ほんの三分前の出来事
顔合わせの約束があるダンジョンに、雨木は予定より早く入ることになった。
道の駅で休憩中、美濃原から電話が掛かってきたからだ。
美濃原も、雨木が早く着いていることは予想していたようで、
「近くにいるのか? なら問題無い。そのまま向かってこい」
そう言った。
その言葉を半信半疑で来てみれば、手続きはあっさり前倒しで進んだ。
さすがは上級公務員。
こういう時、融通が利くのは結局権力だなと雨木は思った。
そして入場ゲートの先で待っていた鷹見と鷲倉に案内され、雨木はダンジョン周辺に設置された施設を進んでいた。
向かっているのは更衣室でも、事務室でもない。
ダンジョンに入って顔を合わせる、のではなく外の施設で話をするらしい。
そのことに、少しだけ雨木は拍子抜けした。
念のため、必要な装備は一式持って来ている。
ここは通称、木材ダンジョン。
ダンジョン内は森林区域が続き、木材がよくドロップすることで人気のあるダンジョンだ。
さすがに建築資材になるほどの量は取れない。
だがダンジョンから持ち帰られる木材は、武器防具の素材として研究されているため、それなりの価格で取引されているという。
家具や木工製品としても需要があるらしい。
現在も安定して多くの冒険者が出入りしているダンジョンだと、雨木は知っていた。
だからこそ装備も持って来たのだが、どうやらその必要は無さそうだった。
それだけに少し肩透かしを食らった気分でもある。
そして、これから会うのは顔合わせの相手ではないらしい。
早く呼ばれたのはその前に、やはり美濃原から話があるからだという。
そして、もう一人。
美濃原と同格の幹部が同席するらしい。
(まーた、不意打ちじゃねーか。ふざけんなよ、ったく。
……まぁ、なんかあるとは思ってたけど)
そのことを不満に思う雨木ではあったが、それを口に出すことは我慢した。
社畜時代に培ったノウハウで、必死に顔面へ笑顔を貼り付けて対応することにした。
前回、美濃原と同格の幹部である狼山と会った時も、不意打ちだった。
それに比べれば、先に聞かされただけまだマシである。
それに、このダンジョンへ到着してからの自分を思い返せば、あまり強く文句も言えなかった。
少し浮かれていた自覚はある。
その結果、ちょっとした悪戯心まで芽生えてしまったのだから。
鷲倉がノックをし、扉を開く。
そこは会議室だった。
椅子と長机が四角く並べられた、ごく普通の会議室。
だが、その空気はまるで違う。
入り口から見て奥ではなく、左右に陣取るように幹部たちは座っていた。
まるで睨み合うように。
右手には美濃原が腕と足を組んで座っている。
その後ろには男が二人。背後を守るように立っていた。
雨木と目が合った美濃原は、小さく一度だけ頷く。
そして顎で対面を示した。
先に向こうへ挨拶をしろ。
そう受け取った雨木は、そちらへ向き直る。
「初めまして、冒険者ネーム・アマギです。お待たせして申し訳ありません」
別に雨木が二人を待たせた訳ではない。
予定より早く呼ばれただけだ。
だが、それを今言う意味はないだろう。
背筋を伸ばし、頭を下げる。
その先にいるのはダンジョン省四天王、卯月。
四人の最高幹部の中で、唯一の女傑だ。
その後ろには四人の男女が立つ。
雨木が頭を下げると同時に、鷹見と鷲倉が室内に入っていく。
美濃原の側へと。
その動きを、足の動きで追いながら雨木は随伴員の数まで揃えてるのかよとうんざりする。
雨木の経験上、こういう細かいところまできっちりしている組織は手強いからだ。
ダンジョン省こと、特殊空間管理省。
日本にある最も新しい省庁。
簡単ではないことは知っていた。
だが、これからそこの最高幹部と対応するのかと思うと、面倒だなとしか思えなかった。
そして卯月の声が響く。
「いいさ、座りなよ。そんなことより、話をしよう。
次の予定がある。時間がない」
その声に雨木は顔を上げた。
言われた通り、次の顔合わせがある。
面倒なことはさっさと済ませたかったから。
だが、直ぐに言葉が紡がれる。
「あぁ、あとそこの鷹見だったか。
あんたは別に、そこの坊やの隣に座ってもいいよ。
で、手を繋いでてやんな。きっと、急に呼び出されて、心細いだろうからさ」
その言葉に雨木は、顔に熱が篭るのを感じた。
手を繋ぐ。
それこそが雨木が出した悪戯心だったからだ。
このダンジョンに入って直ぐ、鷹見と鷲倉と合流した時のことだ。
出迎えた二人に挨拶をしようとした雨木は、先に鷹見に両手で手を包みまれた。
そしてそのまま先に挨拶を始められてしまったのだ。
これにはさすがに、雨木も驚いた。
その時、視界の端では鷲倉が盛大に顔を顰めているのも見えていた。
綺麗な顔が台無しだな、と雨木は場違いなことを思っていた。
だが、鷹見はなぜかなかなか手を離してくれなかった。
そこで悪戯心が芽生えた雨木は、そのまま何事もない顔で歩き出すことにしたのだ。
案の定、鷲倉が頭を抱えているのが横目に見えた。
一方の鷹見も、自分が手を繋いだままだと気付いたらしく、顔を真っ赤にして俯いた。
なので直ぐに手を離した。
そんな悪ふざけをしたのはダンジョンの入り口でのことだ。
そして改めて挨拶を交わし、ここへ真っ直ぐに向かって来た。
ほんの短いやり取り。
それを、この会議室で待っていたはずの女が皮肉る。
まだ三分も経っていない。
先に誰かが走っていった訳でもない。
雨木は思わず卯月の顔を見た。
そこにいるのは人の良さそうな笑みを浮かべる、美濃原と同年代の女性。
誰かが報告したのか。
どこまで知られているのか。
そんなことを考えた時点で、相手の思う壺なのだろうと雨木は察した。
ちょっとした先制パンチを喰らった気分だった。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
しばらくは週末(土日0時)更新を目標に進めていきます。
難しい週もあるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。




