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Tunin'Love!  作者: 沙莉
First Season

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17/30

第17話 特訓再び

その日の午後は、専門用語の基礎知識講座だった。


専門用語って言ったって、インテリアの会社だから、さすがに私が知っているものばかりだと思っていたけど、甘かった。


航ちゃんは、ハナから私が悲惨な有様になるのか分かっていたのかどうか……営業部の自分のデスクの横に、私のデスクを用意してくれて、そこで講座が始まった。


最初は、他の営業さんがいる手前、ノートを広げる私に、それはそれは優しい言葉を掛けてくれた。


マニュアルがちゃんと用意されていて、それを一つずつ指差しながら、


「……っていうこと。分かった?」


なんて確かめながら説明してくれていたんだけど。


途中から、私の首の捻る頻度が高まってくると、それに釣られて航ちゃんの眉間の皺が深くなる。


凄く丁寧に教えてくれるんだけど、ちっとも覚えられなくて、さっき教えてもらったことが分からなくなっちゃって、航ちゃんの溜息の数が増えていった。


挙句、「何度も同じことを説明させんじゃねえ」って低く唸られる始末だ。


「だっ、だって……」


聞きなれない言葉が出てくるんだもん。カーテンウォールって何よ。何でカーテンで言葉を終わらせないの。ウォールなんていらない。少なくとも、私の脳みその中では、『ウォールくん、きみは不必要な存在だ』って叫んでる。


他にも、インテリアコーディネーターって言葉は知ってるけど、インテリアエレメントって何よ。エレメント? 四大元素?


航ちゃんが、顔を私にぐっと近づけ、


「思いつく限りでいい。インテリアエレメントの要素を言ってみろ」


って言うから、なぁーんだ、要素だって。結構私のカンが合ってるんじゃない? と思い、意気揚々と指折り数えて答えて言った。


「ええと、火、水、風……あと、何だっけな。ええと、ええと……ああ、そうそう、土だ、土!!」


ゲームもバカに出来ないじゃない。こうして、仕事に繋がるじゃない。RPGをやって良かった。航ちゃんから借りたゲーム、全然進めなくて、難しくて、バカにされ続け、それでも悔しいから頑張ろうとしたけど、最後の謎解きが出来なくて。


泣きついて、結局航ちゃんに私の部屋でクリアしてもらった思い出を頭に浮かべながら、自信ありげに航ちゃんに目を向けたら。何てこと。両手で頭を抱えてた。


「あ、あの、航ちゃん……?」


今の今まで自信満々だったのが、段々不安になってきて、小さく声を掛けると、航ちゃんは俯いていた顔を上げ、鬼のような顔で更に私に顔を近づけた。それに伴い身体を引く私に、航ちゃんはそれはそれは低く地を這う声を放った。


「このバカ。風水やってんじゃねえぞ。てか、RPGか。お前今、RPGのこと考えたろ。インテリア関係なんだから、要素っつってもインテリアを構成する要素に決まってんだろうが。家具や照明器具、塗装とかのことだ。少しは考えて物を言え、このバカ」


……怒られてしまった。


けど、でも。そんなこと、分かる訳ないじゃんー!! エレメントって言ったら、そっちが頭に浮かんだんだもん。仕方ないじゃんー!


言い訳したくても出来なくて、思わず唇を尖らせてしまうと、気さくな矢島さんが外回りから戻ってきて、私の方へ一直線に来てくれた。


その途端航ちゃんは身体を起こし、私に一瞬睨みを利かせつつも、矢島さんには柔らかい笑みを浮かべた。


「おー、やってるやってる。優香ちゃん、どう? 北里、ちゃんと教えてくれてる?」


「お疲れ、矢島。大丈夫だよ、ね、三島さん」


ね、と言いながら私を見つめた……ではなく、見据えた航ちゃんの眼差しが氷の刃となって私を突き刺し、私は目線を逸らして誤魔化すような笑みを浮かべることしか出来なかった。


その後どんな気まぐれなんだか、矢島さんはそのまま傍に腰を据えて私たちを見ているもんだから、航ちゃんはどんなに私がトンチンカンなことを言っても、魔王様を降臨させることが出来ず。


にこりと微笑んでいるけど、すんごい怖いことになっている。口元に笑みを浮かべているけど、目も微笑んでいるけど。


でも、目の奥が怒り狂ってる。激しくドス黒いオーラが立ち上り、更にそれが燃え盛っている。


それに全く気付いていないらしい矢島さんは、ただ、にこにこと私たちを見ていた。


「ダメじゃないか、三島さん。それ、さっき教えたろ?」


そう柔らかい口調で言う航ちゃんの内心が、


『優香、てめえ、ちゃんと俺の話を聞いてんのか!! 何度教えたら分かるんだ、ああ!?』


って言うのがありありと分かり、私の返事はもはやこの辺りから、「はい」ではなく「ひゃいっ」になってきてしまっていた。


やがて定時になり、半泣き状態だった私が心底ほっとしていると、矢島さんは可笑しそうに笑いながら立ち上がり、私を見下ろした。


「ああ、面白かった。優香ちゃん、結構天然なんだね」


「え?」


突然の言葉に、思わず私が矢島さんを見上げると、彼は人のよさそうな顔に満面の笑みを浮かべていた。


「初めての業界だもんね、分かんないことばっかだもんね。心配しなくていいよ、北里が忙しいときには、俺も教えてあげられるから。だから、安心して頑張って」


そんなことを言い、更には私の肩を親しげにぽんぽんと叩いた矢島さんは、にこやかにどこかへと行ってしまった。


それをぽかんと見送っていると、隣でゴゴゴと音が立ってんじゃないかって思うほどの殺気を感じ、はっとして航ちゃんを見ると。


航ちゃんは、机に広げられた本日の教材を片付けながら、低い声で言い放った。


「……優香」


「はっ、はいっ!!」


「……お前が相当覚えが悪いのは分かっていたつもりだったが、ここまでだとは読めなかった。それは俺の計算違いだ」


なんて酷い言い草!! さっきの矢島さんのセリフを聞いていたのかな、この人は! 初心者優香に、もっと優しくする気は無いのか!!


と、心の中で反論するも、虚しく恨めしげに航ちゃんを睨むことしか出来ない私に、航ちゃんは顔を上げて、絶対零度の眼差しを返してきた。


「他の連中に迷惑を掛けねえよう、今日から俺が夜通し特訓してやる」


「え……えええ!? だ、だって今日は、外食って……」


「外食? んなの、取りやめだ。基礎を覚えねえうちは、毎晩特訓だ。さっさと帰る支度をしろ」


そう冷たく言い放ち、航ちゃんは自分も後片付けをさっさと済ませ、怯えきる私の右腕をがっしりと掴み、会社を後にしてしまった。


初日なんだから、もっと他の人に挨拶しなくちゃなんないって思ってたのに。


明日から、どうぞよろしくお願いしますくらい、言うつもりだったのに。


航ちゃんの黒いセダンに押し込まれ、強制連行のように私は自宅に戻ってきた。






「一時間だけやる。その間に、風呂入ってメシ食っとけ」


そんな俺様的命令を受け、半べそのまま慌てふためきお風呂に入った私は、ドライヤーで髪を乾かす間もなく、恐怖のベルの音を聞いた。


今日は玄関からちゃんとやってきた航ちゃんは、お父さんとお母さんに何か挨拶をするのもそこそこ、ギラリと私を見据えてる。


ゆ、夕飯……まだ、食べてない……


そう目で訴えるけど、航ちゃんは、


「それじゃおじさん、今日からしばらく、夜、優香に仕事を教えに来るね」


そうお父さんに宣言をして、先に私の部屋へと入っていった。


このまま夕飯を食べる訳にはいかない。目の前には、美味しそうな母の愛情たっぷりな夕飯が並んでいるというのに。


私は泣く泣くそれを諦めて、自分の部屋へと戻っていった。


すでに小さなテーブルが設置され、航ちゃんのノートPCがスタンバってる私の部屋は、さっきよりも何度も温度が低いような気がした。


「座れ」


この部屋の主は、私なのに。


何か釈然としないものを感じつつも、私はその言葉に素直に従い、ベッドに背を向ける航ちゃんの前に腰を下ろした。なのに、


「そっちじゃねえ。そこからだと、PC見えねえだろうが」


そう言って、航ちゃんが自分の隣を叩くので、渋々その隣に座り込むと、そこからまるで運動会系のような、怒涛の特訓が始まった。


「そんなに難しいことじゃねえだろ! 家具、照明器具、壁とかを考えりゃ分かることだろうが!!」


「はいぃ」


「考えなしで物を言うな。適当に答えてんじゃねえ。分からねえなら、分からないってちゃんと言え!!」


「はいぃ」


「答えはここに全部書いてあんだ。ちゃんとよく見ろ。お前の目は飾りか!?」


「はいぃ……」


確かに全部、航ちゃんの言うとおりだと思う。相変わらず、航ちゃんは正しい。


だけど、緊張感満載だった今日はもうヘロヘロで、ついでにお腹もペコペコで。


全然航ちゃんの言葉が頭の中に入らない。ただ、情けない返事しか出来ない私に、航ちゃんが深い溜息を付き、軽く頭を振り、小さく口の中で呟くと。


ふいに表情を和らげ、私に手を伸ばした。


思わずびくりとしてしまった私の耳に、扉をノックする音が。


航ちゃんの手が止まり、それがPCに戻ったのをぼんやりと見て、「はい、どうぞ」と私が言うと、部屋の扉ががちゃりと開いた。


お母さんかと思ってた。気を利かせて、お茶を運んでくれたとか、はたまた私が夕飯を食べていないことに気付いて、お握りを作ってきてくれたとか。


私の想像は、半分当たってた。


お茶とお握りが、運ばれてきた。


だけど、運んできてくれたのは、お母さんじゃなかった。


「勝手にお邪魔してごめんね? 優香ちゃん、これ、お母さんが、部屋に行くならついでに持って行ってくれって」


そう私ににこにことトレーを差し出す人物は。


「せっ……専務様っ……!!」


「……沢渡? てめえ、何しに来た」


そう。


沢渡専務様がじきじきに、私にお握りをお運びになってくれたのだった。


私は驚いて。あまりに驚きすぎて。仰天して、腰が抜けて言葉になんない。そんな私をちらりと見て、航ちゃんはこめかみを指先でほぐしてた。


そんな私たちを胡散臭い笑み満載で見比べた専務様は、


「何しに来たってさあ、……うーん、優香ちゃんと仲良くなりたいから?」


はあ!? な、何を突然!!


思わず口をパクパクしていた私の隣では、凄まじく低い声をお出しになる魔王様がすでに降臨済み。


「お前、バカか。自分の立場、分かってんのか、ああ?」


「分かってるよぉ、だからこうして、オフの時間に来てるんじゃん。優香ちゃん、今の俺は専務じゃないからね。航介の友達の聡くんだから。ね?」


ね? って。はい!? 全然意味分からないんですけど!!


一人パニックの私を置いての大学同期の二人の会話は、温度差がありすぎる。


ていうか、専務様は航ちゃんが怒っているのを全部分かっていて、それでいてからかっている感じ……なのかな……。


「何だよぉ、そんなに怒んなよ。ていうか、俺、お前のために動いてんじゃん。お前があまりにヘタレだから」


「……黙れ」


「やだね。黙らない。情けないなあ、そんなことじゃ、簡単に持っていかれちゃうぞ」


「黙れっつってるだろ。いい加減にしろ」


「いい加減にしないもんね。悔しかったら、お前が動け。……ねえ、優香ちゃん?」


そこで私に振る!? 全然会話の意味、分からないんですけど!?


目を見開き、口を半開きにし、ついでに鼻の穴も開いているであろう私に向かって、専務様は楽しげに笑う。


「会社じゃ無理っぽくても、オフでは仲良くしようねえ、優香ちゃん?」


ひっ!!


な、何が怖いって……この専務様の言葉も意味分からないけど。


私をギンッ! と睨みつける航ちゃんの意味分からない威嚇が、超怖い!!




コトバヲカワスナ




航ちゃんの眼差しがそう言っているのが分かり、私は恐怖の余り、気が遠くなりそうになった。


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