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異世界における武力衝突  作者: キロール
第三章、大戦前夜
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第9話「顎」

 客間の椅子に寛いだように座す征四郎は、襲撃が来るか否かを考えていた。

 正直に言えば、自分がそこまで重要人物だとは思わない。

 狙われるのは皇帝や使節団と言った、政治的に重要な権限を持つ者達だろう。

 だが、もし征四郎の予想よりも組織が感情的な動きをしてくるのならば、きっと自分は狙われる。

 排斥するべき敵と思われているのならば、であるが。

 ここまでやって、まだ話し合いが通用すると思われていたら如何しよう。

 不意に脳裏を過った不安とも言えぬ馬鹿々々しい考えに、眉根を寄せて頭を左右に振る。

 苦笑を浮かべ、征四郎は動きがあるのを待ち続けていたが、ふと何かに気づいたように顔を上げる。

 そして、襟の記章に向かって何事かを語りかけた。


 アルデアは尋問室で、マグナムと呼ばれているドワーフと相対していた。

 時間にして、既に二時間は経っているだろうか。

 こちらが主導権を握れたのは、三十分ほど前だ。

 あの爆発音から三十分。

 落ち着いて対処すればもっと早く主導権を奪えていただろう。

 

(まあ、良いわ。ここで一気に攻め落として……。)


 敵の行動について大方の予想はついている。

 頭を潰して混乱を生み出し、その隙に組織の延命を図る。

 或いは、組織の上層部が逃げ出すための時間稼ぎ。

 彼女はその様に当たりをつけて、断定的に質問と言う名の確認を繰り出していく。

 次第に口数が減っていくマグナムの様子から、当たらずとは言え遠からずかと判断を下して、繰り返し同じような質問を投げかける。

 若干その方向性を変えながらではあるが。

 

 そんな最中に少佐からの声が魔術媒介の記章より届いた。

 その命令には、一旦沈黙をもって応え、アルデアはその意図を計ろうとした。

 敢えて、目の前の尋問相手を逃がせと言う指示。

 まだ、追い詰めた訳では無いが、逃がせば情報源を失いかねない。

 それに、中々の手練であろうマグナムを逃がすと言う事は、組織が狙う標的の危険性が増すことになる。

 これが征四郎を狙うのであれば良い、少佐は正直に言えば異常な力の持ち主だ。

 そこらのチンピラ崩れが襲い掛かった所で、その気配に、雰囲気に飲まれるのがオチだ。

 そして、そんな状態の連中には決して負けないだろう。

 だが、アルデア自身を含めたBB(ブラック・ブラッド)部隊員はそうはいかない。

 厳しい訓練を経ているが、少佐のような病的な力を振るえる者は居ない。

 つまり、チンピラにだって負ける可能性は無い訳では無いのだ。

 ましてや、自分以外を守る護衛任務の場合はなおさらに難しい。

 少佐はどう言う心算だと押し黙ったアルデアを、対面するマグナムも護衛のギルギ帝国の兵士たちも固唾をのんで見守った。

 彼らには征四郎の声は聞こえていない。

 征四郎が魔術的な通信が便利に思えるのは、その点だ。

 対象にしか届かない声は、盗み聞きの可能性を著しく下げてくれるのだから。

 ともあれ、アルデアは最終的には征四郎の命に服した。

 立ち上がり、休憩だと告げればその場を後にする。

 そして、部屋を出る際に護衛の兵士たちの一人に図書室に案内するように告げた。

 残された護衛達には部屋の外で待機するように告げて、彼女は征四郎に告げられていたもう一つの命を果たすべく図書室へと向かった。


 突然、部屋に一人にされたマグナムは眉根を顰めた。

 あからさまな罠だ。

 最早、自分の存在や情報など如何でも良い出来事が起きたのではないか。

 自分以外のすべてが倒されたか、ファーザーの正体が暴かれたのか。

 少なくとも、敵は狙いに気づいていたはずだ。

 尋問係の自動人形《オートマータ》の言葉から、それが推測できる。

 だと言うのに、こんなに逃げだしやすい環境を唐突に与えるなど可笑しいではないか。

 釈然としない思いを抱くも、それでもマグナムは動き出さねばならなかった。

 罠であっても、これは好機でもある。

 石造りの城、その一室であるから天井裏や床下などは期待できない。

 窓から抜け出せたとしても、落ちればひとたまりもない高さの上、両手は後ろ手に縛られている。

 せめて両手が使えれば、僅かな壁の凹凸を利用して逃げ出すことも可能なのだが……。

 そう考えを巡らせながら縛られた手を動かして、縄抜けが可能かを確かめる。

 生憎と確りと縛られており、抜け出すことはできない。

 何かしらの行動を起こすためには、両手の自由は必要不可欠だ。

 これが、先ほどまでの尋問内容であったならば、泰然とこの場に居続けて偽の情報を流し続けたのだが……。

 今は明らかに風向きが変わっている。

 そう感じて、焦れれば焦れる程に行動は粗雑になり余裕が失われていく。

 そして、扉が音を立てて開けば、足掻きが無駄に終わったことを意識せざる得ない。


「よぉ、兄弟。」


 軽薄な中年ゴブリンの声を聴き、驚き振り返るとそこにはトカレフと呼ばれるゴブリンが立っていた。



 トカレフはマグナムの縄を切り、共に尋問室を脱出した。

 廊下の窓から石壁の凹凸を使い、ゆっくりと階下に降りていく。


「部屋の外に護衛は居なかった?」


「ああ、居なかったぜ。並の兵士数人ならば殺して押し入るつもりだったがな。」


 トカレフは恩着せがましい物言いでありもしない武勇伝を語っている。

 確かに、このゴブリンのナイフさばきは大したものだが、訓練を受けた兵士数名を相手にできる程の度胸はない。

 如何に戦う技術に優れていても、正面から突破など到底するまい。

 

「襲撃は、もう始まるのか?」


 マグナムはドワーフ特有の短い手足で懸命に壁を伝いながら、トカレフに問う。

 己の言葉が無視されたのが面白くないのか、トカレフは口元を歪めて何か小声でつぶやきながらも、頷いた。

 彼らが壁伝いに向かうのは、征四郎が休んでいる客間だ。

 扉から入り襲い掛かる手筈の仲間達を囮にして、窓から侵入して確実に殺すべきだと訴えたトカレフの言葉をマグナムは支持したのだ。

 マグナムは恐怖から、トカレフは功名心からと言う違いはあったが、二人はこの計画でいくことに決めた。

 もうすぐ目当ての窓が近づいてきた。

 何とかその縁にトカレフが手を掛けた瞬間に、部屋の扉が開く音がした。

 ドンピシャのタイミングだ。

 そう笑ったトカレフはそっと窓を開けて音もなく侵入を果たす。

 マグナムも急ぎ窓を潜り抜けた。

 そこに待っていたのは、急襲に右往左往する標的ではなく、顎《あぎと》を開き待つ暴龍の如き存在であった。

 待ち構えていた征四郎は、微かに笑みを浮かべて襲撃を掛けてきた兵士の一人の腕を瞬く間にへし折った。


 襲撃を掛けた兵士にせよ、窓から侵入を果たしたトカレフとマグナムにせよ、敵を知らなかったことが敗因となった。

 彼等は妖術師の、それも戦う事が縁《よすが》と嘯く妖術師に何の対策もなく襲い掛かったのだ。

 まず扉から侵入を果たした兵士たちがその恐怖を味わう事になる。


 時間を少し巻き戻して、彼らの視点に立ってみよう。

 六名の兵士は、手筈通り扉の前に居た護衛に交代を告げた。

 従わなければ、即座に殺すつもりだったが、護衛は助かると告げて用足しにでも行くのか小走りに廊下を進んでいった。

 余計な騒ぎを起こさずに済み、安堵した六名は周囲に人の気配が無い事を確認して、一気に扉を開けて中に躍り出た。

 有無を言わさずに各々の武器を振るおうとした矢先には、先頭の一人がうめき声をあげた。

 休んでいる筈の征四郎が扉側に移動してきて、戦闘の兵士の腕を極めてへし折ったのだ。

 挙句にその兵士の体を盾として引き寄せたかと思えば、突き出された槍に有無を言わさず押し付けて刺した。

 無論それで止まるような兵士たちではない。

 仲間を殺そうとも、組織の敵に死を与えねばならないと信じているからだ。

 だが、彼らの思いが届く事は無い。


 槍を持っていた兵士の懐に征四郎が容易に飛込めたのは、その槍兵が仲間を刺してしまったせいだ。

 人一人の重さが加わった槍を自在に振り回せる怪力の持ち主では無かった槍兵は、槍を手放すという判断が遅れて、征四郎の裏拳を顎に食らった。

 勢い良く、的確に振るわれた一撃を受ければ、顎が砕け首が異様な音を響かせて捻じ曲がる。

 その間にも、征四郎は動きを止めない。

 脇から斧を振り上げて迫る兵士の、がら空きの胴に拳を叩き込んで、そのついでに斧兵の体に密着するように懐に飛び込み、苦悶しながらも振り下ろされた斧の一撃を避ける。

 そして、斧を持つ敵兵の腕をつかんで無造作に真横に振れば、脇から襲い掛かろうとした剣を持つ兵士の武器を弾き飛ばす。

 離れ際に斧を持つ兵士の目玉を指先で抉り出して非情な置き土産を置いてく、その一連の動きを終えた頃に、漸く首がねじ曲がった槍兵の体が崩れ落ちた。


 弾き飛んだ剣がけたたましい金属音を奏でると、そちらに取りに行くような素振りを見せて襲撃者の目を剣に向かせる。

 と、窓から入り込んでいた二人の内、先に入ってきていた中年のゴブリン、トカレフに向かって駆け出し、喉元に向かって前蹴りを放つとトカレフはカエルが潰れたような悲鳴を上げて吹き飛んで、入り込んできたマグナムにぶち当たる。

 そうして急襲をしのげば、征四郎はようやく構えをとった。

 腰を落とし、肘を折り曲げ胸元辺りまで指先を上げるも、拳を握らず軽く指を曲げている。

 征四郎の纏う汚れた軍服……血や泥の跡にいつの間にか浮かび上がる目玉が彼らを捉えていた。

 怒りの視線は本能を揺さぶり、見つめられている者達は死の恐怖で体が強張りだす。

 そんな様子に征四郎は気にも留めずに、少しばかり前傾姿勢を取った。

 そして、動きが鈍くなっていた武器を失った剣兵へ飛び掛かれば、流れるような動作で腕を取り、瞬く間にねじ折った。


 組織では見た事も無い技術であろう。

 当然だ、これこそが異世界の武術で在り、征四郎が嘗て磨き続けた武術である。

 道ではなく術であれば、えげつない攻撃も当然行う。

 ましてや、何が何でも守り切らねばならない方々を守るために開発された護衛術であれば、不名誉な行いすら平然と手に染めるのは必定。

 三殿式、そう呼ばれる護衛術の真価は、或いは血みどろの戦場でこそ発揮されるものかもしれない。


 征四郎が構えを取ってから数分もすれば、決着はついていた。

 片目を失った斧兵は容易く摑まり、首を折られた。

 腕を折られ悶絶していた剣兵は、その頭蓋を踵で踏み貫かれ死んだ。

 残った兵士二人とマグナム、トカレフは襲い掛かろうとするも、数多の視線に幻惑されて動けない。

 動けば即座に殺されると言う妄想が胸中を満たし、叫ぶ事すらままならず征四郎を取り囲むだけだった。

 その包囲も、征四郎が動けば簡単に崩れ、外に逃げ出そうとした兵士を追いかければ、背後から指先を眼窩に引っ掛けて引き倒す。

 石床に叩きつけられた痛みよりも、目玉を潰されてその兵士は悶えた。

 そこで、残った三人が漸く動く。

 トカレフのナイフが、マグナムの拳が、最後の兵士の剣が三方向から征四郎に襲い掛かったが、無駄な足掻きでしかなかった。

 一番技量の劣る兵士の腕を取り、手に持っている剣の切っ先を突っ込んでくるトカレフに向けた。

 そして、拳を振るうマグナムの股間に向かって、容赦なく前蹴りを放ったのである。

 トカレフはわき腹を剣で突かれ、マグナムは股間に大打撃を食らい、双方崩れ落ちた。

 腕を取られたままの兵士は、その腕を極められて折られ、剣を取り落とした所で腕を離されて解放される。

 そして、一泊置いた後に顎に裏拳を食らって、首がねじ曲がり、血を吹き出して崩れ落ちた。


 今、生きているのはマグナムとトカレフ、組織内で旧文明の武器の名前が着けられたゴブリンとドワーフの二人だけだった。


「尋問しても吐かないだろう? 今楽にしてやる。死んでから聞き出せば良いだけだからな。」


 目玉を失い悶絶していた兵士を黄泉路に送ってから、妖術師はゆっくりと二人に迫っていた。

 語る言葉には、凄味も気負いも無ければ、これが脅しとも思えず、マグナムは死を覚悟した。

 死霊術を目の前の敵が使えるのかまでは分からないが、恐るべき死霊術師を伴侶に持つ化け物だ。

 秘すべき秘密を暴かれるのは時間の問題だろう。

 ……手を出すべきでは無かった。

 いや、目をつけられた時点で既に終わっていたのかも知れない。

 額から脂汗を流しながら、絶望感を抱いたマグナムで有ったが、その絶望の先があることに無理矢理気付かせられた。

 傍らのトカレフによって。


「な、何でも言うよ! 本当だって! ファーザーは誰か知らないが、粛清班のトップはカイネル皇子だ! 皇帝の弟の!」


「き、貴様!」


 死ぬまでは沈黙を守り、卑劣な術で情報を引き出されることになっても、相応の時間は稼げたはずである。

 襲撃の失敗を悟れば、ファーザーも彼ら粛清班のトップであるブラザーも逃げ出す時間はあったはずだ。

 だが、真実をいとも容易く吐き出されてしまえば意味がない。

 この敵ならば、即座に動いて全滅の憂き目に合うかもしれない事は分かっているだろうに……。

 血走る怒りの眼差しをトカレフに向け、マグナムは歯噛みした。

 トカレフは、薄ら笑いすら浮かべて敵に取り入ろうとしていた。


「ドワーフの表情から本当らしいな。……各員、皇子のカイネルを抑えろ。それと、ファーザーは皇族ではない。暗殺者達が言うには、粛清班の暴走を抑えきれていなかったようだからな。軍の高官か、高位の文官だろう。」


 襟章にそう言葉を掛ければ、敵である妖術師……少佐と呼ばれる男はトカレフの折れた足を踏みつけて、力を込めて押しつぶした。

 鈍い音が響き渡り、中年のゴブリンの絶叫が響いた。


「ありがとう、大分的が絞れてきた。今は生かしておいてやろう。お前が家族を殺した前の盗賊ギルドのボスが、お前の命を欲しがっていたからな。」

 

 そう、面白くもなさそうに告げてマグナムを見やると。


「お前も同罪だ、急いで情報を聞き出す必要もなくなったから、ゆっくりと死んでくれ。」


 それだけ告げる。

 騒ぎを聞きつけた警備の兵が戻ってくる足音が響いている。

 彼らの願いはその中に仲間が紛れていて、盗賊ギルドの前のマスターであるレミヒオの元に送られる前に殺してくれることだけであったが、その願いは虚しく潰えた事を知るのに、そう時間はかからなかった。

 

 因果は巡るものだ、征四郎はそう呟いた。

 いずれは、己にも相応の因果が巡ってくる、その時までに事を成し終えねばと。

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