第13話「姉妹」
ギルギ帝国を揺るがした騒動は終わりを告げた。
軍事的には一度の戦いでケリが着き、政治的には皇帝がその権力を手放すことで終わりを迎えた。
唯一、騒ぎを大きくしていた犯罪組織『ファミリー』は壊滅し、主だった者は死ぬか捕縛された。
結局、『ファミリー』の最高指導者である『ファーザー』が誰であるかは定かではないが、ギルギ帝国の中枢を蝕んでいた獅子身中の虫は皆息絶えた。
帝国の最高司令官であったジェラルド・コンラートが幹部であったことは間違いがない事も分った。
彼の執務室、常にいる場所に、組織に関わる幾つかの資料が隠されていたからだ。
生き残りの者も、結社員を指揮していたことから幹部であると言う類の証言をしている。
そして、彼らが持ち運ぼうとしていたカイネル皇子の棺が検められると、死んだ筈の皇子の身体に生きている者特有の兆候が見て取れた。
如何やら逃れられぬと感じた皇子は、一時死んだような状態になる薬を飲んで周囲を欺こうとしたのだと知れた。
以上の事から、このカイネルが『ファミリー』の最高指導者である『ファーザー』であろうと目された。
対外的に葬儀が終わっている彼は、仮死状態のまま首を撥ねられて死んだ。
よしんば、カイネル皇子が『ファーザー』でなくとも、組織は多くの手勢を失ったのだ。
最早何もできないだろうと判断されて、組織の壊滅が宣言された。
ここに長年ギルギ帝国を、いや、バルアド大陸を蝕んでいた一つの組織が消えた。
さて、その騒動に巻き込まれ、大怪我を負った者がいる。
磯山 六郎と言う名の異世界人は、皇帝を庇い両足に怪我を負った。
シャンデリアが直撃した形だ。
無論、怪我は足だけに留まらなかったが、その他の怪我は軽症で如何とでもなった。
問題はやはり足の怪我である、シャンデリアの重みで肉も骨もズタズタとなった。
医者の迅速な外科手術が無ければ、足が壊死していただろう。
だが、医者にできたのはそれまでだ。
筋繊維所か、多くの血管も骨も潰れ、裂かれている。
バルアド大陸の医学では、膝下より切断するより他にはなかった。
最早、自力での歩行は絶望的であったが、希望が全く無い訳では無かった。
ラギュワン・ラギュ、神土 征四郎の師である妖術師が用いた術に幾つかの治療用の術があった。
アンガード帝はB・B隊からその事を聞き及び、それらの術が使える者は居ないかと逆に問う。
そうなると、唯一の衛生兵であるルーヌを呼ぼうと言う話になった。
彼は現在種族連合にて、今作戦に参加していない部隊員と共に待機中だ。
急遽、此方に来れるかと打診すれば、可能だと言う返事が返る。
その方に安堵した面々だが、付け加えられた報告に一瞬顔をひきつらせた。
少佐の奥方達も共に向かうと付け加えられていたからだ。
その馬車が疾駆する様を見れば、多くの者は恐怖したことだろう。
牽く馬は力強く走る真っ白な骨で出来ていた。
筋肉もなく神経もない馬の骨が、生前と変わらずに走る姿は異常である。
御者台に乗るのは、犬の頭蓋骨を持った人型の骨。
御者台の上、せり出した馬車の屋根部分に掛けられたランプがゆらゆらと揺れる度に、浮かんでは闇に消える犬の頭蓋骨は恐怖を誘う。
周囲を護衛するのは、鎧や様々な武具で身を飾った人馬の骨だ。
人の上半身に馬の下半身と言う姿は、その骨がケンタウロスであったことを示している。
その数は10は下らない。
正直、こんな一団に手を出す馬鹿は居ない。
骨の一団を率いる馬車の中に、最も恐ろしい何かが巣食っている事は火を見るよりも明らかだ。
その一団が夜、種族連合から街道を走りギルギ帝国に疾駆していく。
馬車の中には、オークの成人男性が並んで三人は余裕をもって座れる長椅子が対面する様に置かれている。
柔らかそうなクッションが座板や背凭れを覆い、手触りの良い布地が更にクッションを覆った長椅子に、対面して座るのはナグ家の三姉妹の内の二人。
死霊術師ロズワグン=ナグとリマジルク=ナグの二人だ。
リマジルクの背はロズワグンと比べると頭一つ分程低いが、彼女が妹であるとは断言でき兼ねた。
三姉妹は誰が長女で誰が末っ子なのか、両親から聞かされていない。
ましてや、齢数百年の魔女、妖女の類である、見かけだけで判断を下すのは早計であろう。
「退屈しのぎとは言え、余らも暇だな。大陸中を駆け巡っている。」
「確かに退屈だ。大体、夫が我らの傍にいないとはどう言う了見だろうな、姉妹ロズ。」
互いがその腰部からはみ出る赤土色の尻尾を揺らしながら、姉妹は語らっていた。
「……いい加減、その外行の物言いを止めろ、姉妹リマ。それに、征四郎が傍に居らんでも、貴公は男を引っ張り込んでたではないか。」
「……いやねぇ、怖いんだよ、素を出すのさぁ。アタシは姉妹たちの様に箔の付く喋り方出来ないしねぇ。あと、男共も女共も皆役立たずさね。全然盛り上がらない。」
眉根を顰めたロズワグンが苦言を呈すると、さもありなんとリマジルクは頷いて見せ、喋り方を変えた。
今までの重々しい物言いと打って変わって、大分砕けた喋り方をしている。
語る内容と言えば、夫を持つ女が語る内容としては聊か不適切だろうか。
「誰に知られるのが怖いのだか。女も連れ込んで居ったか、色情狂め! とは言え、他の連中の様に征四郎に接すれば、余も安心できるのだがな……。はっ、何が怖いだ。」
「ふぅん、随分と絡んでくるじゃないか。まあ、大した人数を引きずり込んだ訳でも無し、それで色情狂は酷いねぇ。……独り占め出来なくなったからって、そう怒らない、怒らない。……別に征四郎を好きになったのは、ベッドの上が凄い事だけじゃないんだよ?」
「そんな事は分かってるから一層腹立たしいのだ!」
不適切とは言え、それは所詮人の定める概念でしかない。
彼女らは人外である。
人の倫理観など物の役に立たない。
それでも、彼女らは彼女らなりのやり方で人を愛してきた。
それが幸せかと問われれば、大抵の者は恐れ戦くであろ愛だが。
彼女らの過去の所業を知る者がおれば、一人で彼女らを抑え込んでいる男にこそ恐れを抱くかも知れない。
それ程に彼女等の愛は重い。
愛されたが故に、自ら命を絶った男も複数いる程だ。
「分ってるなら、偶には一対一でやらせておくれよ。アタシは気を使ってそんな日も作ってるだろうに。姉妹ロズときたら必ず割り込んできて三人で仲良くになる。まあ、基本的には三人でとなるけどさ。」
「……三人で思い出した。姉妹ネイは如何している?」
話題を逸らすかのように馬車の窓へと視線をずらして、ロズは問いかけを放つ。
リマは微かに笑みを浮かべて、しかし困った様に小首を傾いで。
「此方からの呼びかけには答えない。どうやら勝手にアタシが来た事で怒ってしまったようだねぇ。姉妹ネイもケツの穴が小さい。……場合によっては敵対する可能性もあるね。」
「……何故?」
「戦利品として奪うためだ。征四郎を。」
「蛮族か! ああ、いや、蛮族だったか。」
魔術、妖術を嗜む三姉妹ではあるが、この場に居ない姉妹ネイフォロウ=ナグが最も野蛮な妖術を用いる。
鍛え上げた体を用いて戦うのは良いが、敵を生贄として殺しその魂を食らい能力を向上させていく恐るべき術を用いるのだ。
生贄を自身で捧げ、自身で受け取るなど半人半神以外には無理な話だ。
いや、そうであっても中々出来ることでは無い。
技術的にも、感情的にも。
だが、それだけに純粋な戦闘能力では姉妹の中で一番だ。
二対一で如何にか拮抗できるだろうかと言うレベルで差がある。
無論、ロズにもリマにも姉妹に知らせていない隠し札は用心で持っているが、それは殺し合いになった場合の物。
流石に、男の取り合いで使うのは憚られる。
「姉妹リマが勝手に来た所為だぞ。姉妹ネイを抑えるのは一苦労だ。」
「寧ろ感謝して貰いたいねぇ、姉妹ロズ。姉妹ネイと手を組んで奪ってしまうと言う手段もあったんだよ? まあ、それは征四郎が抵抗して如何なったか分からないけれど。」
それでも、殺しあわない程度には争い合うのがこの姉妹だ。
仲良く3人で暮らすと言う選択肢が無いでも無いが、そこに色恋沙汰が絡むと大抵は酷い出来事が起きる。
そんな三姉妹であれば、その力量以上に多くの噂が広まるのは当然である。
テルハ大陸などでは、大分やらかした形跡があるらしいが、ここバルアド大陸では霧に閉ざされ、ロズワグン一人のみが残って居た事で、その術師としての伝説ばかりが広まり、三姉妹としての悪名は薄れている。
「勝手に言ってろ。余は誰が相手でも譲る気はない。」
「そりゃ、アタシもないけどさ。まぁ、最早アタシら三人以外は、征四郎をそういう目で見ないと思うけれどねぇ。既に人間ではないもの。……寧ろ、いつまで人間の様に振舞うのか、それが心配だねぇ。」
「征四郎の精神がか?」
「人がそれ以外になるのは辛い物さね。戦争して、周りに仲間がいて、そう言うのは楽しいし安心するだろうさ。でもね、化け物はいつまでも戦争とか政治に関わってちゃいけないんだよ。……征四郎なら大丈夫だとは思うけれどね、やはり心配。」
リマジルクは己の癖の強い金の髪を弄りながら窓の外を見やる。
車内に灯されたランプの明るさで外の景色は碌に見えず、二人の姉妹の顔が窓に映し出されている。
髪の色は白金色と金色と相違はあったが、その双眸は共に縦に割れた蛇の如き翡翠色の瞳孔。
それが憂いを帯びて、僅かに沈んでいる。
「テルハ大陸の一戦が終われば、自ずと気付く。結局は追放されるしかないのだと。」
ロズワグンは視線を伏せて、小さく呟いた。
それはルーグ城塞を守ったあの戦いの後と変わらぬ結果であるが、或いはより深刻かもしれない。
二人はそう考えて会話を止めてしまった。
実の所、それは杞憂でしかない。
何故ならば征四郎は、自らの処遇すらも外交の道具に数えていたし、何処に向かうのかも既に決めていた。
自身の能力の限界も見え、部下も育っているのであれば彼は権力にも、他者との関わりにも頓着しないだけの異常性は自覚していたのだから。
無論、何事にも例外はつきものなのだが。
姉妹の馬車がギルギ帝国に着く頃には、六郎の怪我を如何するのか処遇も決まっているだろう。
ケンタウロスのルーヌは護衛と共に先に行っている。
怪我の度合いによっては、医神イルルシールの名を冠する呪術的な包帯を以てしても治らないだろう。
その時は、最後の手段として恐るべき姉妹の力が必要となる。
征四郎が受けた再生の秘儀、その秘儀の担い手として。
それは、磯山 六郎も人外となる定めを負うと言う事であった。
歩けるようになる事と引き換えにするべき事かは、甚だ疑問ではあるが。




