普通の顔のこちら側
だからこそ、驚いた。
内心のどこかで、冒険者を粗暴な社会不適合者として見ていたのかもしれない。
だが現れた雨木は、普通だった。
拍子抜けするほどに普通で。
どこにでもいそうな、少し体格の良い会社員だ。
それが、どこか怖く感じられた。
だが不思議と、それは気味が悪いものではなく、むしろ惹かれていた。
想定していた「危険」が見えない。
そのことが、かえって熊澤の心を跳ねさせた。
それはまるで、熊澤が考えていた理想の結婚相手の姿、
……にかなり近かったから、かもしれない。
熊澤という女性は、実は結婚願望が強い。
とくにダンジョン勤務に配属されてから、その気持ちは強くなった。
忙しい仕事に、少ない出会い。
警察官に、自衛隊員、そして冒険者。
知り合う異性は、そんな連中ばかりだ。
同じ職場の警察官とは、結婚なんて考えられない。
同じ公務員でも、自衛隊員とはどこか壁があった。
冒険者はそもそも数が少なく、来たとしても粗野で横柄な男が多かった。
最近の一番の外れは、三十歳を過ぎて冒険者になったという元空手家の男だろう。
後輩を庇ったばかりに、その男の新人研修を引き受けたことを後悔することになる。
……筈だった。
男女問わず職員に対する言葉遣いは折り目正しく、受け答えも冷静で、そこに凶暴性は一切感じない。
だが、空手時代を知らないはずの自衛隊の精鋭に、一目で強さを感じさせる佇まいだった。
単独でダンジョンに入り、周囲が驚くほどの成果をあげて帰ってきた。
……結局、後悔はしなかった。
むしろ、庇った後輩から交代したことに不満を言われるほど、雨木という男は優秀だった。
それでも、それはダンジョンの中での冒険者としての評価に過ぎないと、熊澤は思っていた。
だからこそ、聞いてみたくなった。
「……雨木さんは、いつまで冒険者を続けるつもりなんですか?」
「……えーっと。
……なんか面接みたいですね」
つい熊澤の口から零れた言葉に、雨木は苦笑いを返す。
「す、すいません。
……答えにくかったですか?」
「……まぁ、答えにくい……かな?
担当の熊澤さんには悪いですけど、あんまり長くはやりたくない仕事なんで。
正直、稼げるだけ稼いだら、早く辞めたいですね。
辞めて普通に、命の危険のない仕事に戻りたいです」
「……現実的ですね」
熊澤が思っていた答えと、返って来た答えは違った。
もっと野心的な言葉か、あるいは曖昧に濁されると思っていた。
だが返ってきたのは、拍子抜けするほど現実的な答えだった。
「そりゃまぁ、危ないですからね」
雨木は肩を竦める。
「死ぬ可能性があるって分かってて、ずっと続けたいと思うほど、俺は冒険者って仕事に夢見てないですよ」
淡々とした口調。
そこに気負いはない。
伝えるかは迷った雨木だが、一度言ってしまったからか、よどむことなく言葉を続けた。
「もちろん、稼げるのは魅力ですけど。
その分、リスクもちゃんとあるって分かってますし」
そう言ってグラスを傾け、一口飲む。
「だから、ある程度稼いだら引きます」
区切りをつけた言い方だった。
まるで最初から、そこまでと決めているように。
熊澤は、その横顔を見つめる。
(思ってたより、全然……普通、なんだ、この人)
そう思った。
危険を正しく理解して、
無理をしない範囲で行動し、
得られるものを得たら、引く。
それは、あまりにも正しい判断だった。
だが、だからこそ、難しい。
それが出来ず、ダンジョン黎明期に冒険者の先達が大勢死んだ。
今も現在進行形で、冒険者は消費され続けている。
そのことを、ダンジョン勤務の熊澤は、よく知っている。
「……それで、良いと思います。
私は無資格者ですけど、資格を取ったからってずっとダンジョンに入る必要はないと思います。
雨木さんが、早く稼いで、冒険者を辞められるように、応援していますね」
自分の言葉が引き止めることにならぬように、熊澤は努めて笑顔を作ってそう言った。
「……ありがとうございます。
……まぁ、熊澤さんと会えなくなるのは、寂しいんですけどねぇ」
「フフ、……そういうお世辞も言ってくれるんですね。
……奇遇ですね。それは寂しいなと、私も思ったところでした」
お互いに、作り笑顔ではない、今日一番の笑顔を向け合う。
何となく良い雰囲気だと、互いに思ったその直後だ。
雨木がテーブルに置いていたイージス端末が震えた。
上向きに置かれていた端末には、「鷹見 柚羽」と大きく表示されていた。
直ぐに雨木が手に取ったため、見えたのは一瞬だった。
だが熊澤の目には、「柚羽」という文字がしっかりと映る。
「出ないんですか? 構いませんよ?」
かかってきた相手が女性だと分かり、何となく面白くない気分になった。
言い方がきつかったかもしれないと考え、少しだけ気まずくなる。
そのままグラスを傾け、酒で誤魔化した。
「いえ、お酒を飲んでるときに対応する相手じゃないんで」
雨木は電話を取らず、切れた後、今度は伏せるようにテーブルへ置いた。
だが即座にもう一度、端末が震える。
雨木は震える端末を嫌そうに見る。
熊澤は、女性からの電話だから出ないのかと勘ぐった。
互いに無言のまま、電話が切れる。
だが直ぐに、端末がまた震えた。
面倒くさそうに再度イージス端末を捲り、名前を確認する雨木。
その画面には、今度は『鷲倉 桃花』という表示が見えた。
「出た方が良いんじゃないですか?」
それが、自分でも驚くほど冷たい声だと分かった。
別の女性から、続けてかかってくる電話。
そういえば雨木は、ダンジョンに女性を連れて来たことがあった。
酒と雰囲気に流されて浮かれていたが、
もしかすると目の前の男は、女性関係にだらしない人なのかもしれない。
互いに出会いがないと、勝手に思い込み、
勝手に盛り上がりかけていた。
だが、それは間違いだと、ダンジョン勤務の熊澤は知っている。
冒険者は出会いが多い。
過疎のゴブリンダンジョンが特殊なだけだ。
冒険者同士はお盛んだという話は、
ダンジョンで勤務する者にとっては有名だった。
(……そういえば、それで冒険者なんて論外だと思ってたっけ。
浮かれてた私、ばかみたい……)
勝手に盛り上がり、勝手に冷める。
その変化は、雨木の目の前で、気づかぬうちに起きていた。
その雨木は、再び震えたイージス端末を見て、額に手を当てて天井を仰ぐ。
そして――
「すいません。やっぱり、少しだけ電話に出てもいいですか?」
「はい。あれなら、お開きにしてもいいですよ」
気持ちが冷めてきた熊澤は、少しだけ身を引いていた。
だが雨木は、
「いや、このタイミングで掛けて来るってことは、
もしかすると熊澤さんにも関係あるかもしれないんで。
すいませんが、少しだけいてもらえますか」
と、言った。
それまでの笑顔を、すっかり消して。
「……わかりました」
じっと見つめられ、強い口調で言われて、熊澤はそれだけ答え、視線を逸らす。
逸らした先、手にしたイージス端末には、
また別の名前が表示されていた。
『美濃原 道三』
熊澤は、その名前を知っていた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
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あとがきは簡潔にしたいと思っているため、あまり多くは書きませんが、心より感謝しております。
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