第1話「混戦」
種族連合とギルギ帝国の軍が戦闘を開始して程ない時刻。
神土 征四郎は九人の部下を連れて、不抜の森と呼ばれている森の傍で佇んでいた。
戦闘開始の報告が齎されれば、部下たちに一つ頷き森へと侵入を開始する。
今回の戦いは早急に終わらせなければならない。
血が流れれば流れるだけ、その後の仕事が困難になる。
種族連合の将軍を信じぬわけではないが、長年戦ってきた相手に対して、いきなり寛容になれる筈はない。
その為にアルマを将軍の地位に押し上げたのだ。
戦の終わりを取り仕切らせるために。
勿論、それには彼女自身の能力が必要なのは言うまでもない。
この戦いの間、彼女は力を示し続けなければそれも絵に描いた餅だ。
相応の戦果と、己の部下であると言う一事と、そして何より勇者クレヴィの衛士であるという事実が組み合わさる事により、ギルギ帝国の取り込みと言う策の第一歩が可能となるのだ。
一歩目を踏み外せば、大きく迂回しながらことを進めなくてはいけない。
今回の戦いが一つの正念場だ。
部下達には今回の作戦の目的も含めて伝えてある。
それには、今まで誰も抜けたことがないという不抜の森を抜けなくてはならない。
種族連合とギルギ帝国の国境境にあるこの森を、何度となく種族連合軍は抜けようとした。
今戦いが行われている主戦場を舞台に両軍は何度となく戦っている。
その地は守るに易く、攻めるに難しい天然の要害ではあるが、この森を抜ければ敵軍の背後に回れるのだ。
そうであれば、何度か失敗したとしても決定的な勝機を得るためには軍を進めるのは当然だ。
だが、突破できないのだ。
解放歴227年から12回、この地で戦っており、その度に森を抜けようと軍を編成するが抜けた例はない。
それどころか、森を抜けるべく編成された部隊が送り込まれたのは過去に23回在ったというが、22回までは戻ってくる兵とてなかったのだ。
ともかく情報を得ようと、23回目の派兵の際に何かあったら急ぎ戻れと徹底させた将軍があり、彼の部隊が這う這うの体で戻ってきたのだ。
多くの兵士はひどい傷があり、その傷がもとで病となり果てたという。
それでも、彼らはいくつかの情報を持って帰ってきた。
森は恐るべき罠と殺意で彩られており、ギルギ帝国軍の死体するらあったと言うのだ。
生き残った兵士たちが嵌った罠は、原始的な物ではあったが恐るべきものであった。
落とし穴の下にある無数の鋭い杭、巧妙に隠された紐に引っかかれば、杭を至る所に生やした丸太が音を立てて兵士を薙いだ。
飛来する矢にも、急に襲い掛かってくる何者かが持つナイフにも毒或いは糞が塗り付けられており、傷を負えば毒で死ぬか糞により病にかかって死ぬか。
どちらであるにせよ、傷を負えばまず助からない。
そんな状況下であれば、襲撃者は死神と恐れられるのも無理はない。
それ以降、森を抜けようという作戦は消極的なものへと変わったと言う。
そんな場所にこれから足を踏み入れるのである。
征四郎を含めて僅かに十名。
だが、征四郎等に恐れはなかった。
無論、罠を恐れない訳はない。
だが、大軍を送り込めば即座に察知されるだろうが、ゲリラ戦に長けたこの十名であるならば敵とておいそれと察知はできないだろう。
あとは落ち着き、罠に対処していけば森を抜けて補給物資の集積地に火をかけるだけだ。
これは自信であり、過信ではないと考えていたが征四郎は後にその考えを改めることになる。
神土 征四郎少佐が戦っていた時代は塹壕戦を主戦場とした時代だ。
それも、いまだに前期にあたる。
騎士道精神と呼ばれるものが辛うじて発揮された最後の時代であるとも言われている。
多くの死霊に戦術を学び、実践してきたその彼からしても、ゲリラ戦の真の恐怖は未だに味わっていないのだ。
いや、ゲリラ戦ですらないブービートラップの非人道さなど彼の頭にはまだ叩き込まれていないのだ。
それをこの森で叩き込まれることになる。
確かにこの森には死神が住まっているのだと。
一方の主戦場では、最初の小競り合い以降両軍はただにらみ合っていた。
それは種族連合にとっては好都合であったが、ギルギ帝国がなぜ動かないのかは分らなかった。
ギルギ帝国軍の動きの悪さは、今回の開戦理由が漏れ伝わった事にあるとまでは種族連合側は気づかなかった。
ギルギ帝国の方面司令官であるブルース・コンラートは幾分困ったように眉根を寄せながら敵陣を見つめていた。
コンラート家の三代目は小コンラートと呼ばれるこの若者であり、その手腕は父に勝るとも劣らないという評判である。
その彼が攻めあぐねる程の陣を種族連合が展開している訳ではない。
攻めようはあったが、それを行うにはあまりにも士気が上がらないのだ。
最初の小競り合いですら、押し負けそうであったのだから、本格的な戦いなど行えばどうなるか、彼には感づいていた。
「厄介だな。単なる領土争いと思わせておいて、よもやここでカードを切ってくるとは。」
ダークエルフの青年司令官が困ったように呟けば、デモニアである副官が答える。
「勇者による大陸の統一ですか、嘘と否定できる材料が今はないのが痛いですね。」
「そうだ。この戦いを主導しているのは、三国が追い落とした妖術師。しかし、彼は勇者の為に戦い尽力したのに追いやられた。その彼が再び勇者の為に戦うことを決意して、種族連合をまとめ上げ、我らに交渉の席に着けと刃を向ける……。ない話では無いからな。それに……。」
「それに、彼自身が将軍となって栄達を求めたわけではなく。尚且つ、勇者の衛士が将軍として迎えられている。正直、末端の兵士にしてみれば戦うのにモチベーションは上がりませんね。」
「アンガード帝自身も、平穏に統治され、自身もある程度の身分が約束されるのであれば、国を統合させるのに否はないそうだ。」
「……ますます戦う理由がないような。」
副官の言葉に深くため息をついてブルースは答えた。
「それでは困る連中の伏魔殿だろう、宮殿は。……あの組織の壊滅すら彼の目的にあるのであれば、一層頑迷に抵抗する。それも、最悪な方法でな。」
「……話し合いの場に赴くにも相応の理由が必要ですね。」
副官の語る口調の苦々しさはブルースの心情も表しているようだった。
勇者に対して思う所がある訳でもない、皇帝自身ですら権力を手放すことに否はない。
ただ、国とはそれだけでは権力を移行できないのだ。
ましてや、犯罪組織が上層部にまで食い込む現状では、勇者をトップに出来るはずがない。
太陽に焼かれて死ぬミミズのような羽目に陥るのが彼らにも分かっているのだ。
最早皇帝自身の権力に陰りがあるこの国では、自浄作用なんて期待できない。
だから、ブルースですら開戦理由が漏れ伝わった際にはこれも運命と思い、戦うことなく交渉の席に移っても良かった。
が、それを行えば家族がまず無事ではないだろう。
父や祖父はまだしも、母や妹、叔母や姪が酷い目に合うのは耐えられないのだ。
それは、ある一定の階級以上の者であれば誰もが覚える危惧だ。
だから、あまり傍観ばかりしてはいられないのだが、士気が上がらねば戦いようがないのは事実だ。
「そろそろ軍団長あたりがせっついてくるな。」
「動いておかないと、危険ですね。」
「下らん理由だが、それに抗しきれる程俺も清廉じゃない。それに……。」
「ご自身の能力をアピールしておくと?」
副官の問いかけには、苦笑じみた笑みを浮かべてブルースは一つ頷いた。
それから三日の後に、睨み合いから一転して部分攻勢に移ったギルギ帝国が戦局を優勢に動かし始めた。
ギルギ帝国の部分攻勢、つまり陣の一角をついた攻撃に曝されたのは第七軍団である。
新設されたばかりであり、将軍は種族連合の者ではないとあれば狙うのは定石である。
第七軍団を指揮するアルマとて、敵が自身の軍団を狙う事は織り込み済みだ。
しかし、彼女は防戦のみを命じて、その命令を徹底させた。
彼女自身がいまだに兵を指揮して日が浅いことから、消極的な策しか行えなくなっていることを危惧した第一軍団の将軍ドワーフのラジスラフとその副官であるオークは戦闘が一段落した夜間に訪れると、彼女はしっかりとした口調で答えた。
「少佐は嘗てこんな言葉を教えてくださいました。『防御の好きなものは戦争をするな、黙って踏みつけられていろ。』と。危惧する所は分かりますが、この程度で慌てるようでは少佐の訓練には耐えられませんよ。」
「剛毅な言葉じゃが、この先の展望は如何なっておるのかね?」
「今は機を計っているところですが、そのタイミングが中々……。しかし、殴られっぱなしは性に合いませんので。」
そう微かにほほ笑んだ自動人形を見て、歴戦のラジスラフは頷きを返して第七軍団の野営地を離れる。
第一軍団の野営地に戻る間、物言いたげな副官のオークを見やれば。
「物言いたげじゃな?」
「虚勢を張っているだけではないか、とも思えますので。」
「ワシは多くの将を見てきた。その経験が言うにはあの娘っ子は中々のもんじゃわい。普通、虚勢を張る時はもっと目は泳ぐし、自信がないから饒舌になるがそんな所は欠片も無い。ルーグ城塞の衛士が皆あんな感じだとすれば、そりゃ落ちんわな。」
そう告げて愉快そうに笑ってから、真顔に戻りラジスラフは真剣な表情で語った。
「それに、言わんとする機とやらがワシにも分かりかけておる。だが、相手はあのコンラートの子倅、中々尻尾を出さん。ワシも掴みあぐねているのが実情じゃ。」
「それはラジスラフ将軍並みに敵が見えているという事でしょうか?」
信じられないと言わんばかりの副官を見やって、ドワーフは肩を竦めて見せた。
「分らん。だから、今は任せておくのだ。もしかしたら、ワシ以上かもしれんからな。」
しかし、分らんと答えながらラジスラフには予感があった。
そして、その予感は二日と経たずに当たったことを知るのだ。
次の日の昼過ぎ、遂にその機を捉えたアルマは一転攻勢に移り、ギルギ帝国に強かな反撃を加えることに成功した。
凡庸な将が相手であれば決定打にも成り得た反撃を受けながらも、ブルースは体制を整えることに成功すれば、戦場は再び膠着状態を迎えることになった。
だが、アルマにはそれを素直に喜べずにいた。
流れていく血は最小限が良いのだ。
「間に合ってください、少佐……。」
彼女がそう思わず願っている頃、不抜の森を抜けるべく潜入した十名は、恐るべき死神たちと戦いを繰り広げており、いまだに森を抜ける算段はついていなかった。
大陸の比較的南の地方の戦いとは言え、そろそろ冬将軍が猛威を振るう。
戦場ではともかく、森の中は一層激しい戦闘となるだろう。
果たして、無事に抜けられるのか。




