精霊と出会った場所
雨木は木材ダンジョンを飛ぶように駆けていた。
前を走る先輩冒険者、その背中を追いながら。
その先輩冒険者はクロベェと名乗った。
元は本名の黒部という名で活動していたが、ダンジョン省がイージス端末を導入した際、あだ名で呼ばれていたクロベエを文字ったらしい。
挨拶もそこそこに、地上では取引の話に入った。
だが雨木には、クロベェがダンジョン省職員の同席を嫌がっていることがはっきりと分かった。
そもそもこの取引は、クロベェがダンジョン省に持ちかけた話だと聞いている。
受け渡しが終わり、入金確認まで立ち合うのは当然だと雨木は考える。
(ん~……この人、あんまり取引とか慣れてなさそうだな。
……顔に出過ぎだ。
あからさまに嫌そうに対応するから、ダンジョン省の職員も困ってるじゃんか)
鷹見や他の職員が懸命に話題を振るも、クロベェはどうにも話しづらそうに言葉を濁していた。
その鷹見から事前に聞いたブリーフィングによれば、クロベェは四十に差し掛かる年齢の古株冒険者だ。
初期は単独でダンジョンに入り、その後、深淵十二紋候補にまで上がったチームへ所属していた。
だが、そのチームが深淵十二紋に選ばれることはなかった。
その際、メンバーの半数近くが引退を決意する。
クロベェも、その一人だった。
(……そしてモンスターカードを売りに出そうとして自爆。
その件で、残ったメンバーとも溝が出来た。
再起をかけて、あちこちのチームを渡り歩いて――結局、引退。
で、条件付きのこの取引か……。
俺が駄目で買えないなら、それは仕方ないと諦めもつく。
でも……職員主導で交渉されて……それで流れるのは、さすがにアホらしい)
「クロベェさん、すいません。
売ってもらえるかは置いておいて、後学の為に一度槍のレベル2スキルを見せてもらうことは出来ませんか?」
そう伝えたことで、流れが変わった。
クロベェは目を細めて雨木をじっと見ると、
「……じゃあ、せっかくだし。少しダンジョンに付き合ってくれないか?」
と言った。
そしてダンジョンへ入るなり、
「行きたい所があったんだ」
そう言って、クロベェは突然走り出した。
雨木は眉をひそめながらも、その背を追う。
――そうして、今に至る。
クロベェは現れた魔物を迅速に屠っていく。
まるで槍での戦い方を、雨木に見せるかのように。
その動きを見て、雨木は大体の事情を察した。
(……多分、膝だな)
決して弱くはない。
低階層に現れる単独の雑魚など、相手にならない強さはある。
だが、そこまでだ。
(所作、間合い、……勉強にはなる。
武器の使い方を教えてくれる所なんて無いからな。ありがたい、が……)
雨木には、目の前の男が単独でダンジョン十階層を攻略したとは思えなかった。
戦闘を繰り返しながら、クロベェは雨木を連れてダンジョンを進んでいく。
このダンジョンの最短ルートを通っていることにも、雨木は気づいていた。
手早く手帳にマッピングのメモを書き込みながら後を追い、必要に応じて雨木も戦闘を手伝った。
そして、四階層の途中でクロベェが足を止める。
薬草ダンジョンと同じく、この木材ダンジョンも木が生い茂るダンジョンだ。
だが、景色はかなり違う。
薬草ダンジョンが草木の密集した森だとすれば、木材ダンジョンは背の高い樹木が規則的に並ぶ林に近い。
足元を覆う草は少なく、視界も比較的開けていた。
周囲を見回したクロベェは、そのまま木々の隙間を縫うように奥へ入っていく。
雨木も急いで後を追った。
「……ここは?」
木々の間を身体を擦るように進み、抜けた先には、一か所だけ広場のように開けた空間があった。
背の高い木が立ち並ぶとはいえ、比較的見通しの良い木材ダンジョン。
だが、この場所の周囲だけは違った。
まるで、この空間を隠すかのように木々が密集している。
そして、開けた視界の先ではクロベェが振り返り、雨木を待っていた。
まるで、待ち伏せるかのように。
その姿に、雨木はわずかに身構えた。
そうするだけで済んだのは、槍の穂先が空を向いていたからに過ぎない。
もしそれが自分へ向いていたなら――
それが、そのまま始まりの合図になっていただろう。
冒険者とは、そういうものだと雨木は知っている。
だが――
「急かしたみたいで、すまない。
どうしても会話を聞かれたくなかったんだ。
入口付近だと、冒険者資格を持った職員が入って来るかもしれないし、
ダンジョンの中も、まだ人の出入りがある。
でも、ここまではそうそう入ってこない。
秘密の場所なんだ。
……俺が、モンスターカードを手に入れた。
……精霊と出会った場所なんだ」
出てきたのは、そんな言葉だった。
雨木より年上の男が、肩を震わせながら、今にも泣きそうな顔でそう言った。
「……そんな大事な場所に、俺なんかを連れて来て良かったんですか?
――それに、その……精霊……ですか?」
その姿に、雨木は何と言っていいか分からなくなる。
つい、とぼけるような言葉が口を突いた。
「誤魔化さなくても大丈夫。
モンスターカードを持っていると、分かるんだ。
それを持っているか、どうか。
それだけは、その感覚だけは……
カードを全部失っても、残ってた」
クロベェは唇を噛む。
「凄く……惨めで、情けなくなる……んだけどね。
馬鹿なことをしたって、
あんなことしなきゃ良かったって、今でも……後悔してる」
目の前の男が絞り出すように語る言葉を聞きながら、雨木は考えた。
(これは……どう対応するべきか、判断に迷うな)
もしかするとそれは、精霊の復讐なのかもしれない。
もしそうなら、この男に自分がモンスターカードを――精霊を連れていることを伝えて良いのか、雨木には判断がつかなかった。
どれだけ後悔していようと、この男がやったことが裏切りである事実は変わらない。
精霊には意思がある。
意思疎通も出来る。
そんな存在を金で取引する。
それが気分の良い話でないことくらい、馬鹿でも分かると雨木は思っている。
そして実際に、それをやろうとした者がいる。
その一人が、目の前のクロベェだ。
懺悔を聞けば、多少は同情心も沸く。
だが、所詮は他人だ。
取引相手になるかもしれない、それだけの存在に過ぎない。
味方する気にはなれない。
同情も、ごくわずかだ。
むしろ取引がなければ、見下していた可能性すらあった。
「……」
何と答えて良いか思いつかず、雨木は黙り込む。
だがクロベェは構うことなく喋り続けた。
「……同じように、持っていたことも分かるらしい。
……前に、指摘されたことがある。
……思いっきり、見下されもしたけど」
その言葉に、雨木は余計に言葉に詰まる。
見下した側の気持ちの方が、正直よく分かってしまったからだ。
「だから……君がそれを分からないのだとしても、そこは心配しないで大丈夫。
まだその段階じゃないってだけだ」
雨木の沈黙を不安と受け取ったのか、クロベェは諭すようにそう言った。
その意味は分からない。
だが何となく、今より先があることは分かる。
それだけでも大収穫だなと雨木は思った。
「手放さなければ……いずれその段階に至る、……と思う。
……へへっ、まさか本当に、条件に合う相手を連れてくるとはね。
実はさ、思ってもなかったんだ。
ダンジョン省が、約束を守るなんて。
だからその時は、適当に相手をして、
……そのうち、海外で売り飛ばそうと考えてた」
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
しばらくは週末(土日0時)更新を目標に進めていきます。
難しい週もあるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。
※追加で補足です。
黒部(本名)
クロベエ(元のあだ名)
クロベェ(活動名)
表記揺れではなく意図的に使い分けています。




