普通の男のいない場所
鷲倉 桃花は、霞が関にある特殊空間管理省、その一室にいた。
外部監察官である美濃原と、その部下が使用している部屋だ。
鷲倉は最近、その部署へ異動になった。
鷹見 柚羽という、外見だけは良く、男受けのいい、気に食わない女職員と共に。
美濃原は外部監察官という肩書を持つが、それは仕事の一部に過ぎない。
現在のダンジョン関連の問題、その四分の一以上を担っている男だ。
職員たちは彼を畏怖し、ダンジョン省の四天王と影で呼んでいる。
その美濃原は、立場の割に妙にフットワークが軽い。
一つ所に留まることは少なく、監察官の名の通り、職員のいる場所へ気まぐれに顔を出す。
主がそういう男だからか、監察官直属の部下も動き回ることが多い。
配属されてからというもの、鷲倉は一人、もしくは鷹見と二人きりでいる時間がほとんどだった。
担当は要観察冒険者の対応。
外部監察官、その肩書はそういう意味も含んでいる。
美濃原の持つイージス端末の通話が、
鷲倉の目の前で、一方的に切られた。
まだ話の途中だった。
スピーカーから、ツーツーという音だけが虚しく流れる。
この男に、こんな態度を取る者はいない。
鷲倉はそう理解している。
元公安の経歴を持ち、上級公務員として競争を勝ち抜いてきた男。
百九十センチを超える長身と、釣り上がった目と口。
その威圧的な雰囲気から、マムシの美濃原と呼ばれている。
鷲倉は異動になり、最近は少しだけ慣れてきている。
だが一般職員や冒険者にとっては怖くて仕方のない存在だ。
(何やってるのよ〜、あのアホ男は……)
鷲倉は電話の向こうの相手を知っている。
美濃原の部下になってから、接点の多い男。
この電話は、鷹見の要望でかけたものだ。
夕刻、要観察の冒険者の一人がダンジョン省を訪ねてきたという連絡が入った。
外部窓口からの連絡を受けた鷹見が対応をした。
内心で鷹見をよく思っていない鷲倉だが、さすがに女性一人を男性冒険者と二人きりにする訳にはいかない。
残業し、話が終わるのを待つことにした。
結果として正解だった。
話は予想以上に重く、訪ねてきた冒険者は引退を口にした。
そして所持している特殊な装備品。
スキルカードを、単独でダンジョンに潜る後輩に譲りたいと言った。
鷲倉と鷹見。
その条件で共通する冒険者の知り合いは一人しかいない。
都合よく、美濃原はこの時間まで会議に出ていた。
二人は戻るまで待ち、相談することにした。
鷲倉はさすがに共通の知り合いとはいえ、雨木には勿体ないと思った。
だが鷹見が強行に雨木を推し、美濃原が承諾したことでこの話は進んでしまう。
鷲倉は隣に並んで立っていた鷹見へと、目を吊り上げて視線を向けた。
その鷹見はというと、ぼんやりと視線を宙に漂わせたまま、動かない。
その姿に、鷲倉は無性に腹が立った。
この女はオンとオフの差が激しく、周囲からはポンコツ扱いされていた。
先ほどの会話を理解しているのかすら、怪しい顔をしていた。
電話が切られる直前。
『話がうますぎる』と、その冒険者は不審を口にしていた。
それはそうだろう、と鷲倉も思う。
相場より遥かに安い価格で『スキルカード』を手放すという。
気に入れば、という条件付きとはいえ、それでも破格だ。
鷲倉は、この雨木という冒険者が嫌いなわけではない。
だが年齢の割に言動が幼く荒く、どこか信用できなかった。
もっと気に入られそうな、感じの良い冒険者に話を振るべきだと思っていた。
それでも鷹見は押し、美濃原が認めた。
だが鷹見が電話をかけても出なかった。
出ないなら、この話は終わり。
鷲倉はそう思った。
だが美濃原は、自分にも電話をかけろと言った。
面倒だとは思ったが、それで雨木が電話に出れば。
鷹見に――自分の電話には出たぞ、と伝わる。
――普段はポンコツ風味の鷹見だが、書類仕事の処理は異様に早い。
一緒に働く時間が増えれば、見えてくるものもある。
そういうところだけは評価していた。
それでも同性、張り合う気持ちは根強い。
――だが、自分の電話にも雨木は出なかった。
わずかに落胆したが、何か用事でもあるのだろう。
それは仕方がないことだ。
時刻はすでに夕刻を過ぎ、夜の帳が完全に落ちている。
電話の向こうにも生活がある。
その程度のことは、鷲倉にも分かっている。
もう一度だけリダイヤルをし、「出ません」と言葉にして伝えた。
美濃原は一つ、ため息を吐いた。
そして自分の端末を取り出す。
――イージス端末。
ダンジョン攻略のためにのみ一般へ解放された、軍事機器。
省の人間であれば、これを持つ者の立場は嫌でも理解させられる。
「出るまでかける。そのまま待機だ」
そう言うと、美濃原は通話をスピーカーに切り替え、淡々とリダイヤルを繰り返した。
(……こういうことするから、相手は引くのよ)
鷲倉は内心でそう思ったが、何も言わずその様子を見守る。
四度目のリダイヤルで、雨木は電話に出た。
その会話もスピーカー越しに、鷲倉と鷹見で聞いていた。
だが途中で、鷹見が会話を遮るように口を挟む。
美濃原は、雨木を安心させるために、鷹見がこの話を持ちかけたのだと伝えようとしていた。
だが鷹見は、なぜかそれを遮った。
会話は打ち切られ、直後に電話は一方的に切られる。
鷲倉はそれを、鷹見が余計なことをしたせいだと、そうとしか思えなかった。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
しばらくは週末(土日0時)更新を目標に進めていきます。
難しい週もあるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。
……というつもりでしたが、どうにもキリが悪くなってしまったので、今週は月曜日0時にもう一話投稿します。
来週以降は土日0時投稿に戻す予定です。
いつもと違う流れになりますが、よろしくお願いいたします。




