第三話 新たな権能者②
「どうだったんだよ? あいつらとの話は」
駅前から帰っている途中、優人のすぐそばで千影の声がした。
「聞かなくても知ってるんでしょ」
「なんだ。バレてたのかよ」
横を見ると、千影がつまんなそうに唇を尖らせていた。
「帝野さんの結界を試しで破壊した時から、右手が黒いままだったので。以前、学校で話しかけてきた時と同じで、右手に取り憑いてたんでしょ?」
「取り憑いてたんじゃねえ。右手に隠れてただけだ」
アスファルトに並んで歩く千影は、いつものように見えた。ファミレスで聞いた最後の言葉を思い出し、優人は思い切って尋ねる。
「あれって、本当なんですか?」
「何がだよ」
「とぼけないでください。魔王の座を奪ったってことですよ」
両腕を頭の後ろで組む千影が、空を見上げる。その横顔は、なぜか憂いているように見えた。
「まあ、間違いはねえよ」
否定してほしかったのに、そう答える千影。ただ、何か含みがある言い方だった。
「良隆が死んだって話しただろ? 私の弟弟子が殺したんだよ」
「……だから、その人を喰い殺したんですね」
何も言わずに、千影はいつものように笑い返す。
「そいつは私の弟みたいな奴だったんだけど、権能者を喰って力を手に入れてたんだよな。俗に言う共食いだな」
あっけらかんと話す千影に、夕焼けの光が突き刺さり、眩しそうに目を細める。
「しまいには私を喰おうとして、止めようとした良隆と相打ちになった。それで、まだ生きてたから、私がトドメを刺したってこと」
「そう、だったんですね」
聞いてしまったことを後悔して、優人は視線を逸らす。一瞬でも千影を疑ってしまったことが、恥ずかしかった。
「気にすんなよ。もう終わったことだしな」
「はい。すいません」
「というか、お前が協力した方が驚きだったぜ」
「ネムさんのことですか?」
優人が尋ねると、千影がニヤニヤと笑みを浮かべる。
「あいつらを守っても、お前には何の得もないだろ?」
「似てたんですよ。ネムさんが」
「似てたって誰に?」
「まあ、知り合いです」
優人が答えると、ポケットのスマホが振動する。送り主である結弦から『早く帰って来い』と連絡が来ていた。
今日は遅くなると伝えていたが、どうやら待てないらしい。『今、帰ってる』と返信し、再びポケットに入れる。
「それで、どうやって犯人を捕まえるんだ?」
千影の質問に、優人は苦笑を浮かべる。そこは全く考えていなかった。
「明日、帝野さんと相談して考えます」
「いや、そんなことしなくても、良い案が思いついたぞ」
優人が視線を向けると、意地の悪い笑みの千影がいた。
❇︎ ❇︎ ❇︎
「神凪、何をしている?」
翌朝、教室に入った優人は、帝野に呆れたような視線を向けられた。その視線の先には、黒く染まった右手。
「これは、その、千影さんに言われて」
「……?」
首を傾げる帝野に、周囲に聞かれないように、優人が近づいて小声で話しかける。
「魔力って権能者にしか見えないから、見えていないフリをしている人が犯人なんじゃないかと思って」
「だが、結界では権能者の反応はなかったんだぞ。本当にいるのか?」
「その結界って、常に展開されてるものなんですか?」
「いや、私の魔力がもたないから、そこまではしていないが……」
わずかに眉をひそめる帝野に、優人は説明する。
「僕が権能者になったことに気づかなかったように、後から権能を得た人がいると思うんです」
「そもそも学内にいる前提の話だろ?」
「間違いなくいます。しかも、同じクラスにいる可能性が高いです」
「なぜ、そこまで断言できる?」
「それは……ここでは」
周囲を伺うように確認した優人に、帝野が静かに頷く。
「分かった……後で聞こう」
「助かります。帝野さんは同じクラスの人を見ていてください」
そう告げた優人は会釈した後、席に戻る。いつものようにカバンを下ろそうとして、右手が黒く染まっていることに気づき、一瞬躊躇する。
「大丈夫だって。私が右手に宿ってる間は何も喰わねえよ」
「お願いしますよ。千影さんが提案した作戦なんですから」
黒い右手で恐る恐るカバンに触れた後、優人は朝の授業の準備を始める。
千影の作戦には、最初は反対だった。当たり前だ。もし自分の右手で誰かに触れれば、簡単に殺してしまうのだ。優人がコントロールできるのは、権能を発動できるかどうかだけなので、喰らう対象までは選べない。
だが、千影が右手に宿ることで、食べないように制御してくれるということで、渋々この案を受け入れたのだ。そうでなければ、絶対に違う方法を考えている。
それでも、一応は人には触れないつもりだ。
これから右手で何かを触るたびに考えなければいけないストレスに、優人はため息をこぼす。
「よう、優人。朝から憂鬱そうだな」
挨拶をしながら近づいた渡が、流れる動作で前の席に座る。勝手に座っていいのだろうかと思いながら、優人も手を上げる。
「渡くん、おはよう」
「おう。昨日のテスト勉強はどうだったんだよ?」
座る位置が定まらないのか、何度も椅子を動かしながら、渡が質問する。
「普通だよ。お互い分からないところを教え合っただけだし」
「マジで。本当に何もないのか?」
「どういうこと?」
優人が教科書を机に置いていると、渡が呆れたように肩をすくめる。
「まあいいわ。というか、相変わらずマジメだな」
「どうなんだろ? 何か準備しないと気持ち悪いからだとは思うけど」
「もうその考えがマジメだわ」
渡の顔を見ていてノートを落としてしまい、咄嗟に右手を伸ばす。だが、優人の反射神経では間に合わない。
落ちそうなノートを渡が右手で取ろうとして、動きが固まる。その間に、そのままノートは落下した。
「悪い。取れなくて」
「全然良いけど。右手どうかしたの?」
ノートを拾った優人に、渡が明後日の方向に視線を向ける。
「昨日の野球で腕痛めてな。だから、反応が鈍くて」
「あ、そうなんだ。大丈夫なの?」
「まあな。でも、たいした怪我じゃないから」
「それならいいけど」
「それよりよ、今日もノート見せてくれよ。昨日の国語を写してなくてさ」
「いいよ。今日の放課後でもいい?」
「マジで助かる。サンキューな」
立ち上がって友達の方へ向かう渡に、優人が苦笑を返す。なんとなく帝野の方を見ると、渡の背中に冷たい視線を送っていた。




