表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/20

第二話 暴食の権能⑤

「帝野さんも、悪魔に襲われたんだ」


 複写世界に戻った優人は、廃工場を出て、帝野が襲われている学校へと向かっていた。

 隣には、白と黒のドレスを見に纏う少女ーーネムがロングスカートの裾を持ちながら、足早に歩く。


「はい。空ちゃんが私の部屋を出て、すぐ襲われたんです」

「その悪魔、お前を狙ってたんじゃないのか?」


 肩越しに振り返ると、黒い蛇の頭に乗った千影が後ろをついてきていた。


「千影さん、僕たちも乗せてくれませんか? そのほうが早いですし」

「お前の右手と同じで、私以外が触ると死ぬぞ。第一、あんまり助ける気は起きないしな」

「なんで、そんなこと言うの⁉︎」


 ネムが頬を膨らませて、バタバタと手を振る。子供が地団駄を踏んでいるように見えた。


「私たちは閉じ込められたんだぜ? なんで、そんな奴を助けるんだよ?」

「それでも、助けに行かない方が後悔するので」


 間髪入れずに答えると、千影が黙り込む。不満そうに言ってはいたが、その表情は悪戯が成功したような笑みを浮かべていた。

 この答えを待っていたような気もするが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 実際、千影の言う通りだとは思う。

 結界のせいで数日も閉じ込められたのだ。そのせいで、テスト勉強は全く進まないし、千影に無理やり修行させられる羽目になった。


 だけど、駆けつけた時のネムの顔を思い出す。

 助けを求める必死な顔には、どうしても弱い。酷い目に遭わされたことへの不満よりも、見捨てた時に彼女が悲しむほうが、優人は嫌なだけ。ただ、それだけだ。


「ありがとうございます! 神凪さん」

「いえ、別に」


 大きな丸い目に涙を溜めながらお礼を言うネムに、優人はそっけなく返事を返した。


 そんな様子をニヤニヤと笑う千影の視線を無視して、住宅街を抜けると、見慣れた校舎が見えてくる。

 近づくにつれて、何かが衝突する音が漏れ聞こえていた。既に、帝野が戦っているのだろう。


「とりあえず僕が行くので、ネムさんはここで待っててください」

「なんで⁉︎ 私だって戦えるよ」

「そうかもしれないですけど、ネムさんに何かあったら、それこそ帝野さんに怒られるので」

「その方がいいだろうな。暴食の権能を持っているなら、お前が喰われたらやばいしな」

「で、でも」

「許可されてない権能は使えないから、私たちを呼んだんだろ? だったら、大人しくしてろ」


 黒い蛇の頭から降りた千影の言葉を否定できず、ネムが悔しそうに頬を膨らませる。


「絶対に助けますから。ここで待っていてください」

「……うん。分かった」


 ネムを置いて、優人と千影は玄関に入る。教えてもらった四階の空き教室まで、一気に階段を駆け上がる。


「一応確認しますけど、一緒に戦ってくれるんですよね?」


 隣で廊下を並走する千影に尋ねると、ニヤリと笑みを浮かべるだけだった。やはり、戦う気はないらしい。


「結界を簡単に破壊できる悪魔ですよ。僕が死んじゃうと思うんですけど」

「大丈夫。今のお前なら絶対に勝てる」


 自信満々に言い切る千影に、優人は呆れて声も出なかった。


 悪魔を撃退できたから大丈夫だと思っているのかもしれないが、悪魔の攻撃が単調だから、優人の右手で防ぐことができたのだ。


 今度は複数の悪魔を相手にしなければならないのだ。今まで喧嘩もロクにしていない優人では、殺される未来しか見えない。


「そんなに心配すんな。お前は暴食の権能を持ってるからな」

「……そうですね」


 そんな簡単じゃないと言いたかったが、今は帝野を助けることに集中する。


 帝野と合流して、結界を使って攻撃を防いでもらい、その間に逃げよう。ネムさんに頼まれて助けに来たと言えば、流石の帝野も協力してもくれるだろう。


 段差に躓きながら、なんとか四階にたどり着くと、空気が揺れるほどの衝撃が優人に伝わってきた。


 足がすくみそうになるも、勢いのままに廊下を出ると、悪魔の群れに囲まれた帝野へと突っ込む。


「なぜ、神凪がここに」


 傷一つない帝野の顔は、驚きの色に染まっていた。手は悪魔たちに向けられていて、結界を展開している。

 その結界も、悪魔たちの絶え間ない攻撃で今にも壊れそうなほど崩れていた。


 考えるよりも先に、優人は帝野の前に飛び出す。

 結界が崩れ、悪魔の大群が一気に迫る。


 さっきまで考えていた作戦が吹き飛び、優人は黒く染まった右手を悪魔たちへと向ける。

 鋭い爪が振り下ろされて、優人の右手に触れる。それだけで悪魔の腕が消え去った。


 悪魔が恐れ慄いて足踏みしている間に、優人が黒い右手を掲げる。


「歩でも近づけば、あなたたちを吹き飛ばしますよ」


 優人の言葉が廊下に響く。

 だが、悪魔たちには意味がなかったようで、怒りの雄叫びを上げる。


 悪魔の凶暴な姿が迫る。

 当たれば確実に死ぬ鋭い爪が振り下ろされ、数センチ手前に展開された強固な結界に防がれる。


「ぼーっとするな。次が来るぞ」

「は、はい」


 後ずさる優人を殺そうと、結界を叩き続ける悪魔の群れ。

 壊されるたびに帝野が結界を展開するが、悪魔の群れが突破するのも時間の問題だ。


「ど、どうしたらいいですか?」

「その腕で悪魔たちを殺せ」

「で、できないです!」

「……なら、もういい! そこでじっとしてろ!」


 呆れるように叫んだ帝野が、両手を悪魔たちの群れに向ける。


 悪魔の群れを囲うように展開された結界は収縮していき、巨大な体が潰されていく。

 優人の視線の先で小さな箱になった結界は、悪魔たちの肉塊で黒い。

 そのまま微塵も残さず、結界が消滅する。


 その場で優人が崩れ落ちると、息を切らした帝野に睨まれる。


「なぜ、暴食の権能で悪魔を殺さなかった?」

「そう言われても……」

「あの怪物を見逃せば、再び襲われる。そうなれば、今度は死ぬかもしれないんだぞ」


 帝野の冷たい瞳に射抜かれて、優人は何も言えなくなる。


 今までの戦いも、優人は最後のトドメをさすことができなかった。答えは簡単だ。悪魔とはいえども、傷つけることが嫌だったからだ。


 獰猛な顔をしているが、悪魔たちの表情には意志があるように感じて、右手を振るうのを躊躇してしまう。


 それに、誰かを傷つけることは極力したくなかった。だからこそ、優人は先に脅し文句を言って、ビビらせようとしていたのだ。


「空ちゃん!」


 ネムの声が聞こえて、帝野は興味が失せたように優人から視線を外す。抱きついてきたネムを、帝野が優しく受け止めていた。


「良がっだ。良がっだよ~」


 助かったことに安心したようで、ネムの色素の薄い目からは涙が流れていた。躊躇したように、帝野が弱々しく抱き返す。


「私のためでも、無闇に権能は使ってはダメです。あなたの魔力は複写世界に強く影響するのですから」

「だって、心配だったんだもん」

「……申し訳ございません。心配をおかけして」


 お互いに抱き合う姿を見て、優人は力無く笑う。帝野には怒られてしまったが、なんとか間に合って良かった。


「最初にしては、なかなか良かったんじゃないか」


 いつの間にか、千影が隣に立っていた。四階にたどり着いてからは存在を感じなかったが、密かに見守っていたらしい。


「どうですかね。帝野さんには怒られましたし」

「たしかに、自分の命を狙った悪魔を見逃すのは驚いたけどな」

「……やっぱり向いてないですよ。僕には」


 今回のことで改めて思った。優人は争いごとには向いていない。

 右手の権能を使うたびにためらうようでは、悪魔に殺されるだろう。実際、帝野の結界がなければ死んでいた。


「でも、お前のおかげで助けられたんじゃねえの?」

「そうだったら、嬉しいですけど」

「おい、神凪」


 千影と話していた優人が顔を上げると、帝野がいつもの無表情で見下ろしていた。


「ネム様から話は聞いた。お前は犯人じゃない可能性が高い」

「どう見たって、犯人じゃねえだろ」

「いえ、まだ共犯の可能性があります。さっき悪魔を見逃したこともあるので」


 帝野の冷静な言葉に、千影がふんと鼻を鳴らす。


「だが、私を助けてくれたのも事実だ。だから、お前を信用して、私の情報と共有したい」

「大して情報は持っていないですよ」

「そうかもしれないが、お前が犯人でないことを証明することにもつながる」


 そう言われてしまったら、行くしかなくない。優人としても、早く犯人じゃないと分かってほしいので。

 静かに頷くと、帝野の腰に抱きついているネムがボソリと呟く。


「千影ちゃんは来ないでね」

「はあ⁉︎ なんでだよ⁉︎」

「だって、いじわるするんだもん」


 殺気の籠った目で千影が睨みつけると、ネムが帝野の背中に隠れる。


「それは私も賛成です。万が一、千影様が敵であった場合、私では対処できないので」


 千影が不服そうに唇を尖らせる。


「お願いしますね。千影様」

「へいへい。分かりましたよ」


 珍しく素直に従う千影に違和感を持ちながらも、優人は明日のことで頭がいっぱいになった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ