第12話「恩讐の先へ」
老いたコボルトはゆっくりとした足取りで、棺が置かれた地下室を進み、ジェラルドを含む十名の組織の者達相手に立ち塞がった。
ジェラルド・コンラート以外は兵士であったり、メイドであったり、庭番であったりと職業はまちまちであるが、共通しているのは誰もが悪事に手を染めていると言う事だ。
全員が犯罪組織『ファミリー』の一員なのだから。
ジェラルド・コンラート。
ギルギ帝国の現最高司令官である彼は、コンラート家の婿養子。
軍部内で数多の功績を上げて出世を果たし、最終的に老コンラッドに眼鏡に適って婿として迎えられた。
彼の人生は一見すれば成功と栄誉に満ちていた。
だが、その実は如何であったのか。
彼は何時から犯罪組織と関わったのかは正確な所は分からない。
ただ、ある時より彼は犯罪組織のネットワークを駆使して、軍功を重ねだした。
ネットワークを駆使して通常では知り得ない情報を仕入れ、それを活用し軍事的功績をあげる。
その一方で、出世のライバルのスキャンダルを暴き、或いは不幸な事故死を起こしたりと色々と組織を有用に使った。
彼はその対価をきっちりと支払う事も忘れなかった。
気付いてみれば、老コンラートからの信望も厚い若手将校となっていた。
無論、犯罪組織との関係は続いたままに。
出世した彼は、しかし、そこで大きな苦悩を背負う事になる。
自身の能力と評価の落差が著しい相違をきたしたのだ。
例えば、老コンラートことライオネル・コンラートとジェラルドの関係性が正にそれだ。
ジェラルドは、組織を通して得た自分にしか知りえぬ情報を元に作戦を立てるが、ライオネルはそれらの情報が無くとも想像し、模索し、可能性を振るいに掛けて取捨選択をして作戦を立てる。
そして、その内容は驚くほどジェラルドの物と似ているのである。
無論、毎回ではないし、齟齬はあるが修正不可能なものではないのだ。
ジェラルドにしてみれば、これは地力の違いとしか思えずライオネルを恐れるが、ライオネルから見ればジェラルドは自分と同程度かそれ以上の才能の持ち主に思えるのだ。
このボタンの掛け違いのような落差は、最初の内は喜劇に過ぎないが、時間が経つにつれてジェラルドを追い詰める刃へと変わった。
ライオネルからの期待が、決して取り除けない重荷へと変わったのだ。
その期待に添え続けなければ、過去の自身の罪が暴かれるとジェラルドは信じた。
その為ある程度出世したから犯罪組織を抜けるという選択肢は、ジェラルドからは消えた。
そして、犯罪組織側も国家の中枢に食い込んでいく駒を失う気を無くしていたのだ。
そのジェラルドがギルギ帝国の軍の最高権力者になり、犯罪組織のトップである『ファーザー』となったのは、皮肉な話である。
組織内での権力争いに敗れたふりをして、自身の影響力、存在感を殺すことに努め、数年の時間を経て他の幹部を一気に殺してトップの座に就いた。
それから、最高司令官の職をライオネルから譲り受けたのである。
それから十数年、そうして得た地位には考えていたような安らぎはなかった。
三国の関係は緩やかに悪化する一方で、司令官職は悠然とできるような仕事ではなかったし、組織内では顔を決して見せないファーザーと言う事で影響力が低下しつつあった。
ジェラルドの人生は苦悩の多い人生と言えたが、彼の少なくない喜びの為に多くの犠牲者が出ている。
それについての悔恨もないままに、時ばかりが過ぎたある日、皇帝の血筋から犯罪組織に関わろうと言う者が現れた。
第三皇子のカイネルである。
カイネルは第一皇子の暗殺を目論見、組織に接近した。
そして、頭角を現しあっと言う間に幹部の一員となったのである。
ジェラルドは、カイネルを恐れた。
言葉を交わそうものならば、己の正体に行きついてしまうかもしれないと。
その為、カイネルが行き過ぎた行いをしようとも黙認するしかなかったのだ。
このような状況となったならば、組織と縁を切った方が良かったのかもしれない。
誰とも知られぬ『ファーザー』であるのだから、組織と接触しなければ公人としてのみ生きていけた筈である。
だが、それは許されない事だった。
実の息子のブルースが、義理の父となったライオネルをも凌駕しかねない才能を見せ始めたのだ。
組織の情報が無くなれば、組織の力が無くなれば、ジェラルドはブルースの才覚の足元にも及ばなくなる。
そうなれば、司令官と言う職を息子と交代せねばならなくなる。
いや、もしかしたら家族と言う枠組みからも外されるのではないかと、ジェラルドは恐れた。
彼はあまりに多くの嘘を積み重ねて来た為に、誰も信用する事が出来なくなっていた。
それが例え愛する家族が相手であったとしても。
その愚かさを嘲るように、死神は老いたコボルトの姿をとってそこに現れた。
ジェラルドは動かなければ良かったのだ。
組織と縁を切るか、今回の騒動を機に見限れば良かったのだ。
だが、組織の持つ情報網と暗殺能力を維持したかった為に、他者に対して生殺与奪の権限を持って居たかったために事を起こしたのだ。
それが、家族を捨てるという結果になっても。
ジェラルドの生まれは分からない、これほどまでに力を求め、出世を求め、権力を懸命に維持し続けた理由は定かではない。
定かではないが、それらの行いが破滅へと彼を誘った事だけは確かだろう。
本来ならば数も多い組織の者達が負ける筈はなかった。
だが、老いたコボルトであるバルトロメは並みのコボルトではない。
指先まで体毛で覆われたコボルトが白兵戦をするならば、通常は爪を使う。
それは他の種族にはない強力な武器だからだ。
だが、バルトロメはその利を捨てて拳を握り、拳打で戦う稀有なコボルトである。
その戦い方を確立するまでは長い時間を有しただろう事は想像に難くない。
ましてや、勇者クレヴィの振るう力にも似た気を用いた戦い方を会得しつつある恐るべき老人である。
古強者、達人等と言う呼称がこれほど似合う執事は他にはいないだろう。
今は征四郎の執事として、側に控えているが元はコウベクと呼ばれるデモニアの一族に忠義を捧げていた。
その彼が、征四郎の計らいで嘗ての主の仇と対面したのだ。
放った言葉もひたすら重くなるのも当然である。
「……旦那様には感謝してもしきれん。決して手が届かなかった仇を、ズタズタにして頂いただけではなく、こうして直接仇を討てる機会を頂けるとは。」
老いたコボルトの大言を、一笑するだけの余裕は組織側にはない。
旦那様と言うのが、あの男……妖術師の弟子を自称する恐るべき竜殺しであるのならば、こちらの動きを細部まで見抜かれて居た事になる。
「化け物……か。世の中にはそんな者が本当に居るのだな。」
自分の様に嘘で塗り固めなくともそんな事が可能な存在が居る。
今回の作戦は、義父や息子にすら見破られないはずであった。
神土 征四郎と言う名の妖術師は、ジェラルドが知る才能を凌駕した正に規格外の化け物に思えたのだ。
「だが、老いたコボルト一匹に何ができる! お前を殺して、計画を進めれば良いだけの事だ!」
しかし、ジェラルドは負けは認めない。
認めてなる物かと感情のままに吼えれば、その声に反応して9人の組織員が一斉に動き出した。
バルトロメは、拳を握り顎の辺りまで持ち上げ、腰を少し落として何時でも打ちかかれる様に構える。
ナイフを投げようとしたメイドに向けて、一歩踏み出せば恐ろしい加速でその距離を詰める。
ナイフを投げ切る前に既にその懐に飛び込んだバルトロメは、女相手であろうと全く容赦せずその顔に右のフックを叩き込んだ。
その手応えを感じるか否かの間には、二人目の兵士を腹を殴る。
鎖帷子を纏っていた兵士であったが、打撃の衝撃を殺す事が出来ず体を九の字に折った。
瞬く間に二人を戦力外へと変えたバルトロメを警戒するように残った7人が距離を開ける。
と、その内の一人が突然うめき声をあげて倒れた。
「こんにちは、組織の皆さん。」
明るい声が響く。
倒れた庭師の背後から小柄なコボルトがナイフを片手に立っていた。
「お前は……。」
ジェラルドが呻く。
暗い地下室とは言え、誰にも気取られずに背後を奪いナイフで一刺し。
それに恐怖を感じない筈がない。
「僕はキケ。……うふふ、あんた達は運が良いよ、もう一人、来てるからさ。」
「お前な、そういう事はバラすなよ。」
呆れたような物言いで痩せたデモニアの男が姿を現した。
そして、その姿を見せたかと思ったとたんに炎の魔力を纏わせたナイフを投げ放ち今一人の喉元を穿つ。
「ヴァーツラフさぁ、喉刺して焼くのは如何なのよ。」
「普通の兵士にはやらないが、『ファミリー』相手では別だ。」
「やっぱり、なんかあった口? イルメリやイェレもそうだと思ってたけど。」
「そこにいる当人達に聞けよ、と言いたいが、色々と遣り過ぎて覚えてないだろうよ。」
軽口の言い合いのように聞こえるが、デモニアの男の声からは明らかに怒りが混じっている。
この場で明るいのは、キケと言うコボルトぐらいだが……。
報告が確かならば、この明るいコボルトこそが不抜の森の一族を下した恐るべき戦士である。
ここに至れば、ジェラルドも天運が尽きた事を認めざる得なかった。
一気に戦力を削られた組織側だが、逃げる事は出来ない。
出入り口にはヴァーツラフと呼ばれたデモニアが陣取っているのだから。
この3人を倒さねば、組織の生きる道は無い。
だが、暴力を専門に扱う戦士や軍人と真っ向から戦えば結果は目に見えている。
如何する、と迷う時間が命取りになった。
バルトロメは、闖入者に対して一瞥を与えただけで全く動く速度を緩めずに組織の者を討ち取っていく。
「やぁ、流石少佐の執事さんだ。負けてられないね、ヴァーツラフ。」
キケが笑うその間にも、ヴァーツラフは術を編み魔術で作り上げた火矢を飛ばして組織の者を討つ。
キケが悠然と歩くと、彼にも気をつけねばならない組織の者は、バルトロメやヴァーツラフへの注意が疎かになり討たれた。
残った者達が討たれるのは然程時間は掛からなかった。
ジェラルドの命を奪ったのは、バルトロメであった。
何とか抵抗しようとした壮年のダークエルフの胸を打ち、その打撃による衝撃で心臓を止めた。
「苦しませずに殺しちゃって良かったの?」
無邪気に問うキケに、小さく息を吐き出してバルトロメは告げた。
「長年、仇討ちはしたかったのですが、彼等の同類になりたい訳ではないので。」
その答えに、なるほどと得心したキケはヴァーツラフに向かって言った。
「だってよ、ヴァーツラフ。」
「……俺だってなりたくはないね。」
呻き声をあげながらのたうつ組織の者を暗い瞳で見つめていたヴァーツラフは、首を左右に振って告げた。
キケはその様子を見やって、楽しげに笑っている。
そんなやり取りをしている征四郎の部下達を見やり、バルトロメは一つ息を吐き出す。
さて、この二人はともかくギルギ帝国の軍部のトップを殺してしまった自分は、無事に戻れるのだろうかと思う。
「外交上色々とあるのでしょうが。出来たら手早く戻りたいものですな、奥方様方に良い茶葉を堪能していただかねば。」
そう一人呟く彼の声は、晴れ晴れとしていた。




