普通の男がいない理由
鷲倉と鷹見が直立で並ぶ、その前で。
美濃原は椅子に座ったまま電話をかけていた。
イージス端末から、ツーツーという音が鳴る。
部署の人間はほとんどが帰り、今は三人しか部屋に残っていない。
その中で、スピーカーから流れる音だけがやけに響いていた。
鷲倉には、鷹見が何をそんなに照れているのか理解できなかった。
鷹見が雨木を推して進んだ話だ。
少なくとも、それを伝えていれば、そこまで拒絶されることはなかったはずだ。
鷹見が雨木を気に入っているのは知っている。
ポンコツ風味の鷹見は、失言をぽろっと漏らすからだ。
雨木との初対面で、美人と言われて舞い上がったらしい。
「そんなことで?」とは思うが、少しだけ気持ちは分かる。
美濃原の傘の下に移った今でこそ減ったが、
一般の省職員だったころ、鷹見はよくセクハラを受けていた。
鷲倉にもあったが、鷹見の方が圧倒的に多かった。
隙が多い。
だから、ズルい男に目を付けられる。
男受け、などと言っても実際は身体目当てが大半だ。
そんなことは鷲倉もよく分かっている。
省内にも、そういう男は多い。
だからあの時、雨木の何気ない一言が嬉しかったのだろう。
人を好きになる理由なんて、案外そんなものだ。
ポンコツだが、鷹見は容姿は良い。
胸も、尻も平均以上で、ただでさえ人目を引く。
――そういうところも、気に入らない。
だから素直になって、相手の男にも冒険者なんて辞めさせて、
さっさと結婚でも何でもしていなくなればいい。
そんなことまで思ってしまう。
ちょっと文句を言うついでに、軽く焚きつけてやろう。
そう思い、口を開こうとした瞬間。
「あのですね! 雨木さんには多分悪気なんてなくてですね!
これは! 何かの間違いだと思います!」
停止していた鷹見が、突然動き出して喋り出す。
捲し立てる。
ようやく状況が理解できたらしい。
(遅いし、フォローにもなってないし……)
鷲倉は内心で頭を抱えた。
「何のことだ? 携帯電話が切れるなど、よくあることだ。
取り立てて騒ぐほどでもない」
美濃原は特に慌てる様子もなく、リダイヤルをする。
……が、雨木のイージス端末が呼び出し音を鳴らすことはない。
(……あのアホ男は……なんで電源を落としてるのよ……)
目の前にいれば、自分よりも遥かに背の高い男だが、頭の一つもはたいてやるのに。
そう思うが、いないものはどうにもならない。
鷲倉は歯を噛みしめ、怒りを押し殺した。
「え~っと……その……ですねぇ……
あ、もしかしたら、雨木さんのイージス端末の故障……とか……じゃないですかね」
その横で、鷹見が必死に言葉を探す。
だがどうにも要領を得ない。
ポンコツは通常運転だった。
呆れはするが、必死な姿を見ると情も湧く。
何か言ってやろうかと考えたが、上手い言葉は思いつかなかった。
「何を気にしているかは知らんが、こいつが生意気なのは想定内だ。
こんなことで目くじらを立てる気はない。少し落ち着け」
美濃原は淡々とした口調でそう言った。
血も涙もない。
省内はもちろん、省外の関係者からもそう言われている男だ。
その男から、そんな言葉が出てくるとは思っていなかった。
鷲倉は少し唖然とする。
――そして、好奇心が勝った。
立場を考えれば、聞くべきではない。
それでも、気がつけば口をついていた。
「あの、どうして、この男を……その、優遇するんですか?
もちろん冒険者として優秀なのは分かります。
……最初は、あまりそうは思いませんでしたけど。
単独で八階層のボスを倒せる冒険者なんて、そうはいません。
でも……美濃原さんが、そこまで目を掛けるほどの存在だとは思えません」
美濃原は、細めた目で鷲倉を見る。
ただ、それだけだ。
だが、それだけで。
鷲倉は心臓を握られたような錯覚を覚える。
それでも必死に耐え、鷲倉は返答を待った。
美濃原は一拍置き、口を開く。
「優遇か……そう取るのは仕方がない。
――だが、根本的に勘違いしているようだな。
俺たちが本当に相手にしなければならないのは、冒険者ではない。
ダンジョンだ」
そこで一度、言葉を切る。
「それを前提に考えろ。
良い冒険者とは、ダンジョンの最先端を進む者か?
――もちろん、そうだ。
だが、それは馬鹿でも出来る」
美濃原は席を立ち、窓際へと移動する。
ブラインドを指で押し上げ、外の景色に目を向けた。
「俺たち特殊空間管理省にとっての“良い冒険者”とは何か。
それは――会話が出来る冒険者だろう。
あるいは、提案できる冒険者、と言い換えてもいい」
開いたブラインドの隙間。
その向こうの夜の闇に、美濃原の眼だけが映っていた。
その眼が、鷲倉を覗き込む。
覗き込まれたまま、言葉が続く。
「弱い冒険者の言葉に、聞く意味はない。
中身のない会話など、時間の無駄だ。
だが、強いだけ。
そんな獣の言葉を、人間が理解できるわけもない。
状況を言語化して、きちんと伝えられる冒険者が、この先には必要だ。
俺はそう考えている。
あとは、さっきの会話を聞いての通りだ。
狼山が問い、こいつは――雨木は中身のある答えを返した。
そして、それは先の会議で通った」
そう言うと、美濃原は振り返り、自分の椅子に戻る。
「それが全てだ。
会議で通った以上、他の幹部も接触してくる可能性が高い。
俺はあれを、目の届かないところで死なせたくはない。
――鷲倉」
「は、はいっ」
背もたれに身を預けたまま、美濃原は言う。
「――答えになっていたか?
納得はしなくてもいい。だが、働いてもらうぞ?」
「――はい」
失言だったかもしれない、と少し後悔もあった。
だが、聞いて良かったとも思う。
鷲倉の返答に、美濃原は
「――期待している」
と、言った。
その言葉が妙に嬉しかった。
だが、
「――鷹見」
「はっ、はい」
「――お前もだ。しっかり頼む」
続けて鷹見にも言う。
それが、少し面白くない。
だが、美濃原の言葉は止まらない。
「どちらにしても、この話は明日に回したくない。
引退する冒険者の件もだが、明日以降に回せば、他が口を出す隙を与えることになる。
――二人とも、後ろを向け」
そう言われた。
訳も分からず、鷹見と二人で回れ右をする。
背後で、美濃原がキーボードを叩く音がした。
「もういい。もう一度待機だ。出るまでかける」
振り向くと、美濃原は再びイージス端末を手にしていた。
そしてリダイヤルをかける。
相手は、冒険者――雨木楓真。
電源を落とされていたはずの端末。
それにもかかわらず、コール音がスピーカーから響いた。
その事実に、鷲倉はドン引きした。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
しばらくは週末(土日0時)更新を目標に進めていきます。
難しい週もあるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。
……というつもりでしたが、どうにもキリが悪くなってしまったので、今週は月曜日0時にもう一話投稿します。
来週以降は土日0時投稿に戻す予定です。
いつもと違う流れになりますが、よろしくお願いいたします。




