第29話「葛藤」
戦が始まろうとしている。
多くの血が流れる戦だ、多くの妻が夫を亡くし、多くの子が父を失う。
多くの父母が息子を亡くす戦が始まろうとしている。
何れ己が係らずとも戦は起きただろうとは征四郎とて分かっている。
それでも、今回の戦は己が暗躍し戦が起こるように仕向けた物である。
何も感じずに居られる訳はない。
(それでも、事を起こすと決めたのだ……。)
内心の迷いを抑えつけて、征四郎は壇上に立った。
眼下に並ぶのは種族連合が誇る軍団の幹部たちだ。
全軍を統括する大将軍の地位は今は空席だが、各軍団の統括者である将軍は七人。
彼らは1万人からなる軍団の指揮官だ。
次席は千人隊長、各軍団に十人いる戦争の要となりうる上級士官。
次に各軍団に百名いる百人隊長が控えていた。
各軍団共に一番前に将軍が達、次に千人隊長が横一列に並ぶ。
千人隊長の後ろに十名の百人隊長が並び、一様に征四郎へ視線を向けていた。
百人隊長は軍の背骨、そう評したのはローマ軍であったかと自身の世界の歴史を思い返しながら征四郎は彼らを見渡した。
種族連合を構成する四種族の他にも、エルフやダークエルフなども混じっているのは、彼らが他国からの亡命者だからだ。
この強さがあれば、何者であろうとも出世が可能というのは、悪い話ばかりではないなと壇上から周囲を見渡して征四郎はちらりと考えた。
さて、彼らを集めたのには訳がある。
今回の戦争の真の目的を告げねばならないと考えたからだ。
ただの領土争いではないことを。
征四郎は、彼らを見渡してからゆっくりと頷き口を開いた。
「まずは、この場を設けて頂いた各軍団の将軍をはじめ、関係者各位に謝辞を申し上げる。……私は神土 征四郎。竜殺しとして貴君等の国では有名になった妖術師だ。私が、この国において権勢を増し、戦争を主導していると危惧する者達は少なからずいると思う。確かに、私は今回の戦争を主導している。だが、そこに如何なる意味があるのかを説明したい。……事ここに及べば、今更情報が漏れたとて問題ない。そう言う時期まで黙っていたことは申し訳なく思っている。」
そうして、征四郎は総勢七百七十七人の軍幹部を前に臆せずに語りだした。
この戦いの意味を。
自分の目的がどこにあるのかを。
まず語ったのは、勇者クレヴィを柱としたバルアド大陸統一国家の樹立とその意義である。
クレヴィが眠っている最中から、テルハ大陸の諸国はシャーランに先兵を送り込み、三国を引っ掻き回した挙句に、クレヴィを亡き者にしようと画策した。
クレヴィが目覚めた今、それを理由に戦を起こすことはまず間違いがないだろうという憶測を交え、三国が統一されなければ各個撃破されるのがオチだと今ある危機を訴える。
それを回避するためには、勇者クレヴィと言う明確な支柱の元で一致団結する必要があるのだと力説した。
その為に、まずギルギ帝国と一戦を交え、これを打ち負かし交渉の席に引きずり出す必要性がある事、そして、ギルギ帝国に巣食っている犯罪組織も、三国間の不和を煽り、利益を貪っていることにも言及して、これも叩く必要性を説いた。
「統一に反対する者は、感情的に敵だった者を受け入れられない感情論者、既得の権利が喪失するのではと怯える権力者、そして三国が統一されては利益を生み出すのが困難なこの手の犯罪組織だ。この連中は己が肥え太るために互いの戦意を煽り、和平を遠ざける。その証拠は先の評議会員の逮捕を見ればわかると思う。あれが各国に蔓延しているのだとしたら、当然政治的にも少なからず影響力が出るのは必至だ。」
そんな状況で平和を求めているならば、現状は今少しマシになっている筈と征四郎は訴えた。
以上のことを訴えるのに、征四郎は感情を抑え込んで伝えた。
煽るでもなく、淡々と事実のみを言葉にしている様子で。
扇動を厭う訳ではないが、今から煽っても息切れするだけだと彼には分っていた。
それに、勢いで行動する事の危険性は承知しているのだ。
勢いに乗じるのは、戦地だけで十分だ。
そう胸中で嘯きながらも、今回の戦いの意味を伝え終えれば、ゆっくりと軍の幹部達を見渡した。
「以上だ。……私の言葉を私は真であると知っている。だが、貴君らには分らない。だから、各員で考えてほしい。私の言葉が真であるか否か。それを考えられる者だけが次代を担うことが可能だと私は思うのだ。そして、百人隊長の諸君には、お手数だが直属の配下にも今の話を伝えてほしい。そして、考えてほしいのだ。」
以上を伝え終えれば、征四郎は謝辞を述べて壇上より降りた。
考えろと言いながらも、事ここに至っては彼らは戦う以外にはないのだ。
だから、自身の物言いが欺瞞以外の何物でもないことを征四郎には分かっていた。
戦いが始まろうとしている。
多くの血が流れる戦だ、多くの妻が夫を亡くし、多くの子が父を失う。
多くの父母が息子を亡くす戦が始まろうとしている。
戦を振り撒こうという男は、一度立ち止まり、天を仰ぎ見た。
話を終えて出ていく征四郎を見ていた彼らの視線は何を物語っていたのか。
彼らは征四郎の話に何かを見出したのだろうか?
そんな胸中の不安を表に出すことはなく、赤土色の瞳の妖術師はその場を後にした。
扇動するでもなく、全てを語るという行為が博打だ。
追い込まれている訳でもないのに、征四郎は博打を打ったのだ。
今、現状において強者を貴ぶ気風の種族連合であれば大丈夫だとは思っているが、それでも博打の要素は強い。
(一人一人が戦う理由を定めさせる……か。我ながら無茶をしている。)
だが、クレヴィを柱とする国の立ち上げには必要なことだ。
命を捨てる者が、ただ時代に流されるように戦い死んでいったのでは後に必ず弊害をもたらす。
自分が何に命を懸けているのか、それを認識してなお戦うのかを自分自身に問うてもらう他はないのだ。
結局、征四郎のこの博打とでも呼ぶべき行いは種族連合軍の士気向上に繋がった。
それは、非常にゆっくりと徐々に、徐々に燃え広がっていく炎のようであり、開戦となる頃合いになっても、まだ上がり続けていた。
この戦いには複合的に遂行すべき目的がある。
この大陸にとって大恩ある勇者クレヴィを守るために、そして国という垣根を超え一つの国家として生まれ変わるために。
それこそが自分達の戦う理由であり、故郷を家族を守る事に繋がると。
士気向上に繋がった背景には大量の評議会員の逮捕に発展したスキャンダルを経験していた種族連合は、今の政治への失望感があった。
市民のみならず軍の内部にも広がっていた失望は、戦いに参加する理由を見失わせるには十分だった。
そこへ征四郎は新たな理由を伝えた形になった。
竜殺しの強者に強要される戦いではない、今まで以上に遣り甲斐のある大きな目的の為の戦いなのだ。
考えろ、征四郎の言葉通りに彼らは考えて、新旧の価値観のはざまで葛藤し、一人一人が答えを出したのだ。
政治的理由が必要ないものは、故郷を守るというただ其れだけのために戦うと決め、政治的理由を拠り所にする者は、現状のボロボロになっている三国を勇者の名の下に統一するのだと決意した。
一人一人が戦う事の意味を自覚した彼らは、建国以来最も精強と成り得たと言っても過言ではなかった。
そして、戦は始まる。
古き政治を一掃し、新しき指導者を迎え入れるための戦いが。
来るべきテルハ大陸の諸国との戦いで、今以上の犠牲を出さない、その為に備えるための戦いが。
それは、より多くの父を、夫を、息子を……或いは妻や母や娘を生かすための戦いが始まったのだ。
時は解放歴307年11月24日11時13分、種族連合軍はギルギ帝国への領土へと進軍を開始した。
その中に過酷な訓練を潜り抜け航空戦力まで増強を果たした黒い軍装の一団がいた。
種族連合第七軍団所属特殊強襲部隊『B・B』。
総勢三百名の特殊部隊を率いる男の姿は、今はない。
他九名の部下を率いて、既にギルギ帝国へ侵入を始めていた。
目標は敵地奥深くの補給物資貯蔵施設。
ここを叩けば、ギルギ側の作戦指揮にあたっている小コンラートは抵抗をやめるだろう。
合理的で祖父や父に比べれば柔軟な思考の若者だと聞く。
彼を交渉の席に着かせるには、早い段階で……犠牲の少ないうちに補給を断つ必要がある。
だが、そこに至るには、不抜の森と呼ばれる死地を抜けねばならない。
多くの種族連合兵士が突破を試みて失敗している森を。
それが今回の戦で『B・B』に与えられた任務であった。




