第二章エピローグ
シャーラン王国、その応急は昼日中でも影に覆われたように暗い。
或いは、そう人々に感じさせるだけなのか。
女王は事ある毎にヒステリックに騒ぎ立てるが、それが恐怖からくる感情であることをアレクサンドラは知っている。
そして、女王の軍師ことレオナルトは憔悴しきったように、嘗ての自身の行いを悔いて、より恐るべきモノを呼び出そうと足掻いている。
レオナルトの師、イライジャ・キングスレイの命によりレオナルトが犯罪組織を通じて行った事。
それは、とある一家が保管していた水晶を奪い、そこに封じられていたモノを解き放つと言うことだった。
その事件を彼らが起こしたのは、もう6年以上前のことになる。
何故、レオナルトがその事件を悔いるようになったのか、それもアレクサンドラは知っている。
あの女がやって来たからだ。
夏の暑い日のことだ。
その日は夜になっても一向に気温が下がらず、寝苦しい時間が続いていた。
それでも、深夜も2時を回ったころには、殆どの者は眠りについていた。
そこにあの女魔術師が現れたのだ。
女は煌びやかなドレスを纏い、夜だというのに日傘を差していた。
戦奴として、レオナルトの身辺警護を行ていたアレクサンドラの前に不意に現れた女は、アレクサンドラを見やって一つ頷き。
「貴女は……。ええ、問題ないわ。その意志力、宜しくてよ。」
と、軽やかに笑い、アレクサンドラの前をそのまま素通りして、レオナルトとエルフの女王メレディスの寝所へと向かった。
アレクサンドラは止めようと思いはするが、体は動かない。
他にも王宮警護の者や、下働きの侍女なども女王の傍に控えていたが、彼等は女に気づく事すらなかった。
そして、レオナルトとメレディスの悲鳴が響いたところで、誰も気づかない。
気づいているのはアレクサンドラのみだが、体は全く動かせなかった。
すぐの女は引き返してきて、動けずに足掻いているアレクサンドラに微笑みかけた。
「あれが主では大変ですね。でも、きっとそれはあと1、2年の辛抱ですよ。恐怖の無い輩は早死にしますが、あそこまで怯えるようでは、同じ結果がやってくるでしょう。……正直、もう少し使えると思いましたのに。」
困ったものですと愚痴めいたものを零して、歩き出した。
歩きながら、その姿がすっと消えていく間際に、小さなつぶやきが聞こえた。
何か、他に適当に見繕って……。
そんな意味の言葉だったはずだ。
あの夜のことを思い返すと、本当に自分は勇者や妖術師の役に立てるのかと不安にはなる。
あの女が規格外だっただけだとは思いたいのだが。
ともあれ、戦奴の刻印も消してもらったアレクサンドラや王宮に残っていた部下の数名は、今は自由の身となった。
役に立たずとも、戦い抜いて見せようと決意を新たに暗い王宮を彼女は抜け出す。
王宮を抜ければ、先に王宮を出ていた部下たちが待っていた。
11年以上前からの付き合いの部下たちだ。
オークよりもさらに大柄のオーガであるバルダーがアレクサンドラに傅き、問いかけた。
「団長、次はどこに向かう?」
「団長はやめろ、バルダー。屈辱の十年だったが、今は自由だ。この自由を取り戻してくれた者の為に戦うとしよう。私たちの任務はザカライア殿の補佐だ。反乱軍とともにこの国の影を払って、勇者クレヴィ殿にこの国を献上するとしよう。そうして、初めて我らも少佐の部隊に加われるのだ。」
久方ぶりに饒舌に語るデーサイル最後の騎士団長の姿を部下たちは眩しげに見やった。
父の跡を継ぎ騎士団長として働いた期間は僅かなものでしかないが、それでも部下達にとっては彼女が最後の騎士団長である。
その彼女が久しぶりに活力を漲らせて命じたのだ。
喜んで付き従おうとバルダーが告げて、残りの面々も大きく頷いた。
アレクサンドラは小さく礼を述べて、歩き出す。
目指すは反乱軍の拠点である旧ブラウニング領の主要都市バテス。
目立つ一団が悠然と去って言うのに、王宮も王都もアレクサンドラたちを見咎める余裕は既になかった。
この事実をもってしても、勝敗は誰の目にも明らかになりつつあった。
彼女らもまた時代の転換期の只中に居るのだ。




