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Tunin'Love!  作者: 沙莉
First Season

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18/31

第18話 戸惑い

専務様は、怒り狂う航ちゃんを無視し、そのまま私の部屋に居座った。


マジで!? 会社であれだけ緊張したのに、家に帰ってまで専務様がいたら、心臓がいくつあっても持たない。


私は段々顔が強張り、身体もついでにカチコチにさせてたら、隣の航ちゃんが深く長い溜息をついた。


「沢渡、悪いが本当に本気で帰ってくんねえかな」


「なんで? あ、そうか、優香ちゃんが緊張しちゃうからか。ねえ、優香ちゃん。さっきも言ったけど、今の俺は専務なんかじゃないからね。航介の友達なだけだから」


そんなことを言われても、脳内が切り替えられるわけもなく。そして私は専務様に返事をすることを許されないから、俯いたままどうしよう、どうしようと心の中で呟いていたら。


座ったまま、専務様がずるずると私の傍に近寄り、そして突然私の手をぎゅっと握った。


「ひっ……!」


「ほらほら、こっち見て? あれ、優香ちゃん、お風呂入ったんだ。まだ髪濡れてる。そのままだと風邪引いちゃうよ?」


胡散臭い笑みの専務様は、そう言いながら私の髪にまで手を伸ばしてきたもんだから、私は目を全開に見開き、口を開けて悲鳴を出す準備を完了していたら。


私の身体が、ぐっと引かれて。私は背中越しに包まれる腕の中にいた。


「沢渡、てめえ……いい加減にしとけよ。どういうつもりだ、ああ?」


低い魔王様モードの航ちゃんの声が、頭上から聞こえてくる。


すんごい怒ってる。ハンパないほど怒ってる。


私はさっきまでの驚きを全て引っ込めて、航ちゃんのオーラにただただ怯えて身体を震わせてしまった。


そんな私を抱きしめた航ちゃんに、専務様は可笑しそうに笑うばかり。


……凄いな、この航ちゃんに対しての専務様のこの余裕。さすがだ……。


妙に感心した私を挟んで、またしても意味不明の会話が繰り広げられる。


「どういうつもりって、これくらいのこと、きっと普通にされるよ? 今日一日で色々な噂を聞かされたしね。きっと積極的に来る連中増えるよ?」


「……んだと?」


「それくらい見越して連れてきたんじゃないの? 甘いなあ、航介」


専務様はくすくす笑って、目線を航ちゃんから私に下ろし、にんまりと笑みを浮かべたまま、顔を寄せてくる。


引き攣った私の目の前で、専務様は、


「可愛い。優香ちゃん、モテるでしょ?」


なんてとんでもないことを言い出した。


「め、滅相も無い!!」


思わず私は叫ぶように答え、そしてはっとして航ちゃんを見上げた。


しまった、専務様に思わず返事をしてしまった。


航ちゃんはギュギューッと眉を寄せ、不機嫌極まりない顔のまま、私を抱いた手に更に力を入れるので、少しばかり呼吸困難になりそうになる。


でも、だけど、それよりも。


専務様、何を仰っちゃってくれるんだか。さっぱり意味分からない。てか、お世辞にもほどがある。


モテる!? あり得ない。全然そんなの、あり得ない。


私の人生、今まで男っ気なんてゼロだったもの。私としても、そんなに夢中になって好きになった人だっていないし。


というか、男の人って何だか怖いから……それはきっと、航ちゃんのせいだ。


航ちゃんのお陰で、私の男性観がおかしくなったんだ。


そうだ。私の今まで極寒な青春時代は、全て航ちゃんのせいなんだ。


思わず唇をかみ締めて、私を背後から抱いたままの航ちゃんを見上げると、私の視線に気付いた航ちゃんは「んだよ」って顔で私を見下ろすので、思わず視線を逸らしてしまった。


そして私の頭上から降り注がれる、低い舌打ち交じりの、それでいて、どこか小バカにしたような声。


「こいつがモテるだと? それは面白い冗談だ」


航ちゃんはそんな酷いことを言い、専務様を軽く押して私から引き離してくれると、やっと私を腕から解放した。


専務様は笑ったまま私と航ちゃんを見やり、


「冗談じゃないよー。だから気をつけてね。男は皆、狼なんだよ、優香ちゃん」


そうにんまりと笑った専務様はふいに立ち上がり、私と航ちゃんを見下ろして手を上げた。


「さてさて、それじゃ後は若いお二人に任せて、俺は退散するとするかね」


若いお二人って……専務様、航ちゃんと同じ年なのに。てか、私ともそんなに年が変わらないのに。


ぽかんとしている私と、不機嫌極まりない航ちゃんの前から颯爽と消えた専務様。


一体彼は、何しにうちへと来たんだろう……?


呆然としばらく扉を見ていた私だけど、ふと隣でいまだ魔王様降臨中の航ちゃんに気付き、思わず頬が引き攣ってしまった。


だって怖い。


目が怖いし、まとうオーラも怖いけど。腕を組み、イライラと指先を動かしているのも怖いけど。


だけど、だけど……


何となく、航ちゃんが少し寂しそうな風に見えた。


何でだろう。イライラしているのに、どこか寂しそうに見えたので、私はそっと航ちゃんの腕に触れて、顔を覗きこんだ。


「航ちゃん、航ちゃん……」


小さく名前を囁くと、航ちゃんもまたはっとしたように私に眼を向けた。次の瞬間には、怒り狂った眼差しを僅かに抑え、口元に苦笑めいたものを浮かべて、私の頭に手を載せた。


「分かったろ、沢渡は、ああいうヤツだ」


「うん……?」


「強引で、マイペースだろ。お前、きっとすぐに飲まれる。そんで、気付いたらあいつの思い通りの行動をさせられる」


「……そっか」


「だから、なるべく近づくな。不必要に言葉を交わすな」


「うん、だけど、会社で声を掛けられたら、返事をしないわけにいかないよ」


だって相手は専務様。それを無視するわけにはいかない。


だけど航ちゃんは、今度こそはっきりと苦笑を浮かべて私の頭をぐりぐりと撫でた。


「大丈夫だ。俺が一緒にいるときくらいだろう、お前にしつこく声を掛けてくんのは」


そうなの? そうなのかな。


まだよく分からないけど、航ちゃんが言うんだったら、きっとそうなんだろう。


あんまり深く考えても仕方が無いし、私は小さく頷いて、ふと思い出してテーブルの下に手をやった。


そこに、さっき専務様が持ってきてくれたお握りが二つ乗っかってる。そのお皿ごと、航ちゃんに差し出した。


「はい、一個食べていいよ」


「あ? ……いい、お前、食え。まだ晩飯食ってないんだろ」


「うん、だけど航ちゃんだって食べてないでしょ? だから、一緒に食べよ」


航ちゃんは、強引で我侭で俺様な人だけど。私が食事を抜かされて、自分だけちゃっかりと食べちゃう人じゃない。


それ、分かってるから。昔から、そうだから。


私の顔を見て、航ちゃんはくすりと笑ってお握りの一つに手を伸ばした。


ほっとして、私ももう一つのお握りにかぶりついた。


「……やっぱ美味えな、おばさんのお握り」


まんべんなく鰹節をまぶした、お母さんのお握りが航ちゃんのお気に入りなようだ。


私は記憶の中である、お母さんのお握りっていったらこれだから、特に感慨深いものもないんだけど。


でも、そんなもんかなあと、もぐもぐ咀嚼していたら、急に航ちゃんがぷっと吹き出した。


びっくりして隣を見上げると、航ちゃんは顔を真っ赤にして肩を震わせながら、私を見下ろしている。


「やべ、思い出しちゃった」


「何を?」


「お前、覚えてる? お前が俺にお握り作ってくれた日のこと」


何を突然。でも……そんなこと、あったかな?


首をかしげて思い出していると、ああ、確かにあったあった。遥か前のこと。確かあれはまだ小学生の低学年だった。


たまたま航ちゃんのご両親もうちの両親もいなくて、でも私も航ちゃんもお腹が空いちゃって。


「何かお前の家にねえのか、俺んちには何もねえ。だから買出しに行ったんだと思う」


そう言った航ちゃんに、私は慌てて扉のあちこちを開いたんだけど、こういうときに限ってお菓子の類が一切無くなっていた。


航ちゃんがお腹を空かせてイライラし始めたので、私は必死になって、食料のありかを考え、そして閃いたのが炊飯器だった。


開けると、ご飯が残ってた。


「おにぎり、作ってあげる!!」


そう意気揚々と宣言し、お母さんが作るのをまねしながら作ったお握り。


食卓で待ち受けていた航ちゃんに差し出したそれは、


「……なんで丸いんだ」


まん丸のお握りだった。


どう頑張っても三角に作れなかったお握りを、それでも口に運んだ航ちゃんは、僅かに眉をしかめて言った。


「……味がしねえ」


そして更に食べ続け、最後まで食べ終えて、私の目を真っ直ぐ見据えて低い声で、


「具がねえし、味もしねえ。どういうことだ」


「え、だって、ええと……」


料理なんてしたことないし、お握りだって初体験だった私は、一生懸命頑張って作ったのに、怒られてすんごくショックで。


じんわりと涙を浮かばせると、航ちゃんは深く溜息をつき、立ち上がった。


「まだ、メシ残ってるか」


「うん」


「塩と海苔、用意しとけ。冷蔵庫に、具になりそうなもんがあったら出しとけ」


そう言って、航ちゃんは私に素晴らしく美味しい三角お握りを作ってくれた。


「おいし、おいし!!」


大喜びの私を満足げに見て、航ちゃんも嬉しそうに笑いながらそれをぱくついてた。


「俺を誰だと思ってんだ。……優香のブサイクなお握りも、味がしなかったけど美味かった」


「味がしないのに? あはは、ヘンな航ちゃん!!」


「うっせえ。いいんだよ。さっさと食って、勉強だ。明日テストだろ。低い点数持ってきたら承知しねえぞ」


そう言って、私を急かせて、いつの間にか私の部屋で勉強会になってしまったんだった……








「うん、覚えてるよ」


お母さんのお握りを齧りながら、何となく懐かしい思いで呟くと、


「今度」


「ん?」


「今度、またお前の味のしねえお握りを食いてえな」


そう呟いた航ちゃんを、驚いて見上げた。


行儀悪く片膝を立て、すっかりとお握りを食べ終わった航ちゃんは、私の視線に気付き、意地悪な笑いを含んだ目線で返す。


「今度は多少は味がするもん、作れよ」


何でだろ。


凄く、その瞬間ドキドキした。


今の今まで、全然平気だったのに。


航ちゃんの眼差しに、超ドキドキが止まらなくなってきた。


何かヘン。すごくヘン。


どうしたんだろ、私。






前から、ずっと優しかった。


きついことを口にしながらも、ずっと私に、甘かった。




それに気付いた瞬間。




どうしていいか分かんない。


だって航ちゃんは意地悪なことばっか言うし……私のこと、嫌いなんじゃないかって思うほど、酷いことばかり……






「優香、食ったら続き始めんぞ」


「うん……」


「終わったら、メシ食いに行くぞ」


「え?」


「今日、お前のバイト初日の記念日だろ。こんな時間だからな、ファミレスになるけど、いいな?」


航ちゃんはそう言って、早速パソコンを立ち上げた。


そして私を見下ろして浮かべた笑みは、信じられないほど柔らかかった。


「今日は特別だ。デザート、好きな分だけ食え」






私、どうしよう。




こんな意地悪な人なのに。


ちょこっと、ちょこっとだけ……






ドキドキしてるの、これって、好きって意味?


いやまさか、それはあり得ないでしょう。この航ちゃんを相手に。


でも……。






後で、激しく後悔しそうなときめきを感じた私は、戸惑いの渦の中にいた。


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