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Tunin'Love!  作者: 沙莉
First Season

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13/30

第13話 重役面談

さっき航ちゃんと乗ったエレベーターに、一人乗り込んだ私は、内部に付けられていた大きな鏡で全身をチェックした。


スカート、裾がめくれていないか。


髪型、崩れていないか。


化粧はまだ保たれているか。


そんなのを入念にチェックしていたら、すぐに五階に付いてしまった。


一番奥が、社長様の部屋。その手前の左の扉が確か、専務様の部屋だった。


扉を見上げ、「専務室」と書いてあるのを確認し、バクバクする心臓を押さえて深呼吸した。


まるで、面接前のような緊張感。


だけど、これは面接じゃない。『面談』だって専務様、言ってた。私とおしゃべりしたいって。そう言ってた。


きっと、どんなにどもっても、バカなことを言っても、クビになったりしないだろう。


でも、気をつけなくちゃなんない。私の一言で、航ちゃんに迷惑が掛かるかも知んない。


だから、一言一言に気を遣わなくちゃなんない。


やばい、口から胃とか心臓だけじゃなく、他のありとあらゆる内臓が飛び出そう。


耳元で心臓の音が聞こえてくるのを感じながら、私はもう一度大きく深呼吸して、扉をそっとノックした。


出来ればこのまま倒れたい。気絶かなんかして、うちへ搬送されたらどんなにラクになれるだろう。


そんな情けないことを考えていた私の耳に、容赦なく明るい声が聞こえた。


「はーい、開いてるよ。どうぞ」


……これがこんなに大きな会社の専務様の声なんだろうか。


そう疑うほど、呑気なのんびりとした声だった。


私の緊張感が少しほぐれ、扉を開くと、大きな部屋が全貌を現した。


社長様の部屋と同じく、奥に大きな机があって、手前に黒いソファのセットがどーんと構えてあった。


そしてクローゼットみたいなのとか、大きな本棚とかそんなのが部屋の壁に沿って設置してある。


私が入り口のところで立ち尽くしていると、すぐ傍で声が聞こえてきたから、メチャクチャ驚いた。


「優香ちゃん、どうしたの?」


「ひゃあ!! ……あ、あ!! す、すみません!! 失礼しました、えと、あの、失礼します!」


慌てて頭を下げると、専務様は可笑しそうにくすくす笑い、私の背中に手を当てて中に誘導してくれた。


「まだ、緊張しちゃう? いいのに、普通で」


普通なんて出来るわけないし!! 専務様相手に緊張しないわけないし!!


そう心の中で叫ぶ私は、すとんと黒ソファに座らされた。専務様はその前に腰掛け、何が嬉しいんだかにこにこと笑ってる。


「あ、そだそだ。何か飲もう? 喉乾いたよね。優香ちゃん、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」


もう時給が発生している時間にも関わらず、呑気にそう言う専務様に、私は慌てて手を振った。


「い、いえ、そんな滅相もない!」


そう妙な言葉で拒否をする私に、専務様は笑みを浮かべたまま、テーブルにあった電話の受話器を取った。内線なんだろうか、すぐに相手が出たようで、


「コーヒーを二つ頼む」


そう言いながら、私に「いいよね?」って目で確認した。


申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、小さく頷くと、専務様は受話器を電話に戻し、ポケットから何か紙を取り出した。


それをテーブルに広げていると、さっき社長様の部屋にいた秘書っぽい女性がノックと共に部屋へと入ってきて、恐縮する私と、足を組んでいる専務様の前にホットコーヒーを出してくれた。


何度も頭を下げる私に、女性が出て行った後、


「優香ちゃん、気楽にしてね。コーヒー冷めないうちにどうぞ」


なんて専務様が言うもんだから、更に私は身を縮めてしまった。


「さて、それじゃ始めようかな。これはね、航介が優香ちゃんをうちの会社で働かせろって言った時に持ってきた、簡単な職歴。大体合ってるかな?」


え、職歴!?


そんなのを書いた覚えなんてない!!


驚いた私は、専務様から手渡された紙にざっと目を通した。


それは履歴書なんてちゃんとしたものではなく、レポート用紙みたいなペラペラの紙だった。


一番上に私の名前、続いて生年月日が書いてあり、そこから私の仕事してきた会社名とかコンビニとかファーストフードの名前がずらずらと書いてある。


入社と退社の年月日までは私もすぐに思い出せないけど、でも大体合ってると思う……ていうか、これって航ちゃんが書いたのかな。私の仕事してた場所、全部覚えていたんだ。しかも日付まで。


凄い。凄すぎる。


言葉を失った私から、そっとその紙を取った専務様は、にこにこ笑顔を崩さずに、


「凄いねえ、働いてない期間、ほとんど無いんだねえ」


「あっ、……ええと、バイトばっかですけど……」


「うんうん、バイトだって、立派な仕事だよ。今回もごめんね、バイトで。正社員にしてあげたいんだけど、それにはちゃんと順序を踏まないとならないし。航介もバイトでいいって言うからさあ」


「とんでもないです!! 働かせて頂けるだけで、本当に十分です!」


思わず力が入ってしまってそう言うと、専務様はくすくす笑いながらその紙を折りたたみ、スーツのポケットに仕舞い込んだ。


そして足を組み替え、真っ直ぐに私を見つめる。


始まる。


ここからが、『面談』スタートだ。


私はぐっとお腹に力を入れて、姿勢を正し直した。


「優香ちゃん、航介の幼馴染で、家が隣同士なんだよね?」


最初の質問がそれ!?


今までの仕事に関することを色々と聞かれるのかと思ってた私は、何だか急に力が抜けて、「はあ」と、非常に間が抜けた返事をしてしまった。


そんな私を見て、専務様は嬉しそうに唇を綻ばせた。


「そう、やっぱり。それじゃ俺、前に一度きみに会ってる」


「え……!? そ、そうなんですか?」


「うんうん。もう何年前かなあ。大学生の頃、一回だけ航介んちに遊びに行ったことがあるんだ。その時、高校生だった優香ちゃんに会ったんだよ」


大学生の時!? 私が高校生だった時!?


え、それって一体……!?


内心でパニックになっていると、それを見透かしたかのように、専務様は笑みを絶やさずに言った。


「俺と航介、大学の同期なんだ。何か馬が合ってねえ。何度もお願いして、一回だけ家に遊びに行くことを了承してくれたんだ。その時、玄関先で帰ってきた優香ちゃんと鉢合わせしたんだよ」


「はあ……そうなんですか……」


「今時化粧もしていなくて、それでいて凄く可愛い子で。優香ちゃんはさっさと家に入ってしまったけど、俺、凄くきみのこと気になってさ、航介から色々聞き出そうとしたんだけど、あいつ全然教えてくれなくてさあ」


……可愛いというのはお世辞なんだろうけど、化粧をしていなかったのは事実。だって航ちゃんが怒るんだもの。


学生の分際で……っていうよりも、酷いもん見せるなって怒るんだもの。あれはかなりショックだったなあ。


思わず遠い目をしてしまった私に、専務様の懐かしそうな可笑しそうな、それでいて楽しそうな声が続く。


「隣に住む幼馴染っていうところまでは分かったんだけど、あいつ優香ちゃんの名前すら教えてくんなかったんだよ。全く疑い深いよね」


「はあ……」


言われている言葉が、私の耳を通過していく。


それよりも、専務様に一度会っていたということが気になって仕方ない。それを必死で思い出そうとしてるんだけど、ちっとも思い出されない。


遥か昔のことではないし、専務様は一般的にいい顔に属すると思う。


なのに、全然思い出せない。


やっぱり私は相当バカなんだろうか……。


「……優香ちゃん、全然気付いてないの?」


「……ダメだ、思い出せない……」


「航介も気の毒になあ」


「え?」


意識を急浮上させると、専務様は相変わらず可笑しそうに笑ってた。


「いやいや、こっちのこと。あ、そうだ。航介から聞いてるかな? 優香ちゃん、とりあえず一週間、営業補佐やってもらって、会社のこと覚えてもらうね」


「あ、はい。聞いてます」


「そう、良かった良かった。その間、航介が外回りするのに付き合ってもらうから。足、疲れちゃうかもしれないけど頑張ってね」


「はい……ええ!?」


航ちゃんの外回りに、付き合うの!? てか、お客さん回りに同行すんの、私が!?


嘘でしょ、聞いてない!!


……でも、そっか。航ちゃん、私の責任者だって言ってたもんね。会社に慣れるまで、自分の傍に置いておくつもりなんだ。


それでもって、私に色々教えてくれるつもりなんだ。


やっぱり私、相当航ちゃんに迷惑掛けてる。


ずずーんと落ち込んでいく私に気付いているんだかどうなのか、専務様はコーヒーを口に運びながら微笑んだ。


「それもまあ、明日からになると思うから。今日はのんびりしていていいよぉ」


そんなことを出来るはずもないけど、折角優しい言葉を掛けてくれているんだし、若干引き攣った笑みを返して「ありがとうございます」と答えた私に、専務様はとんでもないことを言い出した。


「そだそだ、お昼一緒に食べよう? 明日から無理だから、今日は一緒に食べよう。色々航介のこととか、優香ちゃんのこととか聞きたいし。あいつの弱点、もっと知っておきたいんだよね」


とんでもないどころじゃなかった。


私のことはともかく、航ちゃんの弱点!? そんなの知らない。っていうか、あるのか、あの航ちゃんに弱点。あったら私が教えて貰いたいくらいだ。


余計なことを言うなって航ちゃんが言ってたのって、このことなんだろうか。


とても私の手に負えるレベルの話じゃない。


ちゃんと断らなくちゃ、専務様のお誘いを断るなんてはなはだ恐れ多いことだけれども、それよりも恐ろしいことが起きる―――魔王様降臨を恐れ、ビビッた私は、慌てて顔を上げて手を振った。


「あの、わ、私、……ええと、北里さんと一緒に……」


「この先にあるレストラン、デリバリーもやってるんだ。優香ちゃん、好き嫌いとかある?」


「で、ですので、私は遠慮させていただきたく……」


「適当に注文しちゃうね。美味しいんだよー、特にハンバーグがいけるんだ。デミグラスソースが絶品なの。楽しみだな」


にこにこと笑う専務様に、私は絶句してしまった。


こ……この人……


人の話を聞かない人だ!!


そしてその後、呆然としたままの私を放置し、それはそれは楽しそうに、専務様は大学時代の航ちゃんネタを繰り広げ、全然この会社と関係ない話ばっかり聞かされた。


散々話をして、あらかた満足したんだろうか。


「それじゃ、昼休憩入ったら、また遊びに来てね。待ってるからね」


そうにこやかに送り出された私は、扉を開き、重い足取りで部屋を出ると。




ピキーンとその場に固まった。


目の前に、腕を組んで壁に寄りかかり、目を思い切り眇めた航ちゃんが立っていた。


もう誰が見ても、ご機嫌斜めといったその様子に、私は空気を求める金魚のように、口を必死でパクパクさせることしか出来ず。


そんな私を射抜くように見据え、航ちゃんが半身を起こした。


「遅ぇ。いつまでくっちゃべってんだ。ああ?」


ひぃい!! すでに魔王様降臨済!!


こんな航ちゃんに、専務様にお昼同伴を求められ、拒否出来なかったことを私は伝えられるんだろうか。


いや、出来ない。


だけど、どうする? どうすんだ、優香ー!!


半泣きで、心の中で答えのない自問自答を繰り返した。



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