがちっとも湧かなくて、むしろ何でだろう。


この優しそうな矢島さんが、とても怖くなった。


そんな言葉を、簡単に口にする矢島さんが、とても怖かった。




私のこと、何も知らないくせに。


私がドン臭くて、気持ちをうまく伝えるのがヘタで、拒否するってことも苦手で。


困り果てると、すぐに泣いちゃう私の性格、何一つ知らないくせに。




なのに、簡単に「付き合って」って言う矢島さんが、信じられなかった。




「……優香ちゃん?」


心配そうに私を覗き込む矢島さんに気付き、私ははっとして顔を上げ、慌てて首を振った。


「ごめんなさい、何でもないです、すみません……」


「そう、良かった。返事は今すぐでなくてもいいんだ。考えておいて」


矢島さんは私の肩をぽんと叩き、立ち上がって微笑んだ。


考えておいてって……何を?


そう思った私だけど、手を振る矢島さんに頭を下げ、まだぼーっとしている頭を何とかすっきりしようと、残っているコーヒーを一気に飲んだ。


でも、……どうしよう。


すっきりするどころか、突然の思いがけない出来事に、むしろ段々気持ち悪くなってきた。


ダメだ。このままだと、最悪の顔を航ちゃんに見せることになる。


吐いてしまおう。そしたら、今よりもきっとマシになる。


口元に手を当て、トイレに駆け込み、胃にあるものを全て吐いた。


私って昔からこう。


緊張したり、予想外の出来事があると、心と身体が追いつかなくて、すぐに気持ち悪くなっちゃう。


やだな、こんな私の性格。大嫌い。


本当に、私……大嫌い。


浮かんだ涙を拭い、口をゆすいでトイレから出ると、さっき私がいたラウンジから、小さな男の人の話し声が聞こえた。


矢島さん……?


立ち聞きするつもりなんて無かった。そんなこと、するつもりなんて全然無かった。


だけど、『優香ちゃん』という私の名を口にした時に感じたのは、揶揄するような響きで、『北里』って名を呼んだときには、忌々しげな雰囲気を感じて。


私は心臓の鼓動が周りにも聞こえちゃうんじゃないかってくらい、バクバクしながら、音を立てないように、そっとラウンジに近づいた。


何の話……?


聞かないほうがいい。絶対聞かないほうがいいに決まってる。後悔するに違いない。


だけど、足が止まらなかった。






「……お前も悪いヤツだな。あの子、すげえピュアっぽいじゃん。それすらも利用するかね」


「ばーか、そんなん関係ねえよ。北里をギャフンと言わせることが出来りゃ、それでいいんだよ。ショックで営業の成績落ちろっての。ムカつくんだよ、あいつ」


「で、どうすんの。優香ちゃん、お前に惚れたら。ああいうタイプ、めちゃくちゃ手が掛かんじゃね?」


「くっ、まともに俺が相手すると思う? やだよ、あんないかにも『処女です』みたいな女。面倒くせえ。ヤッたらポイ捨て。当然だろ」


「うわっ、悪い男―!」






……やっぱり聞かなきゃ良かった。


どうしよう、私、これからどんな顔で矢島さんに会えばいいんだろう。


私、面倒くさい女なんで、話しかけないで貰えます?


そう言えるかな。言えるように、努力しなくちゃ。


じゃなければ、航ちゃんに迷惑が掛かる。矢島さん、航ちゃんに対抗するために私を利用するつもりだったんなら、私が出来ることって言ったら―――…






ショックって大きすぎると、涙も出ないんだ。


心が完全に凍りついたように、冷え切っている。


このまま私、感情が何も無くなってしまうんじゃないだろうか。


そんなことを思いながら、ラウンジから背を向け、俯いたまま数歩歩いたところで、どんと壁にぶつかった。


壁? 違う。暖かい手が、私の肩に掛かってる。


そして嗅ぎなれてしまった香りが私を包む。


顔を上げると、そこに魔王様降臨どころじゃない。阿修羅めいた形相を浮かべた航ちゃんがそこにいた。


「ひっ……! こ、こうちゃ……!」


言葉にならない私の肩をがっしりと掴んだまま、航ちゃんは眦を上げ、凄まじく恐ろしい、低く地獄の底から湧き上がるような声を上げた。


「……優香」


「はっ、はい……」


「このままデスクに戻れ」


「で、でも、こ、航ちゃんは……」


「定時まで、あと何時間ある」


突然の航ちゃんのその言葉に、私ははっとして腕時計を目にした。


「に、二時間……」


「そうか。それまでには戻る。もし俺が戻らないまま定時を過ぎたら、車で待ってろ。いいな」


そう言うや、航ちゃんは自分の鞄を私に預け、そして私の背中をぽんと押した。よたよたと数歩歩き始めた私は、やっぱりそれでも気になって、途中振り返ると。


ま、マジですか!!


背中を向けていた航ちゃんが、右肩をぐるぐる回しながら、今まさにラウンジに向かおうとしているところだった。


け……喧嘩!? 嘘でしょ、殴り合い!?


止めなくちゃと、駆け出そうと足を踏ん張った私に、航ちゃんの声が流れてくる。


「早く行け」


……止められなかった。


航ちゃんが、私を思ってしてくれる行動。私をそれだけ大事に思ってくれているから、だから……だけど。


私は生きた心地がしないまま、何も手につかないまま、顔面蒼白になりながら、定時を迎えた。


航ちゃんは、まだ戻らない。


「あれ、優香ちゃん、まだ帰らないの?」


そんな声を掛けてくれる営業の人に、私は小さく頷きながら、だけど航ちゃんの言いつけを思い出した。


車で待ってろ。そう言ってた。


のろのろと帰る準備をして、航ちゃんの車の中で待ち続けた。


喧嘩、しちゃったんだろうか。


殴り合いの喧嘩なんだろうか。航ちゃん、喧嘩強いんだろうか。もしそうでも違うんでも、凄く嫌だ。


航ちゃんが怪我をするところ、見たくない。


私のせいだ。


私がこの会社に入ったばかりに、今までうまくやっていた航ちゃんに迷惑を掛けてしまった。


私のせいだ……






ただ、後悔の念が、私を襲い続けていた。


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