第四話帰り
帰り道。校門を出ると陽が傾き始めていた。六人が並んで歩く——蒼を中心にした菱形フォーメーション。レオナが前方、ガルドとルナが左右、シオンが後方、そしてモコが蒼の制服の端を指先で摘んでいた。誰が決めたわけでもない、自然発生的な陣形だった。*
レオナ*夕陽に照らされた白黒の耳を風になびかせながら、ふと蒼に問いかけた。*
今日は楽しかったかい?
蒼は楽しいよと答える
*ふっと笑った。夕陽がホワイトタイガーの毛並みを金色に染める。*
そうか。なら良かった。
ルナ*蒼の左腕にぎゅっとしがみついた。もこもこの尻尾が主人公腰に当たる。*
明日も一緒に帰ろうね!約束!
ガルド*右側から蒼の顔を覗き込んだ。牙を覗かせてにかっと笑う。*
明日は俺の委員会見せてやろうか。風紀委員の仕事、かっけぇぞ。
シオン*後ろから蒼の背中を指でとんと突いた。振り返ると目を合わせず。*
図書室にも来なさい。あなたに読ませたい本があるの。
モカ*制服の端を摘む指に少しだけ力を込めた。俯いたまま、蚊の鳴くような声で。*
……明日も、隣座っていい?
*住宅街に入り、分かれ道が近づいてきた。昨日の交差点。五人がまた蒼の取り合いを始めようとした、まさにその瞬間——*
*電柱の上に座っていた。文字通り。三つの尾が夕風にたなびいて、逆さまに主人公たちを見下ろしている。*
あ、お揃いで帰宅?仲良しだねー。
ガルド*即座に主人公の前に出た。拳を構える。*
てめぇ——何でここにいる!
コハク*くるりと宙返りして地面に着地した。スカートの埃を払いながら主人公だけを見つめる。他の四人は透明人間であるかのように無視。*
そんな怖い顔しないでよ風紀委員さん。——ねぇ人間くん、あたしの気持ち聞いてくれない?
レオナ*静かに蒼とコハクの間に立った。白い手袋の指が鳴る。*
帰ってくれないかな、コハクさん。
コハク*レオナを一瞥して肩をすくめた。けれど蒼への視線は外さない。金の瞳が夕闇の中で光る。*
あんたたちが独占してるから、この子は本当の意味で楽しめてないんじゃない?あたしなら——
シオン*冷たい声で遮った。*
根拠のない妄想は結構よ。彼が楽しいと言ったの、聞いてなかったの?
*空気が張り詰めた。獣人五人と妖狐一人の対峙。蒼はその中心にいた。
モコだけは蒼の袖を掴んだまま震えていたが——離さなかった。*
*蒼が口を開くより先に——*
コハク*三尾がぶわっと広がった。威嚇ではない。誘惑。蒼にだけ向けられた妖しい笑み。*
あたしね、あんたのこと——
ガルド*一歩踏み込んだ。地面が凹む。*
それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ。
コハク*ひゅう、と口笛を吹いた。怯えた様子はない。*
怖い怖い。——でもさ、最後に決めるのはその人間くんでしょ?
*沈黙が落ちた。五人の視線と一匹の視線が蒼に集中する。夕闘の風が六人の間を吹き抜けた。*
レオナ*振り返らずに蒼に言った。*
君の答えは君だけのものだ。誰にも遠慮する必要はない。
コハク*尾の先が蒼の方へ伸びている。おいで、と言うように。*
*袖を掴む指が震えながらも強くなモコった。顔を蒼の背に押し当てて小さく呟いた。聞き取れないほどの、けれど確かな声。*
蒼は大丈夫、僕は何処にも行かないよと言った。
*空気が変わった。張り詰めていた糸がふっと緩むように。*
ルナ*耳がぱたぱたと倒れた。安堵の形。目が潤んで蒼に飛びついた。*
蒼……!
ガルド*構えていた拳がゆっくり下りた。ふーっと長い息を吐く。振り返った顔は怒りじゃなく、照れだった。耳の内側が赤い。*
ば、ばか……急にそういうこと言うなよ。
シオン*本で顔を隠した。ページが逆さまなことに本人は気づいていない。*
……そう。ならいいの。
モコ*蒼の背中に押し付けていた顔をそのまま離さなかった。尾だけがきつく蒼を抱きしめていた。返事の代わりに。*
レオナ*振り返って蒼に笑いかけた。王子様の顔ではなく、年相応の柔らかい笑顔だった。耳が倒れている。*
——ありがとう。嬉しいよ。
コハク*五人の反応をじっと見ていた。尾が下がる。つまらなそうに唇を尖らせたが、すぐにけらっと笑った。*
あはは、鉄壁じゃん。——ま、今日は退くよ。
*コハクの姿が夕闘に溶けるように薄れていく。最後に蒼にだけ聞こえる声で囁いた——またね、と。*
レオナ*五人に向き直った。表情を引き締め直す。*
今日の件、各自気をつけて。特に蒼、一人になる瞬間を作らないようにしよう。
蒼は遠慮気味。
レオナ*人差し指を主人公の唇に当てて言葉を止めた。*
そこまでのことなんだよ。君は分かってないだろうけどね。
ガルド*頭の後ろをがりがり掻きながら。*
お前は危機感なさすぎんだよ。あの狐、目ぇマジだったぞ。
ルナ*蒼の前に回り込んできて両手で蒼の顔を挟んだ。真剣な目。*
うちらが守りたいの!蒼な嫌でも!
シオン*ようやく本を正しい向きに持ち直した。眼鏡の奥の目が据わっている。*
自覚がないのが一番厄介なのよ。あなたはこの学園で唯一の人間。希少価値があるということは——狙われるということよ。
モコ*まだ蒼の背中にくっついたまま、ぽつりと。*
……死んだら許さないから。
*物騒な一言だったが、五人全員が同じ気持ちだった。分かれ道に着く。昨日はここで蒼の奪い合いが始まったが、今日は違った。全員の目が「譲らない」ではなく「守る」に変わっていた。*
レオナ*蒼に手を差し出した。エスコートするように。ただし昨日より手の力が強い。*
送っていくよ。今日は全員で。
蒼はお礼を言う。
*六人で蒼の家まで歩いた。昨日までは一人ずつだった帰り道が、今日は賑やかな行列になった、ガルドが蒼の右を歩き、ルナが左で歌を歌い、レオナが前方を警戒し、シオンが最後尾で本を読みながらも蒼から目を離さず、モコが影のように蒼の真後ろをついて歩いた。*
*蒼のアパートの前に到着。築年数のいった二階建て。獣人の彼女たちにとっては少し手狭に見える造りだった。*
ガルド*建物を見上げた。正直な感想が口から出た。*
……セキュリティ大丈夫かこれ。
ルナ*玄関のドアをくんくん嗅いだ。満足げに頷く。*
蒼の匂いでいっぱい。いい家!
レオナ*玄関先まで蒼に付き添って、ふと蒼の目を見た。少し間があった。*
今日は色々あったけど——おやすみ、は明日また学校で言おう。窓、開けておいてくれると嬉しいな。
*昨日と同じ台詞。しかしその意味はもう蒼にも分かっているはずだった。五人が見守る中、蒼が玄関の鍵を開ける。閉まったドアの向こうで——*
モコ*最後にドアに向かって小声で呟いた。自分にだけ聞かせるように。*
*ドアが閉まった。鍵の回る音。五人はしばらくその場に立ち尽くしていた。*
ルナ*耳がしょんぼり倒れた。昨日も同じだったのに毎回同じ顔をする。*
帰りたくない……
ガルド*がしがしと頭を掻いた。帰ろうぜ、と言いかけて蒼の部屋の窓を見た。カーテンが開くのを待っている自分がいた。*
*五分後、二階の窓がかちゃりと開いた。昨日より迷いのない動作だった。秋の夜風が蒼の髪を撫でる。眼下に五つの影。*
ルナ*ぱあっと耳が立った。真っ先に窓の下に走る。*
蒼ー!




