担当のあとさき
身体を起こした雨木へ、再び抱きつくように身を寄せてきた小鳥遊。
「……随分と甘え上手みたいだけどさ、ちゃんと公私の区別はつけてくれよな」
押し返そうと再び右手を伸ばしかけたが、雨木はその頭を軽く撫で、諭すように言った。
この関係は恋人同士ではない。
それだけは最初に線を引いていた。
小鳥遊も納得した上で、この関係を受け入れている。……筈の関係だ。
小鳥遊が自分を誘った理由は、ゴブリンダンジョンの担当を正しい形に戻したいという相談だった。
本来は自分が担当だった――それが彼女の言い分らしい。
正直、雨木からすればどうでもいい話だった。
美濃原の話で、担当など各ダンジョンが独自に設けている表向きの制度に過ぎないことも知っていた。
「それは警察の担当部署の話なので、俺に振られても困ります」
そう返すしかなかった。
むしろ、巻き込まないでくれと言いたかった。
話を聞けば、直前になって担当を熊澤と交代したらしい。
そこが、まず理解できなかった。
文句を言うくらいなら、最初から交代しなければいい。
なのに小鳥遊は、「熊澤さんはずるい」とだけ繰り返すばかりだった。
その挙げ句、次にダンジョンへ来た時、「担当を変えてほしい」と雨木から言ってほしいとせがんできた。
呆れるばかりだった。
(ガキと飲むんじゃなかった)
雨木は場を設けたことを少し後悔した。
結局、話を聞いても、空手をやっていた十年前に彼女と会っていたことは、まったく思い出せそうになかった。
そろそろ場を切り上げて帰ろうと考えた、その時だった。
〝コンゴーとギンジ〟という名前が、小鳥遊の口から零れた。
典型的な粗野な冒険者で、相手をするのも嫌だと小鳥遊は愚痴をこぼした。
その名前が引っ掛かった雨木は、小鳥遊へ少し踏み込んで尋ねることにした。
「それって……小鳥遊さん。
……実は結構、その冒険者のどっちかが気になってたりするんじゃないんですか?」
雨木はハイボールを一口飲み、少しだけ意地悪く笑って言った。
効果はてきめんで、小鳥遊は顔を真っ赤にして否定した。
そして、どれだけ嫌な冒険者なのかを饒舌に語ってくれた。
おかげで雨木は、労せずその二人の特徴を把握できた。
どちらも男性の二人組冒険者。
ギンジは百七十センチを少し超えるくらいのアンコ型の体型で、筋肉が自慢の中型剣使い。
コンゴーは百九十センチを超える長身。だが体型は細く、槍を使う。手足が異様に長いのが特徴らしい。
両者ともに言葉使いは荒く、態度も悪い。
なのに、ろくに魔石も持ち帰って来ないらしい。
その上、数日先までダンジョンの入場予約だけは取っているという。
……それに合わせて小鳥遊のシフトも組まれている、というのが一番の不満のようだった。
「……そんななんですよ!
好きになる訳ないじゃないですか!」
雨木が脳内で情報を整理しているその前で、小鳥遊は興奮したまま喋りきった。
そんな彼女のグラスが空になっていることに気づき、雨木は小鳥遊へ視線を向けた。
「もう一杯、頼みますか?」
そう尋ねると、小鳥遊は雨木の飲みかけのハイボールを勝手に手に取ると、そのまま飲み干してしまう。
仕方なく雨木は、自分の分も合わせてお代わりを頼んだ。
注文を終えると、しばしの静寂が訪れた。
雨木はその二人が、ゴブリンダンジョンのクソ競合だと判断し、心当たりを探った。
そんな雨木を、小鳥遊は上目遣いでじっと見つめていた。
だが、考え込んでいた雨木は、その視線に気づかなかった。
二人のいる個室に店員が現れ、空になったグラスと新しいグラスを交換して退室する。
店員が部屋を出る頃には、雨木の中で小鳥遊への評価が変わっていた。
(……まだガキみたいだけど、そんなのは昔、自分も同じだった話。
もうしばらくは、話し相手くらいにはなってもいいかな)
そう思えるようになっていた。
我ながら浅ましいとは思ったが、悩んでいたことが、小鳥遊のおかげで一つ前進した。
解決とまではいかない。
だが、何も情報がないままよりは、ずっと良い。
もし何も掴めなければ、鷹見に相談することも考えていた。
美濃原へ話が伝わることを覚悟した上で。
それがなくなっただけでも、かなり気が楽になった。
そう思うと、自然と顔の筋肉も緩む。
雨木は今日一番柔らかな笑顔を、自然と小鳥遊へ向けられた。
だがそれが、小鳥遊を勘違いさせることになる。
そのことまでは気がつかなかった。
「……っていうか知り合いなんじゃないんですか?
アマギは来たか? いつ来るんだ? って最初はずっと聞いてましたよ。
……皆に守秘義務がある、って返されるから最近は言わなくなりましたけど」
小鳥遊の言葉に、雨木はつい吹き出しそうになった。
自分も熊澤から、まったく同じ返答をされたからだ。
おそらく冒険者向けの返答の、定型文なのだろうなと雨木は思った。
なのに目の前のこの女は、ぺらぺらと饒舌に喋ったのかと驚いた。
だが、それを顔には出さず、薄く笑みを浮かべながら言った。
「いやー、知り合いではないですね」
雨木は苦笑しながら肩をすくめた。
「冒険者の知り合いなんて、ほとんどいないもんで。
そんなに特徴のある冒険者なら、多分忘れないですし」
そう言ってハイボールを一口飲む。
(……とは思うんだけどな。
向こうは俺を探しているのに、こっちは相手が誰なのかも分からない。
「忘れない」なんて、言い切れないのが困ったもんだ)
雨木は小さく息をついた。
「なんで、あるとしたら知らないうちに恨みを買ってる……とかじゃ、ないですかね」
「……買うようなこと、してるんですか?」
「別に普通に、一生懸命、頑張って魔物を退治して日銭を稼ごうとしているだけですけど。
でも何もしてなくても、
気に入らない。
それだけで目障りだって思う奴は意外といるみたいなんですよ、冒険者って。
……で、妨害したり、邪魔したり、足を引っ張ろうとしてくる訳で。
……昔の、俺の空手時代の最後を知ってる小鳥遊さんなら、どう対応するか、分かるでしょ?」
雨木が少し意地悪く言うと、小鳥遊の顔が少し曇る。
当時を思い出しているのだろう。
最後の試合を見ていたという彼女には、あの日の自分はどう映っていたのか。
それにも少し興味を覚えた。
「……黙って、やられる訳ないですよね?」
だが、雨木がそれを聞くより早く、小鳥遊が正解を口にする。
少しだけ気がそがれたが、なるべく明るく、笑い話に聞こえるように言った。
「ですねぇ。
おかげでダンジョン省の職員にも何度かお世話になってまして。
冒険者より、そっちの知り合いのが多いくらいです」
その言葉に小鳥遊が小さく笑う。
雨木も少し大きな声で笑い返した。
二人はしばらく笑い合い――
そして、しばし沈黙が落ちる。
小鳥遊が表情を引き締め、膝の上で握った手に力を込める。
雨木も、その変化に気づいていた。
「熊澤さんもそれ、知ってるんですか?」
「んー、職員の知り合いがいる、くらいは知ってるだろうけど。
別に担当だからって、他のダンジョンのことまで細かく話さないですし。
詳しいことは知らないんじゃないですかね?」
「だったら、なおさら担当失格じゃないですか。
私の方が絶対、雨木先輩の力になれると思います」
その言葉に雨木は思わず顔をしかめた。
またその話に戻るのかと、落胆したからだ。
「分かりました、証明してみせます。
コンゴーとギンジのこと、私、小鳥遊日向が調べて来ます。
もし、それで、上手くいったら、
……いったら。
私とお付き合いしてくれませんか?」
だが、その続きに小鳥遊が口にした言葉には、雨木も驚きを隠せなかった。
「……えぇっ~と、担当を変えて欲しいって話じゃなかったでしたっけ?
……お付き合い? 俺と? あなたが? 俺、三十過ぎてるんですけど?」
小鳥遊と自分は十歳違いだと、雨木は記憶していた。
それだけ年の離れた相手に、そんなことを言われるとは考えてもいなかった。
「……嫌ですか?」
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
集英社のコンテストに参加している関係もあり、締切前に前倒しで更新しました。
明日も0時に更新します。
変則的な投稿となりますが、お楽しみいただけましたら幸いです。
また、活動報告でもお知らせしましたが、引っ越しの予定が入ってきたため、落ち着くまで更新をお休みする予定です。
執筆自体は続けていきますので、私生活がひと段落したタイミングで更新を再開させていただきます。
再開後は、再び週末更新を目標に進めていく予定です。
更新が難しい週もあるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。




