買う理由
雨木が退室した後の会議室には、美濃原と卯月。
そして、それぞれの部下が男女一名ずつ残っていた。
鷲倉桃花は、美濃原の後ろに控えている。
先ほどまでこの場にいた他の部下は、雨木の立会人として取引の場へ向かった。
内心では、自分もそちらに付いて行きたかったと思わなくもない。
だが今は、沈黙したまま探り合う二人の最高幹部を見守るしかなかった。
紙コップに入った紅茶を卯月が一口飲む。
トン、と小さく机に置かれた音が、静まり返った会議室に妙に大きく響いた。
「……フン、油断も隙もないことだ。
だが、隠そうとしなかったところだけは評価してやるよ」
「……何のことだか分からんな」
対する美濃原は、すました顔を崩さないままブラックコーヒーを口に運ぶ。
その飄々とした態度に、卯月の目がわずかに細まった。
「抜かせ。
義理立てするふりをして、十階層単独突破を隠しやがって」
卯月の細められた目が、美濃原を射抜く。
「……だが、いいよ。半分だけ、協力してやるよ」
「……半分? ……どこまでだ?」
美濃原の声が、わずかに低くなる。
鷲倉は無意識に背筋を伸ばした。
「あんたの提案した、冒険者育成の為のマニュアル作り。
そこは賛成しよう。
だが、そのベースにあの小僧を使うのはやめな」
「それは難しい。
狼山は賛同しているし、狗藤も前向きだ。
狼山は、それなりの腕があること。度胸があること。
狗藤は、社会人経験があって金勘定が出来る冒険者、という条件だ。
二人が出す条件を同時に満たし、なおかつ話を聞く耳を持っている。
そんな冒険者は、今のところあいつくらいだ」
「そもそも、その前提が間違ってんだよ。
お前が作りたい育成マニュアルってのは何さ?
深淵十二紋を量産したいのか? 違うだろ?
自分一人じゃ大したことも出来ない癖に、口ばっかり達者なろくでなしを、
せめて死なない程度には育てて、多少稼げるようにしてやる。
その為のマニュアルを作りたいんだろう?」
「……そうだ」
「だったら、あいつは向いてないのは分かるだろ。
お前が手を貸さなくても勝手に動くし、興味があれば勝手に調べる。
そういう奴だ。
……まさか、あたしとあんた相手に会社の講釈を垂れる冒険者がいるとは思わなかったよ」
卯月の言葉に、鷲倉は内心で大きく頷いた。
雨木が饒舌に語った会社関連の制度や税法。
その冒険者向け制度を、他省と折衷しながら形にしているのが、この二人を含む最高幹部だ。
鷲倉からすれば、「誰に向かってそんな話をしているんだ」と突っ込みたくなる内容だった。
だからあの場では、また余計なことを口にしないよう、必死に声を押し殺していた。
しかもあの男は、そんな空気などどこ吹く風で、美濃原には女性向けの菓子を、卯月には男性向けの菓子を土産として置いていった。
あの飄々とした態度を思い出すと、鷲倉は今でも頭を一つ叩いてやりたくなる。
「くっくっ……そうだな。
あの時は――笑いを堪えるのが大変だった」
「……だが、面白い冒険者だってことは分かった。
まだまだ小僧みたいだけどね。
――だから、後ろの二人を貸してやる。
マニュアルは必要だ。
あの小僧の話を参考にするのはいい。
でも、そのまま使うな。
参考にならないね。死人をいたずらに増やすだけだ」
卯月はそう言うと、テーブルの上へ手をドンと置いた。
その音に、鷲倉の肩がわずかに跳ねる。
「だから半分、折れてやるよ。
あたしの名前で、追加で十階層攻略のマニュアル作りを提案してやる」
次の瞬間、美濃原の背から溢れる圧がさらに強くなったように感じて、鷲倉は思わず半歩だけ後ずさった。
「……くっくっく。悪くない提案だな」
美濃原が、ゆっくりとコーヒーを置く。
「ならば俺も、後ろの二人にそれを任せよう。協力してやる」
「抜かせ」
卯月は鼻で笑い、椅子の背に深くもたれ掛かった。
「本人の口から、そのうち伝わることを見越してた癖に」
そのまま二人は短く沈黙した。
だが、そのわずかな間が鷲倉には重くのしかかる。
そして、その空気を断ち切るように卯月が口を開いた。
「――なんにせよ、生きた情報が手に入るのは大きい。
お前が買う理由。
あたしも、この目で確かめさせてもらうよ」
卯月の言葉に、美濃原の背中が嗤った。
後ろから見ていた鷲倉には、そんなふうに見えた。
「フッ、残念ながら……
大した理由は思いつかなくてな。
馬鹿な話が出来る。
……だから俺は、あいつを死なせたくない。
どうやら、それだけのようなんだ」
そんな美濃原の言葉に、卯月は小さく肩を竦めた。
「まったく……男って奴は」
そう言いながら、卯月の口元もわずかに緩んで見えた。
その後、雨木が取引相手と共にダンジョンへ入ったとの報告が入り、鷲倉は内心で再び頭を抱えた。
(取引くらい地上で済ませなさいよ~~~)
残された職員を交えた打ち合わせが続く。
そして、しばらくして会議室の扉がノックされた。
「失礼します」
入室したダンジョン勤務の職員が、美濃原と卯月へ視線を向ける。
「ダンジョンに入場した両者、共に無事に帰還しました。
……また、取引は成立したとのことです」
その報告に、卯月が小さく目を細めた。
「――へぇ」
対する美濃原は、ただ静かに口元を緩めた。
(……ほんと、何考えてるんだか)
だが、この結果は間違いなく一歩前進だった。
省全体で見れば、ほんの小さなこと。
だが、自分の中では――
(……思ってたよりも大きなことに、関わっている気がする)
そう思った瞬間、鷲倉はわずかに息を吐いていた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
本日(7/20)が祝日であることを失念していたのですが、執筆に少し余裕ができましたので、月曜日ですが今週は追加で一話投稿しました。
集英社のコンテストに参加している関係もあり、月末までは前倒しで何話か更新する予定です。
コンテスト終了後は、少しだけ更新をお休みし、今後の構想を練る時間に充てようと思っています。
また、せっかく夏のコンテストも開催されていますので、久しぶりに新作にも挑戦してみようと考えています。
落ち着きましたら、その後は週末(土日0時)更新を目標に進めていく予定です。
難しい週もあるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。




