第8話「忍び寄る影」
仮初の尋問室で向かい合うドワーフと自動人形。
それを数名のダークエルフやデモニアの兵士が、入り口や二人に脇に立ち、警護している。
先程までの迷いも感じられない鋭い質問が自動人形の口から放たれると、ドワーフはのらりくらりと言葉を重ね始めた。
が、その言葉を一蹴し、首を縦か横に降るだけで良いと自動人形は笑みすら浮かべて告げた。
ここに至れば、先ほどまで思考の迷路に迷っていた弱敵ではなくなったことを、嫌でもドワーフは実感した。
このドワーフの男の名前はマグナム。
組織ではそのように呼ばれていたし、ドワーフ自身もそれが自身を表す全てだと信じている。
組織『ファミリー』に育てられた自分にとって、古代共通語を知らずともファミリーは、ファミリーである。
自分の家族を守るのは当然の事であり、高位のブラザーやシスターの命に服するのも当然である。
他者をいくら害そうと、ファミリーではないのならば問題は何一つない。
そう信じて疑わないドワーフは、与えられた使命が最後まで遂行できないだろうと漠然と感じ始めていた。
目の前の自動人形の女……いや、少女は、先程までは与しやすい敵であった。
言を左右し、恭順と反骨を綯い交ぜると、思考を乱され感情を露わにし、そして思考の迷路に陥った。
迷えば迷うほどに、此方の計画の成功率が上がっていく。
だが、アルデアと言う名の少女は、休憩を挟み自分で過ちに気付き、軌道を修正した来たようだ。
そればかりか、何かしらの真実の辿り着いたかのように、退く事無く言葉の刃を振るい続ける。
否定か、肯定しかできないのであれば、言を左右にして感情を揺さぶる手は使えない。
無論、簡単に計画を暴かせる訳にはいかないが、整合性を保ちながら嘘をつき続ける事は困難だ。
先ほど聞こえた爆発音を示す所は、既に暗殺班のプギオが行動を開始していると言う事だ。
プギオの行動は先ほどまでの尋問の推移を仲間を通じて伝えたために起きたのだとすれば……。
謀られたのかと言う思いが、一瞬マグナムの脳裏をよぎった。
マグナムの思考を、ゆっくりと焦りが浸食を始める。
なまじ、事がうまく運んでしまったせいで、返って取り返しのつかない地点に引きずり出されたような気持ちになった。
それは、未だ顔を見せないアルデアの主、少佐と呼ばれる妖術師の思惑かもしれぬとまで、考えが及び始めていたのだ。
事を成すに当たり、楽天的でも問題だが悲観的でもやはり問題なのだ。
思考はフラットでなければならないのだが、彼は平衡を保つことが出来なくなってきていた。
先程までのアルデアと同じ状況に陥っているのだ。
僅かな時間、僅かな気付きで事象は反転する。
ましてや、一対一の尋問では。
相次ぐ質問の中には、真相を見抜いているかのような質問まであったことで、マグナムは次善の策に移行することを早々に決めた。
尋問室を抜け出して、捨て身で標的を暗殺するという最後の手段に打って出ようというのだ。
仲間達が事を起こし損ねたら、強硬手段に打って出なくては……。
彼らの本来の目的は、自分たちと手を携える意思のなかったギルギ帝国の皇帝やその取り巻き、それに種族連合の使節団を葬り去り、停戦をうやむやにして戦争を再開させることにあった。
その混乱乗じて、組織を一旦解体して闇に潜り、再び再集結しようというプランであった。
だが、忌まわしい妖術師自体が乗り込んできて、自ら組織の壊滅を目指して陣頭指揮を執るとなれば話は別だ。
皇帝を殺さずとも、使節団を葬り去らずとも、奴を殺せれば今の危機は瓦解するのだ。
何としても、妖術師を殺さねばならないと命が下った。
要が失えば、後はバラバラになるのみ。
この一矢で其処まで行かずとも、次の矢で勇者クレヴィも殺せば、三国は再び元の状態に収まる。
それこそが、組織の目指す理想だ。
何としても、顔を出さない妖術師を殺さなければ……。
アルデアは、徐々に動揺を露わにしだしたドワーフを見て、ある種の思いを抱いていた。
或いはこれが戦うと言う事かと。
言を左右にして、こちらをイラつかせ、思考を妨害してきたのはある種の攻撃だ。
主導権はあちらにあり、こちらはある意味与えられた情報を得て一喜一憂せねばならない。
主導を奪わせてはならない、少佐は常々そう告げていた。
アルデアは、それを苛烈な先制攻撃を推奨していたのだとばかり思っていた。
確かに、攻勢をかける方が主導権を握りやすい。
だが、万全の守りを固めた相手に、それも防御側に有利な地形で無理に攻撃を仕掛けるのは主導を奪うとは言わない。
自滅である。
むしろ、そう動かすことが主導を奪うと言う事に他ならない。
頭では分かっていたはずなのに、なぜ今さらにこんな事を納得しているのか、アルデアには不思議だった。
このやり取りを、離れた客間で聞いている者がある。
アルデアの上司であり、マグナムが殺すべきと信じている妖術師にして軍人、今回の戦争の画策者でもある神土 征四郎と言う名の男が。
客間に椅子に座り、膝を組み肘掛けに肘を乗せてくつろぐ姿は、芝居の演目の悪役を思わせる。
ましてや、一連の尋問室のやり取りを聞きほくそ笑んでいるともなれば。
「少佐、傍から見ると不気味ですよ?」
身辺警護の任に就くイェレが、肩を竦めながら告げた。
その言葉に、征四郎は軽く笑い。
「いやなに、アルデアも何かしら掴んだようでね。これから少しは楽ができる。」
そう告げてから、イェレに視線を向けて。
「お前たちは、組織と因縁があるのか?」
唐突ともいえる質問に対して、イェレは特に表情を動かすことなく首をかしいで見せた。
その様子を征四郎は双眸を軽く細めるのみで何も言わず、話をまた不意に変える。
「私を狙った狙撃だが、どこまで本気だったと思う?」
「それで死んでくれたら御の字、ぐらいでは?」
「やはり、そう思うか。私もそう感じている。つまり、本来の狙いは別にあると言う事だ。あの一瞬、城中の警備体制は乱れた。僅かなものでしかないが、警備を熟知している者であれば、忍び込むことは可能かもしれん。」
「つまり、城内に組織の刺客を紛れ込ませるために行ったと?」
一つ頷いて、征四郎は顎に手を当てて何やら考え始めた。
征四郎と言う男は、自身の限界をはっきりと分っていた。
大隊クラスを率いての前線指揮はできるが、大局的な軍の運用はできない。
ましてや見知らぬ城の警備体制を固める事など、到底できない。
だから何かを守るためには何かを捨てざる得ないのだ。
「……お前は種族連合の使節団の警護に回れ。彼らを失う訳にはいかない。」
「少佐の警護は如何するおつもりで?」
「私に割く人員はない。」
その言葉に、イェレは眉根を顰めた。
無論、征四郎の戦場働きを知らぬ訳ではないし、彼は己よりも強い事は理解していた。
だが、万が一と言う事がある。
自分が居れば、その確率を更に引き下げられる事もイェレには分っていた。
だが、それ以上に危機に瀕する者達が居り、失う訳には行かないのであればそちらを優先するのは当然であった。
「分りました、お気をつけて。」
「ここに居れば安全だろうさ。」
一抹の不安を覚えながらイェレは頷き、あの騒ぎで会談が中断して、別の客間で休む使節団の元へと向かった。
部屋からイェレが出ていく光景を、ギルギ帝国の兵士が見ていた。
それ自体は何ら不思議なことはない、彼らは客間の警護の為歩哨を行っているのだから。
「ちょっとだけ任せられるか? 俺も便所に行ってきたいんだが。」
「バレたら事だぞ……。いいや、とっと行ってこい。」
兵士の一人が用足しに離れる。
本来そんな事はあってはいけない事だが、今一人の兵士はそれを渋々認めた。
彼にとって僥倖なのは、生理現象だからと許せるアバウトさを持ち合わせていたことだ。
さもなくば、離れていく兵士は無造作に彼の首を切り、その死体を隠してから報告に向かっただろう。
そう、組織の魔の手は当然のようにギルギ帝国の軍部内にも浸透しているのだから。
一人、用足しと告げて離れたダークエルフの兵士は、素早く移動を開始してある一室に滑り込む。
そこには、数名の男たちが待機していた。
「標的は今一人だ。歩哨も一人……やるなら今だ。」
「おい、トカレフ。お前は外から回り込み、マグナムの脱出を援護しろ。」
「あ、あいつらは仕事に忠実な俺達を殺そうとする。やってやる、やってやるさ。」
「歩哨には交代だと告げてさらせるのが無難だ。静かに、有無を言わさず襲いかかり、殺さねば。」
物騒な会話を始めた男たちは総勢七人。
それに尋問室のマグナムと、外部で狙撃を請け負っているプギオが今自由に動ける組織の手駒だった。
城の傍で泣き崩れていた中年のゴブリンであるトカレフを、彼らが誰よりも先に発見できたのは彼らにとって、そして組織にとって僥倖だった。
精神性は酷い奴だが、殺しの腕や隠密技能はトップクラスの腕前を彼が誇っているのだから。
これも、ファーザーのお導きであると、彼らは本気で考えていた。
故に彼らは、失敗を恐れずにまい進するのである。
それが破滅への道行きだとしても。
そんな異様な熱意に乗じながら、ゴブリンのトカレフは如何に出し抜くかを心密かに算段していた。
標的は自分で殺したいが、危険を負いたくない彼は、この連中を囮にしようと考えていた。
そして、うだつの上がらない生活から、一気に組織の英雄になるのだと自我を肥大化させて、俯きながらも暗く笑うのだった。
だが、彼らは知らない。
妖術師、神土 征四郎を。
自らの欲望の為に数多の人を殺した連中にとって、最悪の存在を。
彼らは知らない。
その胸の内に抱く怒りの強さも、理由も。
死人に口なし。
しかし、一部の者にとっては死人ほど饒舌な者は居ないのだ。
肘掛けに肘を置き、気だるげに背もたれに寄りかかりながら敵を待つ彼は、遠いテルハ大陸の壊れかけた王城で眠る魔術師と、精神性ではそう変わらぬ化け物であることを、彼らは知らない。




