普通の顔
「……じゃあ、店を決めたら住所を送りますんで」
「よろしくお願いします。では、また夜に」
熊澤からの電話は、酒の席への誘いだった。
担当として、八階層ボスの単独突破を祝いたい――そんな名目だ。
もっとも、それは口実だと雨木は知っている。
ゴブリンダンジョンの休憩室で、周囲に――
特に自衛隊員たちに熊澤が「やるべきだ」と煽られていた。
その場にいたからだ。
切った電話の向こうからも、聞き覚えのある自衛隊員の声が漏れていた。
周囲の空気を断ちきれず、電話してきたというのが実際のところだろう。
雨木としても、悪くないタイミングだった。
二日も家に篭っていれば気も滅入る。
そろそろ諦めて、他の事に手を付けようと考え始めていた。
だからその流れに乗った。
待ち合わせた二人は、予約していた店に入る。
個室に通され、向かい合って座った。
とりあえず、という形でビールを頼む。
グラスが運ばれ、軽く掲げた。
「ではとりあえず……乾杯ということで」
「はい、乾杯」
軽く合わせて、一口。
その直後、熊澤がぺこりと頭を下げた。
「すいません。こちらから誘ったのに、お店の予約までお任せしてしまって」
「いや、気にしないでください。
個室で話したいのはこっちの都合なんで、当然ですよ。
ダンジョンの話は大っぴらにできませんからね」
そう言うと、熊澤は少しだけほっとしたように笑った。
流れで電話してみたものの、ここまでスムーズに進むとは思っていなかったのだろう。
電話越しに感じた戸惑いが、思い出される。
警察官で、担当ではあるが、熊澤はダンジョンに入る資格を持たない。
無資格者だ。
普通に生活していれば、有資格者と酒を飲む機会などまずない。
それは仕方がない。
だが雨木と熊澤が顔を合わせれば、話題はどうしてもダンジョンに寄る。
ダンジョンの話は、人に聞かれていいものではない。
人目を避ける必要があるのは、雨木の側の事情だ。
店の予約も、特に手間ではない。
イージス端末のアプリで、冒険者向けの店はすぐに見つかる。
個室で絞り込めば、選択肢も限られる。
それだけだ。
食事のメニューを頼み、二人は飲み始める。
何度も顔を合わせているが、ダンジョンの外で二人きりなのは初めてだ。
知り合いではあるが、共通点はダンジョンだけ。
会話は自然と、探り合いになる。
熊澤は踏み込みすぎず。
雨木もまた、深くは踏み込まない。
だから話題は、無難なところを行き来する。
学生時代の話。
部活の話。
通っているスポーツジムの話。
表面だけをなぞるような会話が、しばらく続いた。
やがて熊澤が、グラスを持ったまま少しだけ間を置く。
「……少し、意外でした」
「……え? 何がですか?」
熊澤の言葉に、雨木は首を傾げる。
「スーツなんだなって。
ダンジョンでの格好しか知らなかったので」
「あぁ……一応、社会人だったんで。
これが一番多いんですよね、持ってる服」
雨木は元会社員だ。
一番長く着ていた服は、スーツになる。
私服もあるが、どれもカジュアル寄りだ。
今日は熊澤の仕事終わりの約束だ。
ラフすぎる格好は、さすがに避けたかった。
「自分では今も、一番馴染んで着やすいんですけど……。
なんか……変ですかね?」
ほんの数か月前は毎日着用して仕事に行っていた格好だ。
だからコメットとの席でも同じく、スーツで行った。
ダンジョンに入るようになって、着るようになった作業服よりは、
今も違和感がない。
だが面と向かって言われると、
もしかしたらそれは自分だけで、
人から見ればどこかおかしいのかと、少しだけ不安になる。
「いえ、……すいません、変、とかではなく……
そうしてると冒険者には見えないな、って思いまして」
「あぁ……なるほど。
でも、さすがに外で『冒険者でござい』って格好で歩く勇気はないですよ」
「フフフ、それも、そうですね。
意外と皆さん、普通の格好で歩いてるんでしょうね」
「はは、なるほど。
意外とそこいらにいるかもしれないですね、冒険者って」
他の冒険者のことなど、雨木はあまり気にしていない。
そんな発想はなかったな、と少しだけ面白く思った。
だが熊澤にとっては、少し違う。
意外だったのは、想像以上に雨木が普通だったことだ。
熊澤は、若い頃の――空手時代の雨木の逸話を知っている。
そしてそれが、後輩による誇張ではないことも理解している。
過疎のゴブリンダンジョン。
――でなくとも、単独でダンジョンを進む者は珍しい。
いないわけではない。
単独で潜り、深淵十二紋に名を連ねる者もいる。
それに憧れ、真似をする者もいる。
だが、その多くは成果を出せない。
稼げないのが普通だ。
雨木は、ここ数か月でダンジョンに入るようになった新人だ。
本来なら数人で入り、慣れてから。
装備を揃えて、ようやく単独に移る。
だが雨木は違う。
最初から単独でダンジョンに入っている。
そして、担当しているゴブリンダンジョンだけでなく、
他のダンジョンにも足を伸ばしていることを、熊澤は知っている。
それだけのことをしている男が――
目の前では、街に溶け込んでいる。
待ち合わせ場所でも、声をかけられるまで気づかなかった。
それほどまでに、違和感がなかった。
だからこそ、驚いた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
2026/4/3
四席(ダンジョン省四天王)の一人『狗道』を『狗藤』へ名称変更しました。
狗藤・卯月・狼山・美濃原が正しい名称となります。
誤字報告ありがとうございました。いつも助かっています。
また、まもなく130万PVに届きそうです。
ひとえに読んでくださっている皆さんのおかげです。
ブックマーク、評価、ポイントを付けてくださった方々、本当にありがとうございます。
反応をいただけると、とても励みになります。
基本的に読みやすさを優先したいと考えているため、
あとがきもなるべく簡潔にしたいと思っています。
あまり記載はしていませんが、心より感謝申し上げます。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。




