3Bets
この話はゲームのルール説明会です。
少し長いですので一度で理解し切ろうとせず、斜め読みしていただいても大丈夫です。
また再度説明が入ると思います。
クダネス区域とその周辺の地域で開催されている権利の戦争──通称『RB』。
高値で売買される『権利』を賭け、人生のやり直しを画策する者もいれば、既に手放した権利を取り戻すために、自らのすべてを賭けて参加する者もいる。
もちろん、国としては違法賭博とされている競技だ。
しかし、そのゲームの主催者や参加者たちの多くは、すでに己の『権利』を全て手放した者たちであり、国の法律上、「人」として扱われない彼らを取り締まることができない。
また、『権利』を保持し続けている者たちは、責任の所在を彼らに押し付けるために、この法外な賭け事は存続し続けているのであった。
月に複数回開催される『RB』は、その時によって主催者が異なり、ルールや賭博方法、そしてリターンすらも異なっている。
○●○
互いの視線が交差し、緊迫する空気感の中、先に破顔したのはレインだった。
「まあ、いいさ、テメェの立場が分かってくれたんならそれでいい」
そう言うと、私の胸ぐらを離して席に着いた。
彼女は一枚の紙を取り出すと、テーブルに置かれていたカフェオレに口をつける。
「テメェ、ブラックジャックっていうゲームは知ってるか? 」
「トランプのゲームでしょうか? 知識としては知っていますが、実際にしたことはありません」
椅子に座り直し、私もストローを咥えて喉を潤した。
「配る側ともらう側に分かれて、追加でカードもらったり、賭け金を増やしたりなどをして行う心理戦ですよね? 確か、数字の合計が21に近づけるのが目標だったと……」
「補足する所はあるが、大まかにはあってるな」
テーブルの上に紙を置き、レインは不気味な笑みを浮かべた。
「今回の『RB』は、そのブラックジャックをベースにしたゲームなんだよ」
差し出された紙には、そのゲームのルールが書かれているようだ。
彼女の指の動きにつられて、紙に書かれた文字に目を通す。
「確かにベースはブラックジャックだが、今回はスケールが違う。目指す数字は【91】だ」
「きゅうじゅう、いち……?」
思わず喉を鳴らしてしまった。
「あぁ。2人1組のチーム戦で、一番早く2人共の数字を【91】にしたチームが優勝。参加チームは合計20チーム、40人の大乱闘だ」
彼女は楽しそうに話続ける。
「ゲーム開始前に、チームで『1から20までの数字』を重複なしで5つ選んで、カードとして持たされる。その5枚を2人でどう分けて持ってもいいんだが、最初だけは最低1枚を持っておかなきゃならねぇ。で、ステージに放り出されたあと、どうやって【91】に近づけるか。ここからが楽しいところだ」
確かにそうだ、最初に選べるカードが重複なしの20までの5つの数字な以上、大きい数字から順に全て合わせても【90】までにしかならない。
従来のブラックジャックには、【Hit】と呼ばれるルールがあり、配り手から追加でカードをもらうことができるが、『RB』の場合は一筋縄じゃいかないだろう。
「揃え方は大きく分けて4つある」
レインは細い片腕を挙げ、指を4本立てて見せてきた。
まぁ、何でもありちゃありなんだがな、と挟み、話を続ける。
「味方同士や他チームと交渉し、『交換』や『譲渡』をするもよし、話がまとまらないようなら何らかの手段で意識を飛ばし、そいつから好きな数字を好きな枚数『強奪』したって構わねぇ。隙を突いて盗むことも『強奪』になる」
「……何らか、って?」
彼女が指で叩いたそこには、手段は問わない、と書かれていた。
さっ、と血の気が引いた。
そんな私を気にせずに説明は続く。
「それと、ステージ内には【1】から【50】の数字が入った宝箱が3つずつ、【91】の数字が入った宝箱が1つ隠されてる。そこでカードを『入れ換え』することもできるが……、厄介なことにここでの処理が少しダルくてな」
レインの目が細められる。
「宝箱の中の数字は、一度開けるまでは確認ができない。そして、その数字を一度確認した時点で、とあるプロセスが課せられるんだ。例えば手持ちの数字が、12、14、16、17、18の5枚の時に宝箱から30が出たとする。16と30で『入れ換え』をした場合は、合計が91となりクリアになりそうだが、そうならねぇ。この『入れ換え』は、はじめに宝箱の数字がプレイヤーに付与され、その後に別の数字を代わりに戻すというプロセスになるんだ」
「……と言うことは、一瞬は手持ちの数字が、12、14、16、17、18、30の合計107になるってことですか? 」
彼女は満足そうに頷いた。
「ブラックジャックだからな。『92』以上の数字になった時点でバースト──つまりは失格だ。」
失格という言葉を聞き、背筋に冷たい何かを感じる。
「むやみに宝箱を開けると、大きい数字を引いてしまいバーストする可能性がある。ここの処理が少し分かりにくいんだが、相方がバーストした場合は優勝できなくなっちまう。まぁ、ルール上はどちらか片方だけでも【91】にすることができれば、その分の報酬はもらえるみたいだがな」
「なるほどね、……『強奪』のルールで少し質問なのだけれど、好きな数字を好きな枚数獲得できるってことは、『強奪』は強制付与ではないって認識でいいかしら? 」
「合ってるぜ」
「──と言うことは、このゲームの必勝法は、目についたチームを襲い続けたらいいってことにならないかしら? 」
私の言葉に、レインは一瞬だけ虚を突かれたように目を丸くした。
それから、大きな笑い声をあげた。
「ははっ! 言うじゃねぇかお嬢様! 貴族の割には冴えてんじゃねぇか! 気に入った」
レインは楽しそうに肩を揺らし、テーブルを指先でトントンと叩いた。
「理屈は合ってる。戦闘狂のイカれた連中なら、そうするだろうな。……だがな、主催者もそこまで馬鹿じゃねぇ。このゲームの肝は、最初から『手の内が半分透けてる』ってところだ」
「透けている……?」
笑い声が大き過ぎたのだろうか。マスターがこちらを睨んでいるが、当の本人は気づいていないようだ。
「あぁ。ゲームが始まる前にな、全チームの『初期合計ポイント数』だけは全員に公開される。チーム内の割り振りがどうなってるかまでは分からねぇがな」
ハッ、と息を呑んだ。
「それじゃあ、最初から高い数字を選んだりすれば……」
「格好の的になるだろうな。周りの奴らは、そのチームから『強奪』をすれば、バーストの心配をせずに大きな数字を集めることができる。だが当然、的になることを恐れて数字を小さくするチームも出てくる。そうすると、そういうチームは宝箱からの『入れ換え』がメインの戦術となる。こういう盤面では、他のチームからの『強奪』をメインで考えるチームは、他のチームたちに比べて出遅れる可能性が出てくる」
「『強奪』に手間取っている間に、他のチームに宝箱からの数字で稼がれてしまうってことか」
お世辞抜きに良くできたゲームだと思った。
頭の中でルールを整理することにした。
・2人1組のチーム戦。
・1人ずつカードの数字を合計していき、一番早くチームの2人ともがぴったり【91】』にできたら優勝
・ゲーム開始前、チームで1〜20までの数字を重複なしで5つ選んでカードとして所有する。
・その5枚をチーム内でどう分けて持って開始しても自由(ただし開始時のみ、1人最低1枚は持つルール)。
・各チームの初期合計ポイントだけは、ゲーム開始前に全参加者へ公開される(どちらが何枚持っているかの内訳は非公開)。
・合計数字が【92】以上になった時点でそのプレイヤーは失格。
・相方が失格した場合、チームとしての優勝はなくなるが、残ったもう1人が【91】を達成できれば、その分の報酬は受け取れる。
・数字の集め方は、味方や敵との『譲渡』や『交換』。そして『強奪』と、宝箱からの『入れ換え』。
頭から火が出るかと思った。軽く息を整えて天井を仰ぐ。
「追加で、もう一つルールがある」
「まだ!? 」
思わず叫んでしまった。
正直、頭がキャパオーバーだ。
そんな私にも、マスターの視線が刺さる。
「このゲーム中はな、嘘がつけなくなるんだ」
「……嘘が?」
予想外だった。
他チームとの、『譲渡』や『交換』などの交渉が認められている以上、そこで真偽を織り交ぜた心理戦が繰り広げられると思っていたが、そこを予め封じるのか。
訝しむ私の顔を見て、レインは「少し言い方が悪かったかもな」と付け加えた。
「プレイヤーの発言は《存在証明カード》や所持カード状況を元にリアルタイムで虚偽かどうかを主催者側に監視されており、話し合いの最中、どちらかが虚偽の発言をした際、相手に『虚言権』と呼ばれるゲーム内限定の権利が付与され、それが通達されるんだ」
「虚言権? 嘘をつく権利ってこと? 」
レインは指を鳴らした。どうやら正解だったらしい。
それと同時にストローから音が鳴り、カフェオレがなくなったことに気が付いた。
コースターに戻して、レインに視線を戻す。
「──だが、この『虚言権』は、その虚言を吐かれた相手にのみ一回しか使えないらしい。正直、あまり使え無い権利だな」
「強いて言えば、相手から虚言を吐かれたことが分かるぐらいかしら? 」
テーブルに置かれた紙に視線を落とし、『虚言権』を含めて、記載されているルール全てに目を通す。
「……まぁ、あらかた頭に入れましたが、1日だけじゃ理解はしきれませんね」
「そりゃそうだろうな。まぁ、当日までに理解できたらそれでいいし、無理なら相方に頼ればいいだろ」
そうね、そうするわ──、と言いかけた時、猛烈な違和感が私を襲った。
(何だ、今のレインさんの発言は? 物凄く違和感がある。何に引っ掛かった? なぜ、彼女の発言は他人事なのだ? 相方に頼ればいいと言っていた。相方って、同じチームを組む人のことを指していますよね。……ということは!? )
「レインさんっ! あなたが一緒に参加するんじゃないんですか!? 」
「ん? 一度でもそんなことを言ったか? 」
▽▼▽
雨粒が窓に強く当たり、心地の良い音を鳴らしていた。
雫が伝い、道を描く。
すりガラスの窓を少し開き、外の景色を見る。
その先には、貴族の少女とその使用人と思われる少女の姿があった。
使用人の少女が傘を差し、隣の少女をそっと入れる。
自らの左肩が濡れることも気に留めず、その傘の庇護をすべて、隣の少女に与えていた。
貴族の少女はそのことに気が付き、傘を持つ手を相手側に押し戻そうとするが、それは動かない。
やがて根負けしたのか、二人の少女は身を寄せ合ったまま雨の中を歩き出していった。
「あれで何人目や、レイン……」
呆れ果てたような声が聞こえた。
声の方に振り返ると、マスターがカウンターで洗い物をしていた。
さっきまであたしたちが使っていたコップを洗っているようだ。
窓際から離れ、あたしはカウンター席に腰を下ろす。
「何人目って、何の話?」
「お前が一般市民を騙して『RB』に参加させた人数だよ」
「5人目以上だとは思うけど?」
「13人目だ」
どうやら思っていたよりも多かったようだ。少し驚いた。
驚いたといっても、今まで人数の話ではない。
彼の無駄な記憶力の良さに、だ。
「あたしにはやらないといけないことがあるからな。手段を選んでる余裕なんてないんだ」
「それならもっと方法はあんだろ。何もあんな世間知らずの奴ばっかりに声をかける必要はないはずやろ?」
「一つ勘違いをしてる」
カウンターに置かれたガラス細工の灰皿を持ち上げると、それを天井の照明にかざした。
光が複雑に屈折し、白から生まれた様々な色彩があたしを微かに照らす。
「あたしはね、あたしが『才能がある』と思った奴しか誘っていない」
「その結果、今までの全員が破滅しているよな?」
「それはそれ。彼女らの努力が足りなかった、それだけの話」
「冷たい女やな」
「よく言われる」
差し出されたチェイサーを受け取り、それを飲みながら、先ほどまでシタースと座っていたテーブルに目をやる。
一度、彼女には『存在証明カード』を返却していた。
今回の『RB』のルールは少々難解なため、今日はルール説明をしたら大人しく帰ってもらう予定だった。
しかし、彼女はあたしが一緒に参加しないと知った瞬間になぜか激昂し、その理由を問い詰めてきた。
ちょうどそのタイミングで、店に新たな人影が入ってきた。
シタースの使用人だという彼女は、この雨夜の中、必死になってシタースのことを探し続けていたらしい。
さすがに哀れに思ったようで、シタースはすぐに帰る流れになった。
だが、去り際のギリギリのところで『存在証明カード』の存在を思い出したようで、あたしに返却を求めてきたのだ。
もう既に参加の言質は取ったし、必要な仕込みは終えていた。
だから、素直に返してやった。
最低限の人権のみ残った、からっぽな『存在証明カード』を。




