第7話「見えざる刃」
マグナムと呼ばれるドワーフの男が醸し出す雰囲気は、アルデアから見ても異様であった。
粛清班に所属する者達についての知識は、事前にクレヴィの警護の当たらせている元暗殺者達から聞いている。
基本的には異常人格者ばかりを集めたような、吐き気を催すような連中の吹き溜まりであるのだが、そのうちの数名はその中にあっても異様な存在に思えた。
故に、征四郎は異様な連中の死を確実にするべく、そうでは無い者達の所にはそれなりの人員しか配置しなかった。
結果はマウロ班が一人を逃してしまったが、逃げた一人が中年ゴブリンのトカレフであることは判明している。
クズ中のクズであるが、冷静に侮ることなく討ち果たすべく皆が動いているところだ。
一方で、異様という印象を放つマグナムは落ち着きを払い、多くの兵士に囲まれながらも何ら表情を動かすことがない。
そうでありながら、生き残るためにボスの名前を明かすと告げたのだ。
告げられた名前はハヴィリネ公爵。
アンガード帝の叔父であり公爵である彼が組織『ファミリー』の長『ファーザー』だと言うのだ。
どう考えても怪しい。
アルデアはそう感じているし、彼とは顔を合わせていない征四郎もそう告げていた。
「あんた、組織に対する忠誠は高いようだと聞いていたけど、随分簡単に吐くのね?」
「ここに至れば組織は終わりだ、何を義理立てする?」
「難物が、自ら進んで自白したものを信じろってのが無理でしょ? それに、あんたはそんな生易しいタマじゃないわ。」
「初対面のお前に俺の何が分かるんだ?」
当初はギルギ帝国の兵士に尋問などは任せていたが、吐き出した名前が名前なだけに彼らは混乱し、コンラッド軍司令官の肝いりで第3者である征四郎が尋問する運びとなった。
征四郎は、マグナムとは顔を合わせず、アルデアに尋問を任せ、城の周囲、或いは内部の警護を厳重にするべく動き出していた。
情報は、アルデアの襟に付けてある魔術媒介である記章を使い、常に仕入れながら。
マグナムの自白は一貫性に欠けている。
それも細かな所で欠けているのだが、それは尋問に時間をかけさせ様と言う意図をアルデアは感じていた。
アルデアは思う、ラルス、自分の同型の彼であるならばより深くマグナムの考えを読み取れたかもしれない。
彼は人の心の機微に敏いから。
だが、アルデアは唯我独尊とまでは行かずとも、相応に我が強く相手の意見など気にしない傾向があった。
何故、少佐は私に尋問など命じたのか?
形式上は最早上官ではないが、それでもアルデアとラルスにとっては上官である征四郎の考えもわからず、苛立ちながら尋問を行っていた。
そんな状況であれば、容易に言を左右されて時間ばかりが過ぎていく。
魔術媒介を通して伝え聞こえる尋問の様子を黙って聞きながら、征四郎は呼び寄せたイゴー等狙撃班、キケやイルメリの属する工作班の指揮を行っていた。
指揮と言っても、征四郎のやる事はギルギ帝国の軍部に話をつけて、彼らの自由な行動を確約させる程度の事しかしていない。
更には、場内で騒ぎが起きても対処できるように、デモニアの魔術師であるヴァーツラフをギルギ帝国の軍に潜ませておいた。
そして傍らにはイェレ、デモニアとダークエルフのハーフであり、いまだ謎の多い青年を控えさせている。
それ以外の者達は、逃げている組織の構成員を狩って居るところだ。
特にトカレフ、その首を元盗賊ギルドの長であるレミヒオに届けなくてはならない。
それを行わずして、彼らの情報網を手にすることができないし、かたき討ちの手伝いとて個人的にはしてやりたい。
呼び寄せた者達は既に自分がどのように行動するべきか判断を下しており、今更細かなことを征四郎が口にする必要はなくなった。
故に、聞こえてくるアルデアの尋問に意識を集中しながらも、警護に指揮を執るという無茶もできたわけだ。
「参謀殿の様子はいかがです?」
城のテラスから外を眺めていると、不意にイェレが口を開いた。
彼もアルデアが慣れぬ尋問をしていることを知ってはいるが、その様子は聞こえていない。
尋問の様子は征四郎にのみ聞こえているのだ。
「ラルスが居れば、そう思っているのではないかな。アルデアは自身の武器を使えば、すぐに事を決せられるのにな。」
「独断と偏見?」
「正に。マグナムなる男は計算高く、肝も太い。態々こちらが付き合ってやる必要はない。それに気づき、相手を振り回せるようになれば、あいつの軍略はすぐに私を抜き、はるか高みに行くだろう。」
「それを期待している訳ですか。」
「無論、今の城内で何事も起こさせる訳にはいかないがな。今頃、大公は丁重に確保されて、皇帝から詰問を受けている頃だろう。そこに暗殺者の刃が届けば、終わりだ。私には種族連合の将軍たちが指導者が居なくなった仇敵を前に、軍を進めずに居られるか自信はない。」
一度、血が流れれば、それは恨みと変わりより停戦を難しいものにする。
ましてや同じ旗の下に集うなど、夢のまた夢になる。
そういう意味では、シャーラン王国の内戦も早急に終わってもらわねばならないのだが。
軍に縁を求めて戦っていたはずなのに、慣れない政治に頭を悩ませ国家間の溝を埋めるべく努力している自分がいると苦笑を浮かべ、征四郎は一つ伸びをした。
途端、その眉間を狙って一本の矢が放たれた。
風を切り裂き迫る矢は、しかし征四郎を射抜くことなく叩き落されていた。
征四郎の前に躍り出て長い黒髪を靡かせながら、イェレがその矢を切り落としていたからだ。
「暗殺者の一番の腕利きが行方不明だったからな、仕掛けてこざる得ない状況を設えはしたが…。」
「……500m以内でしたら仲間が気付きます。それ以上の距離から狙ったとなると、異常な腕前ですね。」
「風のエレメンタルの力は感じたがね。しかし、一発撃って射止め損ねた訳だ。どう出るかな。」
組織が風前の灯火となれば、そこに所属している者であるならば動かざる得ない。
望まなくとも上から命令は来る。
そこに闇や影に潜む連中を炙り出す手立てが潜む。
そこまでの腕があるのならば、フリーにでもなんでもなれば良いのだが、組織に対する忠誠か、妄信か……或いは洗脳でもされているのか。
何方であろうとも、刈り取るだけである。
「組織からはもう取り込みは行わないので?」
未だに征四郎を守るように背を見せながら周囲を警戒するイェレが問いかけると、征四郎は軽く肩を竦めた。
そして、頷きを返して告げる。
「無意味なことはしない。狂信者やそれに類する連中には、説得などと言う無駄な行いをするのは、それこそ時間の無駄だ。それが出来るのならば組織ごと取り込む。……まあ、私の度量ではそれは無理なようだが。」
約束もあるしなぁと、ボヤくように告げた征四郎に第二矢が飛んできた。
第一矢程の速度もないそれをイェレは無造作に剣で払おうとしたところ、不意に後ろへと引っ張られて仰向けに倒れた。
無論、それをやったのは征四郎である。
矢は彼らの上を飛んでいき、城の壁に当たればドンッと言う大きな音を立てて爆ぜた。
「た、助かりました、少佐……。」
「嫌な予感がしただけだ。……一矢目はある意味囮だったんだな。それにしても、何処から撃ってくる……。」
爆発音を聞き、ギルギ帝国の兵士たちが集まってくる。
ある意味、この城で征四郎等に何かがあっても困るのは彼らだ。
丁重に、しかし、有無を言わさずに征四郎とイェレは客間へと案内される羽目になった。
「締まらんな。」
ぼそっと呟き征四郎は黙した。
アルデアの方で状況が動き出したからだ。
アルデアは窮していた。
尋問の休憩を告げて、メイドに紅茶をいれてもらいながら彼女自身が心身を休めていた。
一貫性のある自白ながら、小さな差異を積み上げる相手。
この場合首謀者として名が挙がっているハヴィリネ公爵は白とみるべきだ。
或いはそうなることを見越しての茶番劇か?
アルデアは公爵を白とみているが確証など何もない。
メイドから紅茶を受け取り、一杯飲みながらため息をつくと自然と思考が言葉となって口についた。
「時間稼ぎ……って言っても何の時間? この間だって私たちは組織の壊滅に力を注いでいるし……。」
今のところ首謀者がはっきりしない、ならば首謀者の逃走時間を稼ぐためと考えるのが妥当。
ギルギ帝国が停戦した今、政情が不安定になると言って逃げ出すものが出たとしてもおかしな話では無い。
大きな変革には恐れを抱くのは当然なのだから。
それに、逃げ出すばかりではなく他の手段とて考えられる。
例えば、この局面のキーマンの暗殺。
事態が混乱すれば、何をするにもやり易くなると考えたとて不思議はないのだ。
アルデアには犯罪組織『ファミリー』が後者を選ぶような気がして仕方ない。
確証はない。
それでも、そう思わずにはいられない。
ならば、いっその事、今の自分の考えを纏め、それをマグナムと呼ばれるドワーフに叩きつけてやる。
意を決して紅茶を飲み干した所で響いたのは爆発音。
城のテラスの方からと、魔術媒介の記章から響いたそれは、誰が狙われたのかを如実に示していた。
「陽動!」
そう、これは陽動だ。
今は皇帝と公爵、それにギルギ帝国の重鎮が一カ所に集まっている。
爆発に釣られ警備が手薄になった所を、狙う可能性が高い。
或いは、もう一つか二つ事件が起きる可能性がある。
それらは陽動だ、確実に守り切るべきはギルギ帝国の皇帝をはじめとした要人、種族連合の使節団。
少佐は自分の身は守れるだろうから、それ以外の者達に被害が及ばぬように動かねばならない。
「少佐、各員に伝達してください! 護衛対象の警護を厳重にするように!」
アルデアは襟の記章へとそう呼びかけると、分ったと応えが返った。
その声はこのような状況下で、そして命を狙われたにしては嬉しそうな様子である事に気が付きはしたが、アルデアは構わず走り尋問室に戻る。
「時間稼ぎにまんまと嵌ったけれど、これ以上はやらせないわよ。」
そう笑って告げたアルデアは、落ち着かぬ様子のギルギ帝国の兵士に落ち着くよう叱咤しながら悠然と椅子に腰を掛けた。
その様子を見て、初めてマグナムと呼ばれるドワーフの表情が僅かに動いた。
組織の見えざる刃は、誰を刺すのか、それとも届かぬのか。




