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異世界における武力衝突  作者: キロール
第三章、大戦前夜
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第14話「決断」

 ギルギ帝国の宮中は、極度の緊張に包まれていた。伝説的な、そして恐るべき存在が二人も、ここに足を踏み入れたのだから。

 言わずと知れたナグ家の姉妹は、先に到着して怪我の手当てにあたっていたケンタウロスのルーヌから六郎の容態を聞く。

 彼女達も物見遊山でギルギ帝国までやって来た訳では無い。

 磯山 六郎の容態が如何ほどか、それによっては行わねばならない秘術を執り行うために来たのだ。


 この恐るべき姉妹も妖術師ラギュワン・ラギュ程にその道に精通している訳では無い。

 征四郎など戸張口に立っただけの話。

 故に二人で秘儀を執り行っても、成功率は如何ほどか不明だ。

 ましてや、六郎にそこまでの精神力、戻る意思があるのかどうか。

 それらを確かめながら、六郎にとって最良の道を模索せねばならない。

 クレヴィにせよ、征四郎にせよ、六郎と言う青年の事を大分気にかけている。

 下手をすれば彼らも悲しむだろう事は、理解しているのだ。


「そうか、イルルシールの秘術を用いても厳しいか。」


「表層の傷、千切れた筋繊維は癒えましょうが、砕けた骨の方は駄目ですね。」


「骨は歩くとなれば根幹。歩けぬとなれば、あの若い兄さんじゃ辛いねぇ。」


 ルーヌはリマの喋り方にぎょっとした風だったが、即座に表情を消して容態の説明を続けた。

 彼は征四郎に呼ばれジュダン=ボウの要塞に留まり、征四郎の治療を行う事になった間に、彼女らの傍で過ごした。

 だから、部隊員の中では真っ先に彼女らに慣れたから、今更取り乱す事も無い。

 臆病と思われていた青年ケンタウロスは、人死にを嫌い、恐れるだけで怯懦とは無縁であったのだ。

 当人すらこの役割に付くまでは気付かなかったことだが。


 さて、六郎の容態は大分悪い。

 現状ではまともに歩くことはまず無理であり、下手をすれば足先が壊死する事になりかねない。

 痛みも激しい物があり、痛み止めを塗らねば碌に眠れないほどだ。


 痛み止めの薬、これは主に患部付近に塗り、周囲の神経を麻痺させて痛みをなくして患者が眠れるようにする薬だが、塗る場所は手足の末端と相場は決まっている。

 万が一体の主要器官が麻痺すれば死ぬこともある。

 それほどに恐ろしい劇薬でもある。

 塗る方も手袋をはめて、慎重に扱う必要があった。


 薬の話は置いておくにしても、その様な劇薬を用いても現状維持が関の山。

 痛みの所為か高熱を出すこともあり、六郎は看護を受けながらも徐々に体力を消耗していた。

 このままでは、命すら危ういとギルギ帝国の医師は告げていたし、ルーヌ自体もかなり厳しい状況だと判断していた。

 外科手術を行い、膝下から切断するか、征四郎が行ったと言う秘儀を試すのか早急に決めねばならなかった。


 ロズとリマはハヴィリネ公爵に案内されて、六郎が看護されている客間に赴く。

 その間に、この地で起きた事件のあらましなど聞き、リマなどは興味深そうに質問などしていた。


「あんたとコンラート家の確執は、つまりはそういう事なんだね? コンラートの誰かが組織の一員であると予測して、敢えて敵対して見せたと。」


「それで炙り出せればと思いましてね。ですが、結局ジェラルドがそうであったとは見抜けなかった。私も、まあ、無能の一員ですな。」


 謙遜を、そう言て笑うリマ。

 なるほど、これがクレヴィの仲間であったデモニアの魔法剣士エルランドの血かと内心感嘆していた。

 勇者クレヴィの仲間についても、テルハ大陸には幾つか逸話が残っている。

 それらを思い出すと、眼前のハヴィリネ公爵と重なる部分もあり、血筋とはそう言う物かと改めて思うのだ。

 ロズはと言えば、事の顛末にも然程興味はなさそうだったが、六郎の部屋に近づいた際に聞こえてきた諍いの音に眉根を顰める。


「あの騒ぎは何だ? 仮にも皇帝を守った男が療養する部屋で何をしているのだ?」


「……ああ、あれですか。我が姪とシャーランの貴族であるフラムスティードのお嬢さんがどちらが看護するかを争っているのですよ。」


 疲れたような声音でハヴィリネ公爵は説明し、五月蠅くて申し訳ないと謝罪までした。

 貴公も難儀よのぉ、そうあきれた様に返してロズは部屋のドアノブに手を掛けた。



 ロズがドアを開けた瞬間に怒声が響いた。


「いい加減にしろ! ロクロウは漸く寝たんだよ! それを枕元でギャーピーギャーピー騒ぐなっ!」


「貴公が一番うるさいぞ、スクートゥム。」


 全くの第三者であるロズが冷静な意見を述べると、その場にいた者達は一斉にロズを見た。

 続いて公爵を見やり、最後に一番背の低いリマを見やった。


「こ、これは、ナグ様……。」


 怒鳴って疲れたのか、スクートゥムはどさりと椅子に腰を落として、呟いた。

 その脇の椅子にはロデリックが腕を組んだまま寝入っているし、小さなテーブルの前に座り、何かを書きかけのまま机に突っ伏しているセルマまで見えた。

 この部屋で元気だったのは、如何やらベッドに横たわる六郎を挟んで向かい合っているアンガードとガートルードの二人だけの様子だ。

 アンガードは目の下にクマを作った三白眼をこちらに向けている。

 まるで医者の助手の様に真っ白な衣服に真っ白な簡素な帽子をかぶっている。

 一方のガートルードは疲れた様子ではあるが、身に纏って居るブラウスの袖を捲り、六郎の身体でも拭くためか綺麗な布地をもってこちらを見ていた。


「……何だい、この絵面は。ルーヌ! あんた、何でこんなに好きにさせてんの! あんたがこの場合一番偉いんだからしっかりおし! 付き添いはこんなに要らない! 別室で待機させな! あと其処の二人! 喧嘩するくらいなら外でやりな!」


 一拍置いて、リマがその小さな体に似合わぬ勢いで次々に指示を飛ばす。

 後ろから付いて来ていたルーヌは、平謝りするしかなかった。

 医療行為において医師の指示が優先されるのは当然なのだ。

 腐敗と再生の上皇と呼ばれる新しき神を手伝い、いつの間にか聖女と呼ばれていたリマには医療の心得がある。

 新たな神を詣でる信徒の体調管理や急病に備えるためであったが、彼女は喜んでそれを行った。

 そのような経緯から、ルーヌとは多少医療的な会話をする事もできるし、その立場の向上、つまり衛生兵であっても場合によっては上官に指示できると定める事は不可欠であると感じたいた。

 それらの苛立ちが、現状の看護環境を見て爆発したのだ。


「心配なのはわかるけどね、この男の回復を願うなら介護する奴は一人だけにしな。全く、何をやっているんだろうねぇ。……ほれ、ルーヌもなんか言いなよ。あんたは医者、衛生兵だろうが何だろうが医者なの! 医療行為ではあんたが一番! 皇帝だろうが貴族だろうが出る幕ないんだよ?」


「本当に申し訳ないです。あー皆さん、僕の指導不足でしたが、指示に従ってください。ロデリックとセルマはまずゆっくり休んで。スクートゥムは護衛だったら部屋の外でお願い。それと、その……陛下とアンガード様はせめて1日ずつ交互に介護をお願いします。……ただ、一旦お休みください。一休みの後に、皆にも伝える事があると思うので。」


 ルーヌは臆病者ではない。

 とは言え、臆病だと思い、思われて生活してきた彼が、突然何もかも変わると言う訳には行かないのだ。

 今回は明らかに権力者である二人も介護権争いを止められなかったが、この次は止められれば良い。

 改めて指示を出すルーヌを見ながら、リマはうんうんと頷いていた。


「そういう事であれば、部屋を手配させましょう。しかし、流石はナグ家の方々。早急に頭痛の為を取り除いていただき感謝しますよ。これも、少佐殿の賜物でしょうか?」


 ハヴィリネ公爵も、安堵の息を吐きながらこの波に乗り事態の収拾に取り掛かった。

 ある者は安堵したように、ある者は渋々とルーヌとリマの指示に従いハヴィリネ公爵に誘われて、部屋を出ていく。

 

 部屋には横たわる六郎と、ナグ家の二人、それにルーヌだけとなれば漸くロズが小さく息を吐き出して。


「我らも少し考えねばな。」


「征四郎はみるみる回復していったからねぇ……。でも、気を付けよう、姉妹ロズ。」


 征四郎がブラックドラゴンとの戦いで傷ついた時など、介護権を争ったなぁと思い返して、珍しく互いが反省の言葉を口にした。

 人のふり見て何とやらだ。


 そして、ラギュワン・ラギュが征四郎にそうしたように、六郎に……彼のその精神に問いかける。

 現状と、選択肢を忌憚なく二人の恐るべき存在は六郎に突き付けた。

 そして、六郎の精神が答えを返すとロズは小さく息を吐き、リマは星の位置を確かめるかのように、日が昇る空へと視線を転じた。

 妖術師ラギュワン・ラギュはその道の達人であった、それ故に征四郎は助かった。

 だが、ロズワグンもリマジルクも原初と混沌に関する妖術、魔術は嗜む程度。

 それだけに、星の位置により引き出せる大地の力を借りねばならなかった。


 それから程なくして磯山 六郎の再生の秘儀は二日後の夜半に行われることが決まった。


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