大人の世界
前向きに検討すると雨木が言うと、会議室内にはひとまず話がまとまりかけた空気が漂う。
それに合わせて、美濃原が腕時計を確認した。
「……そろそろ取引相手も来る頃だな。切り上げよう」
「まぁ待ちなよ。
最後に一つ、聞いておきたいことがある。あんたが教えてくれなかったからね」
席を立とうとする美濃原を、卯月がそう言って引き止めた。
その言葉に美濃原の顔が少しだけ、苦いものになったことに雨木は気付いた。
「そいつは『本人の許可がいる』って言って、教えてくれなくてね」
視線を向けると卯月は、顎で美濃原を示した。
「美濃原が言っていた、あんたの身近な小目標ってのは何なのか、聞いてもいいかい?
小目標ってことは、中目標も大目標もあるんだろう?」
終わりで構わなかった雨木だが、卯月の言葉に、美濃原が意外と律儀だと知る。
省内で、ある程度の情報共有がされるのは仕方がないと思っていた雨木だが、口の堅い人間は好ましく思えた。
そして別に、目標はあくまで目標でしかない。
自分の欲しいものが変わったなら、別に目標なんて変えて良い。
雨木はそう考える。
視線を向けると、美濃原も小さく頷く。
「それは俺も聞いておきたかった話だ」
「別に隠すほどの内容でもないので、言うのは構いませんよ。
とはいえ、あんまり広まっても困るんですけどね。
目標はあくまでも目標なんで、状況次第で変わります。
つーか、変えます」
そう伝えると、二人の幹部は後ろの部下たちへ他言無用を言い渡した。
もちろん、それをそのまま信じる気はない。
だが、仮に広まったら、この面子を相手に同じ話は二度としないだけ。
そう決めて、雨木は口を開いた。
「現状で小目標として動いているのは――
〝ゴブリンダンジョン十階層、単独突破〟ですね。
これに関しては、……仮に槍のスキルカードが手に入らなくても、やれます。
いや、……もうちょい時間は掛かるんだけど、出来ます。
今はその算段で動いてます」
そう言った後、室内にわずかな沈黙が広がった。
また鷲倉から何か言われるかと身構えた雨木だったが、二度目だからか、今度は何も言ってこなかった。
代わりに鷹見から、少し熱を帯びた視線を向けられる。
その視線が少しだけ気恥ずかしかった。
「ん、……期待している。
それを達成した場合の話だが……
お前があまり騒がれたくないのなら、そのダンジョンの人間には詳しいことを話さず、先にこちらへ連絡しろ」
「あぁ、その方がいいね」
卯月が引き継ぐ。
「客寄せパンダになりたくなければ、そうしなよ。
過疎ダンジョンの人間こそ、結果が出た時に大騒ぎをする。そんなもんだ。
勝手に祭り上げられて、思うように動けなくなった深淵十二紋の話。
美濃原から聞いてるんだろう?」
その言葉に、雨木は小さく頷いた。
マスコミに勝手に二つ名を付けられ、ダンジョン省と仲違いした深淵十二紋の話は、美濃原から聞いている。
人を呼び寄せたい過疎ダンジョン――ゴブリンダンジョン。
たしかに、その動きは雨木にも読めない。
下手に好き勝手にされるくらいなら、先に対応をダンジョン省へ委ねた方がまだマシだろう。
少なくとも、ゴブリンダンジョンの関係者全体に首輪は付けられる。
「――そうですね。そうします。
あとは……多分、聞いてもつまらないですよ。
中目標は、大きな怪我をせず冒険者を引退すること。
まぁ、唸るほどの金を稼いで、のつもりですけど。
で、大目標ですが。
惚れた女と添い遂げて、老衰でベッドの上で死ぬことですかね」
その言葉に最高幹部の二人の反応は無い。
だが、その二人を追っていた雨木の視界の端で、鷹見が頬に手を当て、わずかに頬を赤らめるのが見えた。
その反応に、雨木は一瞬だけ目を瞬かせる。
(……いや、まさか)
そんな考えが一瞬よぎる。
だが、すぐに頭を振った。
今はそんなことを考えている場合ではない。
雨木は思考を切り替えた。
今向き合うべき相手――考えの読めない美濃原と卯月へ、雨木は向き直った。
そして小さく肩を竦めた。
「つまんない目標ですよ」
と自虐するように、小さく呟く。
「いや、やりがいのある良い目標だと思う」
美濃原が珍しく即答した。
だが、卯月はそこで話を切り替える。
「……あんたという人間が、よく分かった目標だと思うよ。頑張んな。
だからこそ、出来ればこの後はさくっと取引を決めて欲しいもんだ。
……横やりが入る、その前にね」
「……その横やりっていうのは?」
卯月の言葉に、雨木が反応する。
「政治家の親族やその関係者。
同じく大企業のそれら。
深淵十二紋にとって代わる為に、手ぐすねを引いてる冒険者はいくらでもいるのさ。
下手に長引くと、そういった連中に口出しされる。
そんな隙を与える事になる」
穏やかな仮面を脱ぎ捨てた卯月の視線に、雨木はわずかに気圧されそうになる。
「それって……大丈夫なんですか? 譲る相手に条件があるって聞いてますけど」
雨木が言ったところで、卯月の視線が正面の美濃原へと向かう。
「そんなことを、いちいち気にしてくれると思うかい?
美濃原は譲る冒険者の気持ちを組んでやりたい。
あたしもなるべくなら、そうしてやりたいさ。
……だが、断れないように仕向けて来るに決まってる」
断れない取引はある。
それはどんな立場になってでも、同じだろうことくらいは雨木にも分かる。
ダンジョン省の最高幹部。
その椅子に座っているからこそ、相応の思惑や敵意も存在するのだろう。
(……あぁ、なるほど)
スケープゴート。
そこまで露骨ではないにせよ。
(当て馬にも、ちょうど良かったって訳か)
……少し伸びてきた髪をかき上げ、そのまま軽く頭を掻く。
そうしながら、雨木は美濃原を横目で見た。
美濃原は真っ直ぐこちらを見たまま、微動だにしない。
気の弱い者なら、思わず目を逸らすだろう。
その強い視線を睨むように受け止めながら、雨木は思った。
確かに、応援してくれてはいるのだろう。
だが純粋に、それだけでは済まない。
政治という、大人の世界。
美濃原も、卯月も、そこで戦っている。
そして自分は、どこか中途半端だったことに気付く。
前職で、それを甘く見ていた自分は、気付けば追いやられていた。
(……勝てば官軍か。よく言ったもんだ。
でも、戦わないで……
自分だけ安全な場所で過ごしたいなんて……
そっちの方が、よっぽど綺麗事だよな)
雨木は小さく息を吐いた。
そして背筋を伸ばす。
「分かりました。色々ありがとうございます。
良い報告ができるように、誠意を持って対応します」
そう言って雨木は、長机に頭をぶつける寸前まで深く頭を下げてみせた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
しばらくは週末(土日0時)更新を目標に進めていきます。
難しい週もあるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。




