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生まれて初めて、背負い投げをされた。
容赦なく冷たい地面へと叩きつけられ、肺の中の空気が強制的に体外へと排出される。
「──ッ、はっ……!」
「だから、受け身を取れって言ってるだろうが」
呻く私の腕を荒っぽく掴み、無理矢理に立ち上がらせてくる。
「す、すみません……。少し、休憩を……」
「甘えるなよ、お嬢」
「きゃっ! 」
言葉の終わり際、今度は容赦なく足元を払われた。
まともに尻もちをつき、鈍い痛みが走る。
あまりに理不尽な暴力に、行き場のない怒りが頭に血が上った。
反射的に男に掴みかかろうとしたが、男はそれに冷ややかな視線を向けるだけだった。
「チッ……なんで、こんな奴と……」
苛立ちを隠しきれないといった様子で、男は邪魔そうな前髪を乱暴に持ち上げる。
「わ、私の方こそ知りたいですよ! 」
「あーあー! 吠えるなお嬢。テメェの金切り声を聞くだけで頭が痛くなるんだよ」
目の前の暴力男──リャンは、忌々しげに地面へ唾を吐き捨てた。
「どうして『RB』の相方が、世間知らずの貴族なんだよ……」
そうなのだ。
今回、私が参加することになった『RB』は2人1組のチーム制。
そして、私の相方はレインではなく、目の前で私を睨みつけている、この粗暴な男だった。
2日目の夜。
バーで『RB』の説明を受けた私は、そこで自分が組む相手がレインではないという話を聞いた。
すっかり彼女が一緒にゲームへ出てくれると思い込んでいた私は、衝撃を受けた。
あの時は、その直後に雨で髪を濡らしたニアが店内に入ってきたこともあり、詳しく話を聞くことができなかったが、翌日に「明日、相方と顔合わせするから」、と連絡がきた。
で、今に至る。
私は今、次の『RB』でチームを組む男に投げ飛ばされている。
どうして......?
▽▼▽
待ち合わせに指定された場所は、クダネス郊外の伸びた木々が放置された公園の跡地だった。
”今回のゲームで組む相手を紹介する”との連絡をレインから受け、俺は指定された時間通りに朝早くから彼女の到着を待っていたのだ。
そして、約束の時間から1時間遅れて彼女はやってきた。
最初は、からかわれているのかと思った。
「コイツが、次のゲームでリャン兄に組んでもらう奴だから」
「あ?」
「え......? 」
そう言ってレインが連れてきたのは、泥水の味を知らないような貴族のガキだった。
なんでも、財務省の大臣の娘だという。
どうしてそんな奴が『RB』に出るのか不思議で仕方がなかったが、どうやら彼女らの話を聞くに、レインに『特権』を売り払われたとのことだった。
そしてレインの口車に乗せられて、己の『特権』を取り返すために今回のゲームに参加することになったらしい。
はた迷惑な話だ。
そもそも今回のゲームは、そこまで大きな規模のゲームではなかった。
主催者は、クダネスの住人を対象としたレクリエーションのつもりで企画をしたらしい。
だが、突如として、優勝報酬に貴族の『特権』が含まれることになり、事態が変わった。
子どものじゃんけん大会に、莫大な優勝賞金が設けられたようなものだ。
おかげで、【四大領主】の一角までもが出てくる始末。
「レイン、俺は負けるのが死ぬよりも嫌いだ」
「ああ、知っとるよ」
「それなら、そんな俺に組ませるというコイツは俺の足手まといにはならないっていう認識でいいのか? 」
レインから視線をずらし、横にいる少女をみる。
クダネスの連中が一年かかっても買えないような、高価な衣服を身に纏っていた。
背景の木々も相まってどこか妖精めいた雰囲気がある。
「──到底、そうは見えないんだが。ただの温室育ちのお嬢様にしか見えないな」
「ただの温室育ちのお嬢様だからな」
「ぶち殺すぞ」
頭の血管がはち切れるかと思った。
何を考えているんだこの女は?
すでにゲーム参加の申請は受理されているため、余程のことがない限り取り下げはできないルールだ。
貴族の『特権』が報酬に含まれていることが周知されてからは、既に参加申請をした者たちの不審死までもが起こっている。
20チームで締め切られたはずだが、申請者によほどのことが起き続けているようで、たびたび参加者が代わっていた。
そういう次元の話になってしまっている。
──それなのに、
──当日参加する奴らは血の気の多い連中ばかりだというのに、
──そもそも当日まで無事に生きているかも怪しいのに、
このクソアマは、俺にガキのお守りをしながら戦えというのか?
「レイン、お前は今回のゲームの参加予定者で死者が出ていることは知ってんのか? 」
「もちろん」
「なら聞く。何人死んだ? 」
「あたしが聞いた限りで6人」
「そういうことだ」
レインの横の少女は、驚きで言葉を失っているようだった。
目を見開き、レインの方を見るが、彼女に気にする素振りはない。
「俺は、俺が死ぬことよりも負けることが嫌いだ」
「さっき聞いたよ」
「だが、それ以上に嫌いなことがある。────目に見える場所で、手が届く距離で、誰かが死ぬことだ」
口にするつもりなどなかった言葉だった。
そんな俺の言葉を聞いたレインは満足そうに頷く。
「だからこそ、リャン兄に組んでもらうことにしたんだよ」
「……話聞いていたのか? 」
「大丈夫、ちゃんと聞いてたぜ」
レインは隣の少女の背中を叩き、快活な笑みを浮かべた。
「リャン兄が、コイツを鍛えてやったらいいんだ」
「あ゛? 」
「まあまあ、申請してしまったもんはしょうがないし、頑張ってよ。それじゃ」
「いや待てよ、おい! 」
半ば押し付けるように貴族の少女を置いていくと、レインは足早にどこかへと行ってしまった。
俺たちの間に気まずい空気が漂う。
「……お前、名前は? 」
「あー、えっと、シタースといいます。シタース・ティーシュヴァツです」
「ティーシュヴァツか、聞き覚えのある家だな」
すると、シタースの表情が曇った。
何か言い淀むように口を動かすが、やがて観念したかのように語り出す。
「父と叔父だと思います。ティーシュヴァツの名に聞き覚えがあるのは……」
彼女は虚ろな目をして、どこかを眺めている。
何度も口にし続けたことなのだろうか、無機質な平坦な声が続いた。
「父が財務省の大臣をしており、叔父が陸軍の著名人です」
「あー、"樽男"と"アイドル軍曹"か、流石に知ってる奴だ」
そうなのですね、と、消え入りそうな声が答えた。
あえてスラムで呼ばれている蔑称を使ったが、彼女の反応は薄かった。
怒るか、不愉快そうにするか、何かしら感情を見せるかと思ったが、無表情で遠くの方を見つめている。
身内のことをどう言われようとも構わないと言った表情だった。
(やりづれぇ奴だな......)
正直、こういうリアクションが薄い奴は苦手だった。何を考えているのか分からないからだ。
ありていに言えば、気味が悪い。
このような事態でもなければ、話すことはもちろん、会うことすらなかっただろう。
だがまぁ、これも何かの縁だ。
今後の為にも、コミュニケーションは必要だと思い、俺は彼女の方に向き直る。
いぶかしげに俺を見上げるシタース。
「鼻毛見えてますよ」
「んーーーー?」
□■□
「お嬢、お前やっぱり頭いいよな? 」
素直にそう評価した。
改めて今回のゲームのルール確認をしたが、ほぼ完璧に理解をしていたのだ。
一部抜けていたり、補足が必要な箇所があるが、それは恐らくレインが説明をしていないところなのだろう。
俺からの賛辞に、お嬢は小っ恥ずかしそうに頬をかいていた。
ある程度でもルールを理解しているだけで話は早い。
それならば、と。足りない実戦経験を積ませつつ、把握が漏れているルールを伝えることにした。
「手ぇ、出してみ? 」
戸惑いつつも、細い腕が差し出される。
日焼けの気配を微塵も感じさせない、色白の腕だ。
「ほい、落とすなよ」
「はい? 」
内ポケットからハンドガンを取り出し、彼女の手のひらの上に置いた。
「今回のゲームの補足だが、宝箱からはランダムで武器や道具が出るらしい。何がいくつ採用されているかは当日になると発表されるが、今回の規模的に銃火器の採用もありえる。少しは触れておいた方が良いかと思ってな」
「…………」
しばらくの沈黙。
彼女は自分の手のひらに乗せられた物と、俺の顔を交互に見る。
「......本物ですか? 」
「奥の方に木見えるだろ? 」
「本物ですか?」
「あれに向かって一発撃ってみろ」
「本物ですか、って」
「最初は当たらねぇと思うが、今回のゲームのために──
チッ。
遮るように聞こえたのは、可愛げのない舌打ち。
その直後、乾いた音が響いた。
硝煙の匂いがしたことで、発砲されたことを遅れて理解した。
遠くの方で木屑が舞い上がっている。
──目標に指定した木が銃弾で抉られていたのだ。
「うわっ、危ない。本物じゃないですか」
「だからそう言ってんだろ? 」
「いーや! 言われてません。これっぽっちも言われてませんよ! 一歩間違えたらリャンさんのこと撃ってましたからね!? 」
「木と人の区別もつかんのか? 」
「あなたが私の質問にちゃんと答えてくれないからですよ! 」
思っていたよりも、この女はヤバいやつかも知れない。
ヒステリーとかそういう話ではなく、シンプルに頭のネジが飛んでいるタイプ。
まあ、『RB』に向いているとも言えるだろう。
(それはそうと……)
およそ50ヤード先に目を向けた。
長年放置された果てか、緑を生い茂らせた木の幹に銃弾がめり込んでいる。
ろくに照準を合わせている様子はなかった。
一秒にも満たない時間で構えられたハンドガン。そこから放たれた銃弾は幹の中央を抉っている。
(……偶然か? )
試しに、別の木に指を差す。
「次は、あ──
パンッ!
の木に当ててみろ」
「……はい」
また同じように木が抉られた。
彼女に持たせたハンドガンが特別製という訳では無い。
むしろ、数年前に闇市で購入した中古の物だ。一世代前の治安組織に支給されていたものだと記憶している。
「お嬢、銃を撃った経験は? 」
「ある訳ないでしょう? 」
「そうだとよかったんだが……」
試しに更に遠くの木や、それに実った果実。色が変わった葉などを指定したが、その尽くを彼女は撃ち抜く。
そのどれもが、俺にはできない所業だった。
到底、今日はじめてハンドガンを持った者の射撃技術ではない。
俺の中のプライドが音を立てて崩れていくのが分かった。
「……やるじゃねぇか」
「私って、銃の才能あったりします? 」
「……否定はしねぇよ」
「おや? もしかしてリャンさんより上手かったり? 」
「…………驕るな」
口角をあげて目を輝かせる彼女の顔を見て、少しイラッとした。
だが、正直に言えば彼女にこれ以上の射撃練習は必要ないだろう。
「なら、次はこっちの訓練だな」
「はい? 」
間抜けな声が答えた。
俺は彼女からハンドガンを奪い取り、その勢いのまま背負投げをした。
地面を踏みしめ、力いっぱいに冷たい地面に叩きつける。
(オラァ! 舐めんなやクソガキ!)
とってもスカッとした。
▼▽▼
何回地面に叩きつけられただろうか。何回蹴られただろうか。何回殴られただろうか。
もうなんか色々と辛くなってしまい、涙が溢れてしまいそうだ。
目の裏が熱くなり、鼻をすする。
そんな私の様子を見て、リャンさんはやっと休憩を取らせてくれた。
「今回のルール的に、いくら『交渉』ができると言っても戦闘は避けられないだろう。最低限は護身術を身につけてもらいたいんだが」
「頑張りはしますが、あまり期待はしないで下さい。それよりも、役割分担をした方がいいかもしれません」
差し出された水を受け取り、口をつける。
少し生臭い匂いのする水だったので、あわてて鼻を抑えて一気に流し込んだ。
「と、言うと? 」
「私は交渉担当兼、ブレーン。リャンさんは戦闘担当兼、私の護衛。話が通じる相手には私が対応しますので、リャンさんには頭のおかしな人の対応をお願いします」
「面倒くさい事を押し付けるな。 そもそもお前交渉とかできんのかよ」
「なんとかなる気しかしませんけど」
「言ったな。なら、試しに俺を交渉相手だと思ってシミュレーションしてみろ」
「…………わたしのいうことをきけ。ころすぞ」
「お前、二度とデケェ口叩くなよ」
思いっきり頭を叩かれた。
「交渉は俺がするし、戦闘があれば俺が前に出る。だが俺は凡人だ。常にお前を守れるとは限らないことは覚えておけ」
「適材適所ですね」
「ならお前の場所ねぇじゃねぇか」
「私には、リャンさん以上の射撃技術がありますので。天才ですから」
そう言って、指でピストルを作ってみせる。
ばーん!
一瞬、耳鳴りがした。
直後、伸ばした腕を掴まれて、何度目かの背負投げをされた。
今までよりも強い力で投げられたが、初めて受け身を取ることができた。それでも鈍い痛みが背骨を中心に全身に広がる。
細く目を開けると、リャンさんの冷たい視線が刺さった。
「やっぱり、お前『RB』を舐めているな。人死にが出るんだぞ」
「ら、らしいですね、さっきは驚きましたよ」
「その割にはふざけているように見えるが? まさか自分は死なねぇとか思ってるんじゃないだろうな!? 」
なぜか私よりも苦しそうな顔をする彼は、私の頬を掠めるように地面を殴った。
砂埃が目に入り、頬に鋭い痛みを感じる。
「死にたいんなら勝手に死ね。生きたくないならどっかに消えてろ。俺は自殺志願者に同情するような感情を持ち得ていない」
「────! 」
心の底からの怒りだったのだろう。
怒りというよりは、叱り。私が親から経験をしなかったものだ。
彼は、自分の目に見えるところで誰かが死ぬことが嫌だと言っていた。
きっと彼の過去に何かがあったのだろう。
この怒りは一種の優しさから来たものだということは、流石に分かる。
己の数秒前までの言動に酷く後悔をした。
私が全面的に悪い。それは間違いない。
だけど、勘違いをしないで欲しかった。
「──ふざけてる? 死にたい? そんなわけないでしょ……」
手を振り上げて、彼の身体をどかす。
「私は少し前までただの貴族でした。ただの出来損ないの貴族の娘です。それがレインさんに嵌められて、今はこの様です。貴族としての『特権』は奪われてしまい、命を失う可能性すらある違法なゲームに参加させられています」
痛む全身に鞭を打ちながら、ゆっくりと立ち上がった。
深呼吸をして、目の前の男と目を合わせる。
「死にたくないに決まっているでしょう……」
彼は何も言わずに私を見ていた。かなり背が高いので、至近距離だと私は見上げる形になる。
「──少し、ふざけてしまったことは謝罪をします。一種の現実逃避でしたが、非常に失礼な態度でした。本当に申し訳ありません」
全身に力を入れておかないと崩れてしまいそうな状態だ。
それでも、決定的にすれ違いをしてしまう前に、彼に伝えておかなければならない言葉があった。
足を揃え、手を伸ばし、私は生まれて初めて頭を下げた。
「私は何も知らない愚か者です ──どうか私に教えて下さい。私は1人だと何もできません──私と『RB』で一緒に優勝して下さい。私は死にたくありません──私を育てて下さい」
心からの願いだった。
「──私を、助けて下さい」
□■□
それからほぼ毎日、護身術の訓練をした。その全てにリャンさんは付き合ってくれた。
やがて2週間が過ぎ『RB』当日。
クダネス中心区から少し離れた場所に、私とリャンさんはいた。
耳元のインカムから、ノイズ混じりの声が聞こえはじめた。それは私たちに向けてのものではなく、観客に向けてのものだった。
(もうすぐはじまるんだ……)
緊張で胸が締め付けられ、息を上手く吸うことができない。
そんな私に気がついてか、隣の彼が声をかけてきた。
「お嬢、お前のことは死んでも守るから安心しろ」
「それは頼もしいですね。なら、このタイミングで予め伝えておきます」
「お? 告白──
「優勝をすると私は貴族に返り咲きます。"お嬢" 呼びは許されませんし、今までの蛮行は訴えます」
「フハハハハハ」
彼は高笑いをして、私の背中を叩いた。
「いいぜ? 訴えてみろよ」
「えぇ」
──だから、
私たちは互いに同じ言葉を続けた。
「死なないように」
「死なねぇように」
インカムのノイズが増した。周囲を飛び回る無人機からも音が聞こえはじめる。
(いよいよだ……! )
己の権利を取り戻すため、私は今から戦うのだ。
リャンさんのおかけで気分が晴れたからだろうか、その声を清々しい気持ちで聞くことができた。
『それではっ! 【杭血抗争】開始ですっ! 』
〇●〇
後にこの【杭血抗争】は、クダネスだけに留まらず、旧キュルべスタン王国全てに影響を与えるゲームとなるのだが、それはまだ誰も知らないお話。




