Page 90 空に浮かぶ月
夜空に浮かぶ月を見ながら、魔王は机の上に置かれた本にそっと手を置いた。
数ヶ月前に拾ったあの日からゆっくりと退屈に流れていた時間が加速し、日々が意味を持ち始めた。
これまでに心躍ることがなかったわけではない。
五皇臣との出会いや魔族統一戦争など一次的に楽しめた事もあったがそ、れも一過性のものであり、終わればまた叶わぬ願いに思いを馳せる毎日。
今回の計画ももしかしたらその輪廻に加わるかもしれない。
だが、それでも今回は違うと。
そう心が言っているような気がした。
この本が自分の願いを叶えるために神が与えたものかもしれないなどと運命めいたものすら感じた。
そう考えてしまうくらい自分は焦っていたのかもしれない。
自分の生まれ生きてきた意味を見出だせず、魔王と崇められる自分が不幸という感情を抱き続けていることに。
「フフッ。一区切りついて、一人だからつい色々考えてしまうな。」
レラが置いていってくれたグラスに酒を入れ、それをゆっくりと飲み干す。
まだ一区切り。
まだまだやらねば…いや、やってもらわねばならぬことが山程ある。
ドワーフが仲間になったことで街などの建築関係の進みは早くなるだろう。そしてエルフと協力し魔道具の製作も始まる。また、この城もこの世界から姿を消さなければならぬし、あの本に書かれていたモンスターという生き物の問題もある。そして人族と共に偽りの歴史を編纂しなければならない。
「なんだ、まだやることが山積みではないか。物思いにふけっている場合ではないな。」
月に問いかけるようにグラスを向ける。なかに入った赤色の液体を通して妖しく光る月に向かって魔王は微笑んだ。
そしてグラスを置き、例の本を手に取ってベッドに腰掛け、ページをめくる。
そこに描かれているのは異世界の勇者であり、彼が恋焦がれている夢そのもの。
「負けるつもりはないが、死力を尽くして戦いたいものだな。」
そんな勇者が現れるのだろうか?
もちろん不安はある。だが、今は信じてこの道を進むしかない。
よくわからないが、この作戦を進めていく上で世界は変わっている。
見た目もそうだが、エルフとダークエルフの和解。神代文字の発見。人とドワーフ、魔族との協力に自分の結婚。
自分がいかに受け身で生きていたか痛感することばかりだ。
戦いに積極的でもその根本を変えようとしなかった。願うだけで動かない自分の不甲斐なさが今回、浮き彫りになり、そして後悔と共に感謝した。
まだ取り戻せる。
魔王は確かな自信を胸に明日のため本を傍らに眠りに落ちるのだった。
彼が望んだ勇者が生まれる150年前のある夜のお話である。




