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異世界における武力衝突  作者: キロール
第三章、大戦前夜
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第19話「蠢く怪物」

 シャーランの都市部から辺境へ……つまり農村部へと向かう馬が二頭立ての馬車が一台。

 軍に物資運搬用とは異なり、幌馬車ではなく木製の四角い車体は、貴族やそれに類する者達を乗せるための馬車だ。

 その車体の脇、扉の部分にはバルアド大陸を統一統治する新国家『アロ王国』の紋章が描かれている。


 馬車の運用は基本的には軍や傭兵団、それに貴族と言った者達が扱う事が多い。

 ましてや、大型主となった馬が二頭立ての馬車であることからも、お偉いさんが昨今噂になっている農村部に視察に行くのだと、その馬車を見た物は考え、噂しあった。

 シャーラン最後の女王メレディスは差し置いても、いままでの王家の統治に比べても素早い行動に彼等には思えたのだ。

 最も、護衛すら連れていない事は可笑しな事だとも囁きあっていた彼らも、誰がやって来たのかを知れば得心して、異変もすぐに終わると楽観した。

 クレヴィに次ぐ地位も要求できたであろうに、前線の兵士として甘んじていると言う竜殺しの妖術師と、伝説的な彼の妻たちが来たと言うのだから、それも当然だった。


 馬車の内部は居住スパースが大分広く取られている。

 ナグ家の姉妹が用いる馬車に較べれば、ソファの材質は悪いが、それでも十分に高級な部類だ。

 何より、三列に並ぶ座席があるこの馬車は七名程が乗ってもまだスペースに余裕がある。


「兵員輸送の馬車に較べると、なんと座り心地がいいんだろうな。」


 車中でぼやくのは、この一団を率いる竜殺しの妖術師こと征四郎である。

 この様な馬車はクレヴィの新統治を祝って、クレヴィに恭順を示した有力者たちが収めた物だ。

 元々ルーグ城塞には、移動用の馬車など無かった。

 それでは、国の視察に不便だろうと言う申し出は、確かにその通りであったからクレヴィは贈り物を受け取りはした。

 内心で如何考えているのかは分からなかったが、利用できるものはするべきだと王妃レーギーナにも言い含められた結果とも伝え聞いている。


 「余の用いる馬車の方が、居心地は良いんだがな。」

 「詰め込んで六人しか乗れないからねぇ。それにしても、収穫期の農村で混乱たぁ、物価が高くなりそうだねぇ。その辺は何を作っている所なのさ?」


 征四郎の両脇には、ナグ家の姉妹が当然のように座り込み、会話に混ざる。

 しかし、その一帯で作る作物となると征四郎も把握はしていらず、はてと首をかしいだ。


 「主に小麦でございますよ、リマジルク様。」


 その様子を背後の席から見ていたバルトロメが、僅かに笑いながら伝えた。

 小麦かと呟く征四郎の脇で、リマことリマジルク=ナグは微かに首を傾いだ。


「小麦にしてはちと収穫が遅くないかい? あれは夏だろう?」

「シャーランの小麦は、大分前から秋に収穫するそうですな。霧に閉ざされる前は夏に収穫だったとも聞きましたが。」

「突然変異種が生き残ったのか、掛け合わせた訳でも無いのだろう?」


 話を聞いていた征四郎が疑問を発すると、一同が考え込むように黙った。

 何か可笑しな事を言ったかなと再度首をひねった征四郎に、ロズことロズワグン=ナグが小さく息を吐き出して告げる。


「種の掛け合わせは、過去の技だ。無論、他の動物と掛け合わせた混成獣《キメラ》を作ると言う話では無く、変異した麦や米等、同じ種で掛け合わせ、寒さに強くしたり、暑さに強くして育てていたらしい。」


 そう皆に注釈をつけてから、征四郎へと視線を投げかけ。


「あまり過去の術を語るな。戦の術と違って今はない技術だ。」

「だが、国が資本を出しやる気のある者を募れば、未来において復活するやもしれん。だが、まあ、確かに私も僅かに聞き知っただけの事を喋ってしまったな。」


 死を弄ぶとも言われる死霊術師が、それほど忌み嫌われない理由はここにある。

 今となっては失われた過去の技術を知り得る死霊術は、未来に人々を生かすための知識の収集者でもあるのだ。

 我欲に囚われ、無軌道な行いをせねば今の時世で、死霊術の存在を拒むものはほぼいない。


 車中がある意味学術的な会話の場に成ったり、夫婦間の会話に成ったりと目まぐるしいのは、征四郎とその妻たちが異質であるからこそ起こりえる事は、征四郎の部下達には良く分かっていた。

 軍人、妖術師、ナグ家姉妹の夫、謀略家、そして異世界人といくつもの顔を持つ征四郎は、異質ではあったがその性根のみは一貫している事も彼らは気付いている。

 戦をする為に生まれて来たような男で、目的の為に手段を選ばない。

 が、好んで悪を行う人物ではなく、子供に対して大層友好的である。

 征四郎曰く姪を思い出すとの事だが、まず子供好きだったのだろう。

 さて、妻のどちらかが懐妊などしたら、彼はどれ程喜ぶのか……。

 例えそれが自身の血が繋がって居なかったとしても、きっと気にしないに違いないと言うのが、部下たちの概ねの意見だった。

 賭けの対象にならぬ程には、大勢を決している意見の一つだ。



 そんな征四郎が、見れば激怒するであろう光景を最初に見つけたのは、車中の議題に耳を傾けることなく、馬の制御に全力を挙げていたエルドレッドだ。

 サンスとバルトロメの三人が交代で御者を務めていたが、その日はエルドレッドが御者に変わったのは昼過ぎ。

 各自、各々の生理現象を済ませ、一休みした後に彼が御者台に乗った。

 都市部を出てから既に五日目。

 そろそろ最初の農村が見えてくるはずだ。

 だが、沈み始めた太陽が照らし出した農村の残骸を初めてみたエルドレッドは、馬車の速度を緩めながらも小さく呻いていた。

 戦場を長年経験してきたエルフのベテラン兵士は何を見たのか。


 村外れにある唯一の風車小屋がまず見えてきた。

 赤黒く塗装された異様な風車小屋が。

 風車は壊れ、朽ちていたが、沈む太陽が照らし出すその赤黒さは異様に目立っている。

 そして、未だ残暑の熱がこもる風が運んでくる臭いは強烈な死臭と腐敗臭。

 目に沁みかねないほどの臭いに、エルドレッドの手綱を握る手が震える。

 彼が決定的な物だと思ったのは、風車小屋から村へと続く道沿いに並んだ腕の数々だ。

 正確には、腐肉がこびり付いた腕の骨だ。

 天を掴もうとしたように伸ばされた腕や、大地を抜け出そうとするかのように地面を掴んだ腕など、大小問わずに道沿いに植えられていた。

 まるで、花でも植えたかのように。


 馬車が止まったにもかかわらず、エルドレッドが声を掛けない事に訝しんだテクラが、声を掛けようと御者台の小窓へと進み、窓を開けようとした。

 途端にエルドレッドが鋭く叫ぶ。


「開けるなっ! ……酷い有様だ。」

「……そうは言うが、任務を考えれば降りぬ訳にも行かない。」


 テクラはそう言葉を返すが、どの様な状況なのかと幾分不安そうに馬車の一同を見渡した。

 バルトロメとサンスは既に腐臭をかぎ取っているのか、鼻を手で押さえたり、ハンカチを押し当てている。

 シーグリッドとクラーラはテクラと同じように幾分不安げな表情をしている。

 これが戦場ならば、彼女らとて問題なく行動できるのだが、今は勝手が違うようだ。

 ロズは、生きている馬を連れてきていたら大変だったなと小さく笑い、リマはもう擬態は解いて良いのかねぇとやはり笑っている。

 改めて、テクラにはナグ家の姉妹が人外なのだと思い知らされた気分だった。

 が、それも征四郎を見れば、そんな思いは吹き飛んだ。

 赤土色の瞳を持つ、妖術師であり上官である彼は、そこで何が在ったのかうっすらと感じ取れたのか、双眸に憤怒を宿らせて、瞬き一つせずに真っすぐに前を見ている。

 もし、目があえば視線で殺されるのではないかと、歴戦の兵士であるテクラに恐怖を受け付けながらも、征四郎は立ち上がった。


 途端、エルドレッドの驚きと嫌悪に混じった声が響いた。

 テクラが御者台を見る事が出来る小窓へ振り向くと、夕日で赤く染まった農村部に数多の人の手足を生やした怪物が、同じく夕日に染まりながら蠢く姿が垣間見えた。

 驚きの声を発する間もなく、馬車を飛び出た影が一つ。

 憤怒を抱えた妖術師が、その怒りのままに怪物へと向かっていったのだった。

 敵も上官も共に人外、だが、それが何だと言うのだ。

 如何なる存在であろうとも、大きな借りの在る上官を放って置くことはできない。


「行くぞっ!」


 怖気を全て振るい捨て、同僚に声を掛けてテクラは外へと飛び出た。

 即座に恐怖や不安を捨てて行動する夫の部下達を、ナグ家姉妹は宝物でも見るかのように双眸を細めて呟くのだ。


「お見事。」


 と。

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